爺にできること
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‐Side 魔法使い‐
「なんだ、何が起きてる」
疲れすぎると効率が落ちるので、仮眠を取りつつ部屋全体に魔法陣を描きながら、時折奇妙な感覚がやってくる。何かが入り込んでくるかのような、異質な風が吹くような感覚。それを邪魔してはいけないような気がして、その感覚が起きたら余計なことをしないためにも仮眠を取る。
つい先ほど1時間程度の仮眠から目が覚め、小さいほうの魔法陣で確認すると、何かに干渉を受けているかのように歪みが見えた。中心付近の空間が凹んでいるのだ。
「ここの密度が濃いのか?」
重なりあったものに耐えられないのだろうか。
「ちょうど・・下町の・・」
魔法陣は中断して、この目で確かめに行ってみよう。朝ご飯もそこで買うなり食べるなりできる。
まだ誰もいない廊下に出て、外に出るとまだ薄暗い。この現象に気が付いている人間はいったい何人いるのか、王家は気が付いているのか。何が起きているか分かったところで魔法でなにかできるんだろうか。体は睡眠不足で少し重いのに、神経が冴えていてあらゆる方向へと思考が止まらない。
それでも知りたいという気持ちが強くて、足はしっかり先へと進んでいく。
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‐Side アイビー‐
すっと温もりが消えた。手を繋いで隣り合うだけでレオッチの熱が伝わって来ていたのに。
「ほう、そうなるのか」
老人の呟きが聞こえてそちらを見ると
「アイビーちゃんはあちらに帰りたくないのかもしれんの」
何か喋りかけてくる。何人かの人がどこかへ消えていった。
「さて、わしら帰るかの」
何かを話す老人が私に手の平を差し出した。
私よりも小さい老人の手に手を乗せると、私がエスコートをしているような雰囲気になる。
すぐ近くに停めていた乗り物にまた乗り込んで、どうやら戻るよう。
「通訳がおらんと不便じゃのう」
何かを呟いて考え込む様子。
私も同じように考える。
なぜ、私は元の世界に帰れなかったのだろうと。
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‐Side 爺‐
「少し情報を出してみようかの」
どんなときもあるがままを見つめるようにしてきたが、今回のことは老人の経験を遥かに超えてきている。人間とは、自分が見たいものを見る性質だ。
爺の役割は、自分というフィルターをできるだけ通さずに視ること。
皆が想像の世界だと思っていることは全て、その者達のフィルターを通した世界。
つまり無限に様々な世界があるということ。
「そうじゃのう・・」
自分に都合の良い世界を見ていたい者たちは早めにそちら側に集まってもらうのがスッキリするかもしれん。
「こんな風に拡げてみるか」
あとはやり方を知る者たちがやってくれるだろう。
「だってワシ、SNSとかわからんもん」
「爺、あなたが普段食べたものを載せているのがSNSですが」
「ふぉっふぉっふぉっ」
「・・・御意」
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‐Side 環‐
大学の授業は午前で終わり、午後からはバイト。
一旦帰宅するのは無理なので、大学のカフェの隅っこで動画を見ながらご飯をゆっくり食べていると、謎の広告が流れた。
「今、あなたの側に異世界が」
画面が一瞬消えたような演出のあと、「情報はこちらへ」というかすれた文字と検索ワードのようなもの。
「重世界」
動画を見るのをやめて、検索してみる。
掲示板のように書き込みができるようで、コメントを見てみると
「異世界見える!」
「なにこれ」
「異世界ってか宇宙じゃね?」
「私は異世界人見た」
「地球の終わりの始まり」
「狂ってるの?」
「龍が飛んでるのを見た」
「サイコ宗教なん?きも」
「大阪のある場所で急に男性が消えたんだけど」
「異世界とか詐欺のアンケート?」
「三日前に起こった地震が原因でしょ?」
「富士山の地下都市がついに」
「大阪のデパートの前にそれっぽい人がいたんだけど」
すでに百件ほど書き込まれていた。
随分一方的に書かれている気がするけれど、普段こういうサイトを見ないのでルールがよくわからない。
ついでにSNSも確認してみる。
「異世界」で検索
写真、漫画、コスプレ
異世界だけじゃダメ。
恐る恐る「重世界」と入れてみた。
「見えてるかの?」
最新の呟きでひとつだけ気になってしまった。
流れてしまうとまた見つけるのが困難なので、ハンドルネームだけメモ機能に残しておく。
そこまでやってバイトの時間が迫っていることに気が付いて慌てて荷物をまとめた。
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‐ Side ‐
ゆっくり覚醒していく。今日も何も掴めていないことに絶望した。
絶望をどれだけ繰り返すと人として壊れるのだろうか。
それとも、もうとっくに修復できないほどに壊れてしまったのだろうか。
壊れてしまったのなら、どうしてまだこんなにも心が痛いと感じるのだろう。
この痛みを感じたくないから探しているのに。
目を開ける。
ふと感じる目の違和感。
ああ、また泣いていたのか。
現実では泣けないでいるのに、眠っていると泣いていることがある。
今日もそれだろう。
だけど、何かとても幸せな感覚が胸にある。
こんなことは久しぶりで、感覚を消したくないから覚醒したくない。
まだこの苦い現実に戻りたくない。
半覚醒ぐらいの中で何かの匂いがした。
甘くて優しい果実の花のような。
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‐Side 玲央‐
「うん、アイビーちゃん」
「それは女性の名前で合っているのか?」
「女性でたぶん若くて、髪は金色に近いような茶色」
「そのような女性は結構多いぞ」
「そっかあ」
「そんなことより一体お前はどこからやってきたんだ。消えたのはどうしてだ。預かっているあれは一体なんなんだ」
「あー、そうだよな」
「説明してくれ」