イケメン現る
2話目です
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‐ Side 環‐
やだかっこいい。
こちらが見えていないであろうそのイケメンが、私のベッドに座っているのを、じわじわと近づいて反応がないのを確認してから、じっくりと顔を観察する。
え、なにこの人。私の理想を・・いえ、理想だらけじゃない?
眉はキリッとしていて薄くも濃くもなく綺麗だし、鼻筋は通っていて小鼻の形も完璧。唇は少し薄いぐらいが好きだけど、彼のが完璧な形にしかみえず、薄いとか厚いとかの概念超えてきてるし、何よりその瞳!薄いブルーで、何が悲しいの?!って抱きしめたくなるような憂いがある。いやまあ、憂いがあるとかないとかはこちらの主観のみで、本人の意識に関係ない気がするけど。
じっくり観察してから、一応念の為顔の前で手を振ってみる。
瞬きひとつしないし、風圧が届く距離で激しく振っても反応なし。
ふむ。
幻だけに私の理想を私が作り出した?
その彼の服装は全身うす茶色い。あるよね、海外映画のサバイバル設定なら大抵こんな感じっていう服装。茶色いシャツのような服の上から茶色いフード付きの上着、パンツも茶色で編み上げブーツも茶色い。しかもなんか薄汚れてる感ある。
ホコリだらけなら私のベッドに乗って欲しくないなあ・・なんて思うけど、実際には座っていないのだろう。・・ん?
じゃあ彼は何に座っているの?
そう思って自分の部屋を見回すと、うっすら何かが見える。
あれは・・テーブル?
テーブルの奥には竈みたいなものも見える。
私の机に少し重なるようにテーブルがあり、その奥の竈はペラペラの紙状態で私の部屋の壁にくっついている。つまり、私の現実世界の壁を突き抜けてまでは異世界が見えない。
なるほど?
改めて自分のベッドを見ると、ぴったりと簡素なベッドが重なっていることに気がついた。
微妙に向こうのベッドのほうが大きいのか、壁で端は見えない。
「つまり・・」
一緒に寝るってこと!?
え、無理。いくら実体を伴っていなくても知らない人と添い寝とか無理。
「あなたも無理でしょう?」
そう話しかけてみたけれど、なんの反応もない。
このイケメンをじっと見ていたい気もするけど、今から晩御飯なので荷物を片付けてリビングに向かう。
我が家は小規模マンションの2階で、両親と弟の4人暮らしの3LDKだ。私の部屋が1番優遇されていて、南向きで窓がある。社会人になったら、資金を貯めて一人暮らしをする予定。私の部屋を弟が狙っている。
あのイケメンは異世界の2階部分に住んでいるのだろうか。
上階にも異世界が続いているのか、最上階まで上がってから階段を降りて確認してみようかな。
まあ、こんな変なことも数日程度だろう。
それならイケメンとも暮らせるかもしれない。
新婚生活とか同棲とかの練習だと思おうかな。
だって、異世界ならモンスターが同居人になる可能性も、娼館が我が家と重なってしまっている可能性だってあったかもしれないし。
それに比べたらイケメンと同居なんてご褒美レベルよね。
昨今の異世界ブームのおかげで、晩御飯のコロッケを食べ終わる頃には腹が据わっていた。変わった視界には慣れているから順応ははやいのだ。
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‐Side アイビー‐
今日は憧れあの人の姿を見に、王城の騎士団の練習を見に来ていた。
貴族令嬢だとバレないように、できるだけ落ち着いたガヴァネス風の衣装で、変装用の眼鏡をかけ、長いキャラメル色の髪は帽子の中に隠している。
華やかな女性たちがすり鉢状の競技場のベンチに座る中、木陰からたまに顔を出して、彼の様子を伺うので精一杯。
今日も素敵。
本当はもっと近くで姿を見たいけれど、厳しい家族にバレると外出すら許してもらえなくなる。
最初の目的は彼だったけど、今や息抜きの行動としても欠かせない。
少し長い髪を適当に結んで、颯爽と剣を振るう。
ああ素敵。彼が舞うと、重力がなくなったかのよう。
彼はどんな人と結婚するのだろう。私以外の誰かと結婚するのは確定している。
だって私には婚約者がいるもの。
例え愛のない結婚だとしても、結婚した後に不貞を働く気はない。
結婚まであと2年。
あと少しだけ、こうやって姿を遠くから眺めるのだけ許してほしい。
ちゃんと彼の幸せを密かに応援するから。
・・・今日はダメね。
なんだか感傷的でやや気持ち悪い思考になっている気がするわ。不幸に酔っているかのよう。不幸でもないのに。なんとなくそう思ったので、踵を返して帰路につく。
さりげなく、図書館へとやってくるついでに木陰で少し休んでいたのだというフリ、という心の中の言い訳を振りかざして歩いた。
この角を曲がれば図書館はすぐそこ。
そう思って曲がった先に広がっていたのは、見たこともない景色だった。
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「リヴィル」
さっと魔法陣を描いて呪文を唱える。
何が起きているのか把握するためだ。
急に世界が狭くなったような感覚がある。それとともに何かが近くにいるような感覚。先ほどから解析呪文を唱えても空中でバラバラに分解されてしまい、何もできない。
それならばと、以前から気になっていた100年ほど前に異国語で書かれた魔法書を引っ張り出してきて、羊皮紙に魔法陣を写し描きするのに3時間。
やっと完成したので、また解析呪文を唱えた。羊皮紙の上に浮かび上がる立体。
「これは!」
街、人、建物、見たこともないようなものが見覚えのある建物のある街に重なっている。
どういうことだ。この奇妙な建物や奇妙な服で歩いている人間は一体なんだというのだろう。
未来か?
全く見たことがないのだから過去か未来しかなく、過去ではないことは本能的にわかるので、未来ということになってしまう。
時が重なる魔術など聞いたことがないし、そもそも人としての姿があまりに違う。遠い未来にこんなにも珍妙な姿になるというのか。
だがしかし・・・
よく見ると、髪の色が赤やピンクの者がいるし、肌の色も濃かったり薄かったりで我々と似ている部分もある。
決して大きくはない魔法陣の中では、どの建物が今自分がいるものか分からず、とりあえず王に報告を済ませてからできるだけ広い部屋にこの魔法陣を描こう。善は急げと扉に向かって一歩踏み出した。
・・・いや
まだ。まだその時ではない。
そんな確信めいているのに不確かな感覚がして立ち止まる。
タイトル変えました。