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呪物 其之拾

「この度は、誠にありがとうございました」


 消衰しきった顔で頭を下げる岡野に見送られ、御坂と省吾は田宮邸の玄関を出た。朝日に照らされる庭では、小さな鳥達が楽しそうに遊んでいる。


「だから、お祓いなんぞに着いて来ても、詰まらんと言ったじゃろ省吾。特に今回の依頼は、最悪じゃった……」


 うんざりした顔で、御坂は省吾の方を見る。御坂は相変わらずのジャンパー巫女スタイルだったが、右頬に貼られた白い絆創膏と、小脇に抱えたお経の書かれた木箱が新たに追加され、余計に目立つ格好へと変わっていた。


「そう? 割と楽しめたよ俺は。

 お屋敷の食事は、豪華だったしさ」


 御坂と違って、省吾は鼻歌でも歌い出しそうなくらい、上機嫌だ。


「ちょっと、あんた達!」


 コートを着た絵里が、屋敷から2人を追いかけてくる。今の彼女には昨夜食堂で見せた落ち込んだ暗さはなく、何かから解放されたような笑顔ではちきれそうだった。


「あたしも駅まで行くから、一緒に行きましょうよ。あなた達には、いろいろ聞きたい事もあるしさ」


「聞きたい事とはなんじゃ?」


 歩きながら御坂が尋ね返したのは、田宮家の門を出てすぐだった


「例えば、事件の真犯人とか……。ほら、あたし昨日はさっさと食堂から戻っちゃったから、何も聞いてないでしょ?」


「お主がそれを知ってどうしたいのか分からんが、わしも知らんぞそんなもん。おおかた自殺した五十嵐宗太の家族の誰かじゃろう」


「自殺?」


「かの五十嵐という御仁は、剛三氏に工場を潰されたのだそうじゃ」


「じゃあ、その人の家族が、お父さんと敦彦兄さんを殺したの? 呪いの人形を送って」


「そうじゃよ。じゃが、それが誰かを突き止めたところで、今更どうしようもない。とっくの昔に死んでおるのじゃからな」


「え?」


「犯人は、あれだけ強力な呪物を梱包していたのじゃぞ。それこそ剛三氏や敦彦氏よりも、この人形に触れていた時間は長かったやもしれん。どうやって生き残ろうというのじゃ?」


 人形入りの封印の箱を御坂が向けると、絵里は両掌をこちらに向け、それを遠ざけるよう必死にジェスチャーを繰り返す。


「なぁ、御坂みたいなお祓い屋に協力してもらえば、活法とやらで呪いを解いて、犯人も生き延びられるんじゃないのか?」


 絵里をからかう御坂を引き止めるかのようなタイミングで、省吾が口を挟んだ。


「ないない、復讐に協力しようというお祓い屋がおるのなら、顔を見てみたいくらいじゃ。

 そうじゃな、因果という言葉を知っておるか?」


「因果応報ってよく言うけど、それの事かい?」


「そうじゃ。

 自分のやった事は、因果となって必ず自分に帰って来る。それが来世になるかもしれんし、再来世になるかもしれんが、因果は魂が背負うものなので何度生まれ変わっても付いて回る。自分がやった事の意味を悟るまで、永遠にじゃ。

 じゃから、復讐などせんでも相手は因果を背負っとる訳じゃから、放っておいてもいつかは思い知る事になるし、復讐なんぞに手を貸せば自分が新たな因果を背負ってしまう。

 お祓い屋ともなればこの理屈をよく知っとるから、協力などする訳がないのじゃ。

 わしとて”許せない”という気持ちはよく分かるが、だからといって余計な因果を背負うのは御免じゃよ」


「そっか、放っておいても犯人は罰を受けるって信じてるのね、あなた達は」


 絵里は感心したかのように、頬に手をあてて御坂の話に頷いている。


「あいにく罰と因果は似て非なるものじゃよ。罰は罪の重さに応じて与えられるものじゃが、因果は自分のやった事を悟りさえすればすぐにでも消えるし、悟らねば永遠にまとわり付く。

