池の上にあるもの
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‐Side 魔法使い‐
痛む体を引きずるように歩いて、下町からは遠ざかった。
遠ざかるごとに痛みは少しずつ薄れて来たので、これならと朝食を買いに戻ろうとすると、痛みがぶり返してくる。下町じゃなくてもパン屋はそろそろ開いている時間だ。ここで買うのは諦めた。
来た道を戻るごとに疑念が湧いてくる。
あそこには何かが干渉しているのでは?
こちらも干渉する側なのだ。それを弾く術式が?
・・だけど魔法陣などの感触はなかった。
そろそろ一人で考えるのも限界なんだろう・・認めたくはないが。
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‐ Side 環‐
美味しいご飯を少し控えめに食べた。休憩時間に甘すぎるものを摂取したからなあ・・。今日も変な時間に寝てしまったけれど、眠ったおかげで体力気力ともにかなり回復した。
部屋に戻って電気をつけて見渡してみても、彼はいない。
なんとなく、夜中に帰ってくる気がする。
「よし!万が一のためにっ」
状況を整理するためにも、手紙を残しておくことにしよう。
エイプリルフールに世界が重なったように見えたこと、自分は意識を向こうへ傾けすぎるとどうも移動してしまいそうな感覚があること、部屋にイケメンがいるように見えること。万が一いなくなっても、重なっている世界に行っている気がするので心配せずに、待ってみて欲しいこと。
だって、捜索願いを出されても捜しようがないし。事件に巻き込まれるような犯罪行為は誓ってしていないし、世を儚んでもいない。
せっかく生まれてきて、大学にも通わせてもらっていて、あの店のチョコレートも食べたいし、卒業旅行で海外に行くのも夢だから、この生にちゃんと感謝していること。
そうだよ、だからバイトしてる。卒業後の一人暮らし用の資金と旅行のため。まだ行き先は決めていないけど、スイス、フランス、トルコ、ニュージーランド、カナダ、ドイツ、行きたいところだらけだ。
月額で支払っているゲームの課金がひとつと、サブスクで読み放題を契約しているサイトがひとつ。
いやまって・・本のほうは・・若干腐り気味だから知られると恥ずかしいな。今解約しとくか。
それ以外はクリーンだと思う。たぶん。
そこまで整理しながら、書き出しておくことは書いて、デスクの引き出しに入れておく。
まだ眠くなりそうにないし、気力は回復したから、お風呂にはまた入り直さないとならなくなるけど、軽く走って来ようかな。ジョガーパンツとパーカーを用意して、電気を消してから部屋の隅で着替える。
なんで自分の部屋でコソコソと着替えなきゃならないんだろう?と思い始めた。
コソコソしなくなるまであと数日かもしれない。やっぱり乙女心は少ない気がする。
出る前に弟の悠斗に「一緒に走りに行く?」と声をかけたら、「帰りにアイス買ってきて」と言われた。行かないのね。悠斗は食べても太らないものね・・。
家から外に出て、階段を下りようとしてふとこれより高い部分の確認をしていないことを思い出し、5階の階段の踊り場まで上がった。
廊下や、見通せる景色を確認するも、この高さには何もない。
街灯や家庭の電気で明るい景色の中だと、重なっている景色もよく見えず。
確認できたのは私の家の階にはあちらの世界の建物が存在しているということ。
マンションを出ると驚きの光景が広がっていた。
「めっちゃ人がいる・・・」
閑静な住宅街なのに、驚くほどに人が多い。できるだけ意識を帰宅中のスーツを着ているサラリーマンに集中しながらぼんやりと重なる世界を見てみると、なんだかみんな楽しそうに歩いている。
「繁華街?」
音は聞こえないのに、大声で喋っている雰囲気なのだ。
そこから近くの大きめの公園へとゆっくり歩いて少し驚く。
地形がかなり一致している。
丘になっているようなところはどちらも上り坂、川はないので橋もない。
恐る恐る公園近くの線路を確認してみると、見える範囲ではあるものの線路上に建物はなく、ほっと胸を撫で下ろす。ありえないのかもしれないけれど、万が一向こうの世界から誰かがやってきた途端に電車に・・なんてことは無い方がいい。私は見えているからまだいいけれど。
夜の公園はお仲間も多く、歩いたり走ったりしている人と、馬車。
「馬車?」
ずらりと並んでいる。
しかも高そうな馬車ばかり。異世界の価値観なんてわからないけれど、これだけ装飾の多い馬車なら貴族とか乗ってそう。
私のマンション辺りが繁華街で、公園までは1キロぐらいは離れていると思うけれど、こんなに馬車がずらりと並んでいるなんて、お城でもあるの?なんて思っていたら、公園の木立に隠れて見えない池の上に真っ白いお城があった。
「お、お城・・」
よりにもよってこんな近くにお城があるなんて。
ふらりと入ってみたいけれど、池に浮かんでいるように見えるほど、すっぽりと池に収まっでいるので、池に入らなければ入れない。私は水に浮けないし、その池にはボートなどない。
ほんの少し、意識をお城に集中すれば、明るく照らされた入り口に着飾った人の出入りがあり、華やかな雰囲気が伝わってくる。
ふと自分を見下ろすと、ジャージ姿のような状態で、コントラストがすごくて笑ってしまった。
お城を眺めながら公園を一周し、二週目は軽く走った。
見事なまでにお城と池の外周が馬車乗り入れと重なっていた。
もう少し周りを見てみようと、もう一つの大きな公園を目指す。
我が家と同じく閑静な住宅街が広がっている区域を抜けて、古いショッピングセンターを確認しながら通ると、こちらは歓楽街だった。
色っぽいお姉さまのお店が立ち並んでいる。
なんで歓楽街ってわかるのか。こぼれ落ちそうなほどの胸が見える服を着た女性が、男性にしなだれかかるように腕を掴んで建物の中へと引っ張っていくから。
いやほんと、こういうのって世界共通なのね。
住宅街ではなく商業施設に重なっている不思議。似ているからこそ重なっているのだろうか。
もう一つの公園には特に何も重なっているようには見えない。こちらの公園にもある池の周りをゆっくり歩いていると、何かがそこにあるという気がしてきた。
目を凝らしても意識を集中しても一向に見えないのに、何かがそこにある気がしてならない。
何があるんだろう。考えてみてもわからないのに気になって仕方がない。
気がついたときは公園の出口で、なぜかふっと力が抜けたので気持ちを切り替えてコンビニへ向かい、アイスを買って帰宅した。