異変の始まり
いつもと同じ穏やかな日常。
人によっては慌ただしい日常。
イライラしている人もいるし、落ち込んでいる人も、喜んでいる最中の人もいる。
人間それぞれが自分の人生を歩んでいる日本のとある西寄りの都市。
そんな人口も多く、わざわざ外国から訪れる旅行客も多い都市に。
2025年、4月1日
嘘をついても許されるこの日を狙ったかのように、異世界が降りてきた。
□ □
‐Side 環‐
それは空から透明の巨大な球体がゆっくりゆっくりと落ちてくるような幻。
その幻を、大学の春休みだからと友達と張り切ってやってきた北区の高層ビルの屋上近くにある、SNSで話題のカフェの入店待ちの列に並んでいた環が見ていた。
そんなこと、あるわけない。
そう思ったから一緒に並んでいる2人の友達には言わなかった。
ほら、遠くまで見渡せる窓ガラスに視線を向けている人も何人かいるのに、誰も何も騒いでいない。
これはまた、いつもの私の想像力が作り出した幻か、見てはいけないものを見ているのだろう。
小さい頃から色んなものが見えてきた彼女は、わざわざ声に出して異変を人に告げることがない。
言ったところで、おかしな人か夢見がちな人だと思われるだけ。
例えそういうものが見える能力を持っていたとして、そういうものに惹かれて近づいてくる人物に碌な人間がいない。20年生きてきて、すでにその方面では達観していた。
だけど・・・
この光景はさすがにいつもと違う気もする。
ゆらゆらとまるで大きな水たまりが落ちてくるかのようで、さっきからほとんど高さが変わらないように見えるけど動いていないわけではなくて、近づいて来ているような。
水のような球体の中に人が見えるのだ。
それも1人や2人じゃない。うようよといる。
それを見つめながらも、友達の会話に相槌をうつ。
大丈夫、ちゃんと聞いてるよ。
今度発売される莉々華が推してるキャラのぬいぐるみの話でしょう?後でそのキャラのグッズを探しに行くのも付き合うよ。その代わり、ドラッグストアで新しい口紅を買うのにも付き合ってよね。
どこか視線を逸らして会話をしがちな私にみんな慣れているから、たまに会話を振ってくるぐらいで、そこそこ放置してくれる。
カフェに入れるまであと10組ぐらいは待たないといけない。
そのカフェからも外の景色は見えるだろう。
まあそれまでこの幻が続くのかどうかは知らないけれど。
□ □
‐Side 玲央‐
今日は苦手な取引先に行かなきゃならないのが嫌で、朝から憂鬱だった。
仕事自体は嫌いじゃないが、人と関わるのがあまり好きじゃない。
そう気がついたのは社会人になってからで、営業を兼ねた技術職についてからは日に日に苦手が増している。
もっとこう・・誰にも関わらず作業だけをしていられるような仕事を選べば良かった。
人からは羨ましがられる企業に就職が決まったときは嬉しかった。
大学で青春を満喫し、社会人になってもそれなりに楽しめると思っていたけど、年々身体のどこかに鉛でも溜めて行ってるんじゃないかと思うぐらい体が重い。
特に今日みたいな日は、いっそ病気になるか大怪我でもして休みたいと思う。
それでも、社会人としてちゃんとやらなきゃという気持ちを支えに出社し、苦手な取引先の訪問も終えてまだ明るい夕方、会社に戻るために歩いていた。
大きな交差点を渡るために信号待ちで立ち止まる。
前の人物がおかしい。
この衣装をなんと言えばいいんだろうか、胴当てみたいなものが付いていて、鎧のようだけれど鎧でも無いような。
まあ、コスプレだろう。
衣装については深く考えない。都会は服装の個性が豊かだ。
だけど、向いてる向きが変なんだ。
俺の方向を向いている。
俺は進む先を見ているから、つまりまるでお互いを見つめ合っているかのよう。
だけどそいつは俺のことなど見ていない。
なんだ?
コスプレイヤーじゃなくて、ちょい危ない奴なのか?
そろりと半歩後ろに下がる。
待てよ。コイツが危ないヤツだとして、子供とか巻き込むのだけは避けないとな。
同じように信号待ちをしている人達をさっと確認した。
ほとんどか大人で、1人だけ赤ちゃんを抱えている人がいる。
そちらへさりげなく移動しようかと思ってから気がつく。
コイツの違和感になんで誰も反応してないんだ?
そう思いながらも、赤ちゃんを抱えた女性の横にさりげなく移動したとき信号が変わり、待っていた10人ほどが歩き出す。
だけど俺は動けなくて。
反対側からやってきた人が俺を避けて通り過ぎて行く。
なのに、不審人物は避けずに体をすり抜けるように通り過ぎていった。
は?
どういうことだ?
俺が見てるのは幽霊なのか?
幽霊ってもっとこう透明に近い感じじゃないのか?
見たこと無いからわからない。
人通りが途切れたので、思い切って不審人物へ近づいてみる。
刃物は持っていないようだし、どこか遠くを眺めるように偉そうに腕組みをして立っている。
羨ましくなるような腕の筋肉に、精悍な顔。
あれ?コスプレじゃないならメイクなしでこの顔なのか・・。
外国人が困っているだけか?
