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シンの告白

 森の中を駆ける風が向きを変えた。

 

 もうすぐ暑さも和らいでくる兆しだった。

 もともと気候の温暖な地域なので、多少涼しくなる程度。

 ファンデ家は、相変わらずキツネ狩りに興じていた。

 シンも嫌々ながら参加し、今回は母ユキナも付いてきていた。

『いつもは、キツネの死骸を見たくないからって絶対付いて来ないのに』

 不審に思いながらも、シンはもう一方で、再びエノに会える期待に胸を膨らませた。

 集まっている兵士たちの中にエノの姿を見たとき、シンは思わず笑顔をこぼした。

『良かった。 元気そうだ』

 

 

 前回と同じく、ソルドとエノを引き連れたシンは森の中を進み、小さな泉の前へ着いた。

 シンはソルドを見、そして、エノを見た。

「エノ、ちょっと来てくれないか?」

「?」

 何かと首をかしげるエノの後ろで、察したソルドが言った。

「少し、獲物がいないか周りを見てきます。」

「え? ソルド?」

 残されたエノは、仕方なくシンの後をついていった。

 シンが泉の前の小さな岩に腰掛けると、エノはその横についた。

「どうか、なさったんですか?」

 この間のキツネ狩りを休んでしまったことを叱られるのかと不安に思いながらシンに声を掛けたが、彼はしばらく黙ったままで水面のさざなみを見つめていた。

 思いつめたような横顔を見守る様に見つめるエノに、シンはやっと口を開いた。

 

 

「今度、舞踏会があるんだ」

 その言葉に、エノは少しホッとした。

「はい、ソルドから聞いています。 もちろん、私も警護に付かせていただきます。」

 シンは少しうつむいて、また前を見た。

 

 

「その席で……私と踊って欲しい」

 

「えっ?」

 

 エノはいきなりのことに言葉を失った。

 しかし何かを返さなければ、と懸命に頭を働かせ、やっと声を絞り出した。

「そ……それは……出来ません。 いくら、シン様の願いと言えど……私には筋違いというか……あの、シン様と踊りたくないわけではなく……」

 シンは、分かっている、という風に 悲しげにエノを見上げた。

「あぁ……すまない。 今のは私の独り言だ……気にしないで……」

 そう言うと立ち上がり、ソルドの待つ馬の方へ向かった。

 エノはもう何も声を掛ける事ができず、黙って後を追った。

 

 

 ジャックとの合流地点に近づくと、すでに両親達は待っていた。

 森の中から現れたシン一行に気づくと、ジャックはユキナに目配せをした。

 ユキナはそれに従い、シンの後ろからついてくるエノを見た。

 そして、夫を見て頷いた。

 

 そんな事を知りもせず、シン一行は合流し、屋敷へと帰った。

 

 

 

『傭兵村』へ帰る道中、エノは馬と共に歩きながら終始無言だった。

 その様子を、ソルドは黙って見ぬ振りをしていた。

 

 エノは心に重い石を詰め込まれたような感覚に陥っていた。

 独り言じゃなかった。

 からかっているようにも、見えなかった。

 あれは、本心……?

 誰にも相談できずに、エノは重い足取りで家へと帰るのだった。

 

 

 

 自分の部屋へ戻ったシンもまた、疲れ果てたようにベッドへ沈み込むと目をつぶった。

 

 夕食ができるまでの間、リビングでジャックとユキナは、2人でティータイムを取っていた。

 今日の狩りの成果など、今の2人にはどうでもよかった。

 

「あの娘とは仲良くさせるわけにいかん。 身分が違いすぎる」

 深刻な面持ちで話すジャックに、ユキナも賛同していた。

「そうですね…… あなた、シンも もういい歳です。 もうそろそろ考える時期ではありませんか?」

「そうだな。 いつまでも遊ばせておいても良いことはないかもしれん。 ファンデ家の跡継ぎとして、ふさわしい伴侶を探してやるか」

 そんな会話をしながら、キッチンからは美味しそうな料理の香りが漂ってきていた。

 

 

 

 数日後、エノは相変わらず厳しい訓練に身を投じていた。

 村の中央の広場には、いつものように人だかりができ、その様子を見守っていた。

 人だかりと言っても、兵士の家族が恒例として見学しているのだ。

 

「さあ! 今日はこれで終わりだ!」

 ソルドの言葉に、エノを含め汗だくの兵士たちはホッと息をついた。

「「おつかれ!!」」

 

 

 皆それぞれの家へ帰っていくなか、エノは自分の荷物を持ち、村近くの泉へと足を向けた。

 辺りはだいぶ陽も落ちかけ、薄暗くなりつつある時間帯。

 エノはその水面に足を入れた。

 

 透明な冷たさが、訓練で火照ったカラダを心地よく冷ました。

 あたりに誰も居ないのを確かめると、着ていた衣服を脱ぎ捨て勢い良く飛び込んだ。

 胸辺りまである水位。

 水底に足をつけると、勢いよくザバァッと水面へ顔を出して、気持ち良さそうに頭を振った。

 そしてあおむけになって水面に浮くと、しばらく身を任せた。

 ユラユラと揺られながら、エノの頭の中にはまだあの言葉がこびりついていた。

 

 

『舞踏会で 私と踊って欲しい』

 

 

 エノには到底答えられないものだった。

 いくらシンがそう願おうとも、いくら学業をまともに受けていないエノでも分かることだ。

 

 

『身分が違う』

 

 

 エノも、シンの事が嫌いではなかった。

 誰からも好かれ、何でも器用にこなし、何より心が優しい。

 そんな彼を、嫌うハズがなかった。

 自分を誘ってくれることを、嫌がる理由などなかった。

 

 しかし、どうしても越えられない壁があるからこそ、エノはシンにあぁ言うしかなかったのだ。

『できません……いくら、シン様の願いと言えど……』

 

 

 エノの中にも憧れはあった。

 兵士の前に、女なのだ。

 パーティーや舞踏会に参加する数々の貴族達。

 それぞれに煌びやかなドレスを身にまとい、髪の毛もしっかりとセットされ、嗅いだことのない香水を漂わせて自分の前を通っていく……

 

『私もあんな風に着飾れたら……』

 

 だが、彼女はその思いも、イチ兵士として断ち切ってきた。

 それが自分の生きる道なのだと、わきまえてのことだったからだ。

『私は、シン様にお仕えする身』

 それ以上でも、それ以下でもないのだ。

 


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