 魂は悟りを得るために輪廻転生を繰り返すものじゃから、因果もまた魂が悟りに近づくためのシステムの一つというわけじゃ。

 もっとも祓い屋とは別に、呪殺専門の殺し屋も稀にいるらしいが、こいつらも呪物を送り付けるような真似はせん。呪物というハッキリとした呪いの痕跡こんせきを残すような、半端な真似をするような連中ではないのじゃ」


「じゃあ、やっぱり孝則兄さんは、呪物を送った人と無関係だったのね」


「そっから先は、俺が説明するよ。

 なんせ智巳が自力で分かった事といえは、真犯人が既に死んでいる事と、金庫の鍵を盗んだ人物が別にいる事だけだったからね」


 得意げに後ろから割り込んだ省吾を、御坂が恨めしそうに睨んでいる。


「なんじゃ省吾、偉そうに」


「ホントのことだろーー」


「いいわねー、あんた達は仲が良くて」


 気づくと絵里が、こちらを見ながら微笑んでいた。


「付き合いが長いだけじゃよ」


 咄嗟に誤魔化すように、御坂はそう口走る。


「相変わらずつれないなー、智巳は。

 で、話を戻すけど、田宮家内に犯人がいない事は、俺からすれば自明の理だったよ。だって、敦彦さんを殺す動機が誰にもないんだもん。話を聞いても出て来るのは、剛三さんへの不満ばかりだしさ。

 そもそも五十嵐宗太なんて、剛三さんの潰したライバル企業の下請け工場だよ? 岡野さんだって、田宮家とは無関係な名前だと思ってたくらいなんだし、外部の犯行を臭わす陽動としても不向きな人選だよ。

 犯人が五十嵐宗太の名前を出したのは、いわば犯行声明。お前が自殺に追いやった五十嵐宗太の仇を討ったんだっていう、執念の意思表示だよ。気づいて自分を探す者がいたとしても、その頃には自分も死んでるんだから、怖いものなしだよね」


「おい省吾、いくらなんでも、被害者の家族の前で遠慮がなさ過ぎじゃろう」


 御坂が省吾のジャンパーの袖を引いたが、絵里は顔の前で手を左右に振って笑っている。


「いいのよ。その方が話が早くて助かるわ」


「そういう事なら、遠慮なくガンガンいくよ……。

 次は、孝則さんが金庫の鍵を隠した件についてだけど、これは自分に不利な遺言状をどうにかしたかっただけだね。

 孝則さんは兄の敦彦さんの事は信頼していたけど、文江さんには不信感を抱いていたみたいだし、あの人に遺産の殆どを奪われるのは嫌だったみたい」


「それはあたしも似たようなものね。文江さんってあたし達に全然心を開かない人だったから、孝則兄さんの気持ちは良く分かるわ。

 けど、それも全部杞憂だったみたい。

 昨日聞いてみたんだけど、義姉さんは孝則兄さんと争う気はないんだってさ。考えてみれば文江さんて、あの父さんとも波風立てずやっていたんだし、孝則兄さんに合わせるくらい、なんて事ないのかもしれないわね」


「最初からそうと分かっていれば、ややこしい事にならずに済んだのに…‥。

 孝則さんが金庫の鍵を盗んだのは、敦彦さんが死んですぐだと思うよ。鍵は机の引き出しに無防備に置かれていたし、その頃のお屋敷はてんやわんやの大騒ぎだったから簡単だったろうね。

 問題は岡野さんがすぐそれに気づいて鍵探しを始めた事だ。だから孝則さんは、岡野さんの目を逃れるため屋敷外へ鍵を持ち出したんだ」


「でも孝則兄さんは、敦彦兄さんが死んでから数日間、屋敷から一歩も出てない筈よ?」


「たまたまその夜にやってきた、犬を使ったんだよ」


「犬って、よく庭に遊びに来てた?」


「そそ。

 まず鍵を紐とタオルかなんかでグルグル巻きにして、犬が咥えやすい大きさに調整する。

 次に犬の首輪に付いたGPSを取り外し、鍵入りタオルに付けて追跡可能にする。

 あの犬は人から物を奪って逃げる癖があるから、あとは適当にタオルを放ってよこせば、犬が勝手に咥えて逃げていくって寸法さ。孝則さんはあの犬の飼い主とも知り合いで、犬の世話を時々手伝っていたそうだからあの犬の事は良く知ってたし、犬の首輪にGPSを付けたのも孝則さん自身だったから、これも簡単だったと思うよ。。