この状況がもどかしくて、思い切って声をかけた。
「あのう・・」
反応がない。
「Excuse me?」
なんの反応もない。
失礼は承知の上で、体に触れようと手を伸ばす。大丈夫、最近はやっていないが長い間空手をやっていた。喧嘩慣れしているとはいえないが、多少は腕に覚えがある。
さっき通り過ぎていった人たちは何だったんだと思うぐらい、しっかりとそいつの逞しい腕に触れた。
同時にビクリとそいつが反応して、俺の手が捕まった。
□ □
‐Side 結界師‐
「時空、いや空間・・」
「重なってしもうたようじゃのう」
「そのようで」
「これは・・大阪・・いや、関西ほぼすべてかもしれんの」
「30分ほどで確認できると思います」
「異なことじゃ」
「弾き出す術式を?」
「・・いや、無理じゃな」
「なんと」
「誰かの策略などであれば弾けたであろうが、これは必然。磁石のようにお互いが引き寄せたのかもしれん」
「では」
「しばらく様子をみようかのう。歪みが生じているならば、そこからさらなる異が入ってこようとするかもしれん。それには警戒じゃな」
「御意」
続々と集まった情報によると、やはり関西を覆うように異なる世界が重なってしまったという結論に達していく。
なんせ爺さまがのほほんと構えているため、国家存亡の危機などではないのだろうと、皆どこか安心しているものの、結界を強固にするための術が総勢20人で展開されていく。
□ □
‐Side 環‐
そろそろカフェでの食事を終えて店を出ようかという頃には、水のようなものは店内を満たしていた。
カフェで集う客に重なるかのように動き回る【違う】人達。
現実と違うと区別できるのは、明らかに衣装が違うから。
なんていうか・・ほら、昔のアニメとか映画とかに出てくるような服。
女の人は長くて膨らんだスカートを履いているし、男の人はジャケットを着て貴族風の人もいれば、騎士のような人もいる。薄汚れたシャツとパンツだけの人も多く、
向かいのビルあたりの景色には馬車が見える。
そうだなあ・・まるで異世界みたい。
カフェのテーブルを実体があるようにしか見えない異世界の人達がすり抜けて行く。
なんだろうこれ。
説明しにくいけれど、意識をこちら側に置いていれば大丈夫だけど、異世界側に集中すればそちらに移動してしまうような感覚がある。
じわじわと下に降りて行ってるから、カフェに入った辺りで天井から足が突き抜け始め、今は彼らの足がカフェの床にほぼついている状態。
このままここにいたら、彼らの体は床に埋まり、また下のフロアの床に着くのかも。
どうも今回の幻は妙にリアルだ。
しかも意識をそちらに引っ張られそうになるので、友達との会話に集中するようにした。
カフェを出て、お目当ての店でグッズを見てはしゃぐ莉々華。なかなか離れがたいらしく動かなくなってしまったので、1人でドラッグストアに行くことにした。買い物を済ませたら合流するのを約束して。残りの1人はデートがあるからとカフェで別れた。
長く付き合っている彼氏らしく、こうやって友達と遊ぶ時間も大事だよと、朝は寝坊できると言って待っていてくれるらしい。
いいなあ・・私もそんな彼氏が欲しい。
なんて呑気なことを考えていたら、顔の横につま先が降りてきた。
あー・・・今日のはいよいよおかしいか。
つま先から先を見ようと見上げてみると、茶色いコロンと丸みのある革靴が私の顔を通り過ぎて行く。
歩いているわけね。
見上げてもスカートの中に色々と履いてるようで、白い布がたくさん見えた。
その女性が通り過ぎたので、視線を少し遠くに置くと、うじゃうじゃと足がたくさん動いている。
・・シュール・・
そろそろこれはリアルに起きていることだと考えてもいいだろうか。
理屈などさっぱりわからないけれど、異世界がこの都市をすっぽりと覆っているのだと。
そんなふうに考えながらドラッグストアに入ると、そこには異世界の人間はおらず、ゆっくりと口紅を物色できた。
春らしい色が欲しくて目をつけていたメーカーのものをいくつか手に乗せて試す。
似たような色で悩んで、二千円の落ちにくいタイプに決めてレジに並んで購入を終えて外に出たら、異世界の人間はこの世界と同じ地面を踏んで動き回っていた。
・・これ、最後のほうは随分スピードアップしてた気がするけど、同じ重力が作用してるのかな?
真剣にこれがなんなのか考えても答えなどないので、どうでもいいことを考えた。
そのままさらに下に落ちていって、いつの間にか地球通過したりするのかな。
なんて思っていたけど、莉々華に合流して、また別のカフェで甘いものを食べながら購入したグッズを見せてもらい、化粧直しにトイレで新しい口紅塗って、「あ、似合う」と高評価をもらって、別々の電車に乗るから分かれて、家に着く前にコンビニで明日の朝食べる分のヨーグルトを買って、自分の部屋に戻ると、イケメンがいた。
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‐side 玲央‐
「☆□△✕◎」
「え?え?」
手を掴まれたときに感じた感触は、同じ人間のものという感覚がなく、かといって手じゃないという感じもなかった。
掴まれた瞬間捻り上げられて、首を絞められている。
コスプレだけじゃなくて、武道も嗜んでる感じ?
てかやっぱ危ない人じゃないか。
スマホはポケットに入ってるから、まずは110番して、会話を垂れ流しておけば事件だと思ってもらえるだろうか。対処法を考えていたら、頭の中がぐわんと大きく揺れたような感覚に意識を全部持っていかれる。
な・・んだ・・これ
あまりに目が回るので拘束されていることに感謝するぐらい。
「なんだ?」
「・・え」
「お前どこから来た?なんだその珍妙な格好は」
言葉がわかる。なんでだ。
マイペース更新です。説明とかタイトルは変更するかも。