キツネ狩り
数日後、ファンデ家がキツネ狩りを開いた。
この地方では、どこの貴族も趣味としてキツネ狩りをすることは珍しくなかった。
ファンデ家は主 ジャックが息子 シンを連れて出た。
もちろん、護衛として『傭兵村』から何人かが派遣された。
シンはその中にエノを見つけると、ホッとしたように表情を和らげた。
一行は森の中に入り、手ごろな場所で基地を作ると、ジャック、シンと分かれ、それぞれに3人ずつのパーティを作った。
シンには、ソルドとエノが付いた。
「シン、お前は優しすぎるところがある。 これも立派な訓練と思って、仕留めてくるのだぞ」
ジャックはそう言うと、ラゴー、イナンら護衛と共に森の中へ入っていった。
残されたシンは、あまり気にしないかのように馬の歩を進めた。
森の中は適度な木洩れ日に溢れ、涼しい風が木々の合間を流れ、とても気持ちが良かった。
シンにとっては、こうして馬にまたがり 歩いているだけで充分だった。
だが、ジャックは跡継ぎとしてシンを育てるため、ある程度は猟の技術、教養を学ばせようと考えていた。
今のままでも充分に民の信頼は得ているシンであったが、ジャックから見て、彼の心の優しさは少し頭を痛めるところがあった。
『あれでは、大事な決断を迫られた時にどうなるか、心配だ』
そんな親心も知らず、シンはのん気に森の中を歩いていた。
「シン様! キツネです!!」
ソルドの声にその指した方を見ると、木陰からヒョコッと顔を出すキツネが見えた。
シンは担いでいた猟銃を構えると、丁寧に狙いを定めてキツネへと照準を合わせた。
パーーーーーーン
森の中に銃声が響き、木々から一斉に何十羽という鳥が飛び去った。
シンは馬を下り、草の間に倒れているキツネを抱き上げると、皮の袋に入れた。
「さ、行こう」
シンは再び馬にまたがると先へ進んだ。
しばらくして、遠くから銃声が聞こえた。
「父さん、やってるな」
楽しそうに言うと、小さな湖のほとりに馬を止め、下りると湖へと近づいた。
「シン様?」
意図が分からず、ソルドが恐る恐る声を掛けた。
エノも黙って様子をうかがった。
「しばらくここで休もう」
微笑んで答えると、湖畔に腰を下ろした。
きょとんとして、ソルドとエノは顔を見合わせた。
そして、肩をすぼめて微笑むと、それぞれ近くの木の根に座り休息を取った。
こんな時でも、3人は固まらない。
どこから何が来ても対応できるように、ソルドとエノは少し離れたところで見張りをするのだ。
そんな2人の気も知らず、木々を撫でるそよ風が優しく3人を包んだ。
しばらくして、シンはエノを呼んだ。
「はい、シン様?」
駆け寄ると、シンは湖の向こうを指し示した。鹿が水を飲みに来ていた。
「あれを仕留めるのですね?」
シンは答えず銃を構えると、引き金を引いた。
パーーーーーーン
銃声が響き、鳥が再び飛び去っていった。
3人の前で鹿はビクッと体を翻し、あっという間に森の中へと姿を消した。
「惜しかったですね、シン様」
ソルドが声を掛けると、シンは笑って振り向いた。
「ああ」
それを見て、エノが言った。
「本当に、シン様はいたずらがお好きですね」
そして、クスクスッと笑った。
「エノ、失礼なことを言うんじゃない!」
ソルドのお咎めに、エノはハッとした。
「す……申し訳ありません!」
「いや、構わないよ。 エノの言う通りだから」
彼女にはしっかりと見えていた。
シンの照準はまるで合っていなかったことを。
初めから鹿を仕留めるつもりではなかったのだ。
すっかり苦笑いに変わったエノを優しく見つめ、シンは湖の向こうを見た。
「狩りならさっき仕留めた一匹で充分だよ。 無駄な殺生をしなくとも、銃の訓練なら他に方法があるしね。 父さんは良く思わないのかもしれないけど」
そう語るシンの背を見て、エノは心から感心した。
『この人に仕えて、本当に良かった』
狩りの結果は、当然の事ながら父 ジャックの勝ちで決まった。
ラゴーはジャックの後ろでガッツポーズを見せている。
そんな様子を、エノはソルドと共闘して見ない振りをしていた。
だが、父としてはあまり嬉しい結果ではなく、帰ってから小1時間の説教がシンを襲った。
そんな事があっても、彼は自分に間違いないと信じているのだから、効果はまるで無かった。
そんな息子を、両親はまたひどく心配するのだった。
一方シンは、エノの笑顔を思い出していた。
どこか癒される笑顔……もっと話をしたい。
そう思いながら、『傭兵村』のある方角の空を眺めていた。