 屋敷は”鍵がない”って岡野さんが大騒ぎしてたから犬どころじゃなかったし、あの犬がタオルをどこに隠そうがGPSで追跡可能だから問題ないしね」


「しかし、屋敷の外に鍵を隠してたなら、どうやって省吾はそれを見つけたのじゃ」


 フンッと省吾は御坂に向かって鼻を鳴らす。その得意げな顔を見るに、どうやら丁度尋ねて欲しかったポイントだったらしい。


「鍵は屋敷の中に戻っていたんだよ、岡野さんが徹底的に屋敷を捜索した後にね。

 なぜなら孝則さんの目的は遺言状だけを始末する事で、ペーパーカンパニーの資料や価値ある美術品を、金庫の中に眠ったままにするのは望んでないんだから。

 だから孝則さんは岡野さんの隙をついて金庫を開けようと、自分の手元に鍵を置いて虎視眈々とチャンスを狙っていたんだよ。一度調べた場所はもう一度調べようとしないものだから、鍵を見つけられる恐れはまるでなかったんだろうね」


「もしかして、昨日孝則殿の部屋を訪ねたのも、そういう訳じゃったのか?」


 話を聞いていた御坂がポンと手をうった。駅も近くなってきたせいか、もうこの辺は人通りも増え、そんな御坂の姿をすれ違う人々が物珍しそうに眺めている。


「そうだよ。

 あの時、孝則さんが頑なにパソコンの前から離れようとしなかったから、あの周囲に隠してあるんだとすぐに確信したよ。

 あとは孝則さんを食堂に呼び出して、智巳が祈祷している間に使用人の人に部屋を探してもらったら、すぐに鍵が見つかったって訳。万が一鍵が見つからなかったとしても、祈祷の為に呼び出したんですって誤魔化せたからね、あの状況なら」


「へぇー、そこまで考えてたんだ。単なる霊媒師だと思って、すっかり油断してたわよ」


 絵里は目を大きく見張り、省吾のことをまじまじと見つめている。


「それも俺達にとってはラッキーだったんだ。

 みんな正直に話をしてくれたし、孝則さんも金庫の中に呪物が入ってるなんて知らなかったものだから、まさか俺達が鍵を探し回ってるなんて夢にも思っていなかったんじゃないかな」


 省吾は少し照れたのか、頬を僅かに染めて頭を掻いた。


「ところで絵里さんは、駅まで何をしに行くんですか? 大抵の用事なら使用人の誰かに頼めばいいじゃないですか」


「田宮家から今日出て行くことにしたのよ、あたし」


「え? なんかあったんですか?」


「あったなんてもんじゃないわよ。

 あなた達だって見たでしょう、孝則兄さんが昔の父さんみたいに威張るようになっちゃったのを。

 家のゴタゴタが片付くまでは留まるつもりだったけど、あんな居心地の悪いとこ、もう我慢できないわよ。引っ越し先に予め荷物を運んどいて正解だったわ、ホントに」


「やはり孝則殿は、剛三氏によく似ておったのか。岡野殿が恐れるわけじゃ」


 あの時の勘は当たっていたのだなと、御坂は少し控え目に苦笑いを浮かべた。


「孝則兄さんは、自覚してないみたいだけどね」


「もしかすると剛三氏が孝則殿を嫌っておったのは、同族嫌悪だったのかもしれんのぅ」


「あるいは、自分と同じ道を辿らないように、たしなめていたつもりだったのかもしれないわね。

 今となっては、知りようもないことだけど……」


 まもなく駅に到着した3人は、そのまま人混みの中へと紛れていってしまった。

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