表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/23

新しい生活へ

 やがて、広場にはエノとアルザスが残された。

 最初に言葉を発したのはアルザスの方だった。

 大きくため息をつくと、

「オレ、タメグチで怒鳴っちまったな。 やばいかな……」

 と苦笑いした。

 それを見て、エノはクスッと笑った。

「大丈夫。 シン様はそんな小さい人じゃないよ」

「悪かったね、小さい人で!」

 イィーッ! と子供のように歯を出したアルザスを見て、エノは少しホッとしていた。

 

 その時、アルザスがハッと思い出したように目を見開いた。

 

「そうだ、エノ! 何も言わずに出て行っただろ! 探したじゃねーか!」

 アッとエノも気づいた。

 彼には迷惑をかけたくなくて、家を抜け出してきたのを忘れていた。

 

「もう、逃げなくていいだろ」

 アルザスが微笑んでいた。

 全て理解して、受け入れた顔だった。

 有難かったが、エノは甘えるわけにはいかなかった。

 今まで散々甘えていたのだから……

 

 

「でも……」

 と言いかけたエノの肩を、アルザスが優しく叩いた。

 

「まだ、治療代、貰ってないから」

 

「え……」

 絶句するエノを、いたずらっ子のように見下ろして笑っていた。

 そして、肩に置いていた手をエノの頭に乗せた。

 グイグイッと押さえるように撫でると、笑っていった。

「冗談だよ」

 

 アルザスは、エノを優しく見下ろしている。

 何も答えることができず、エノは黙ってしまった。

「エノ。 君が強いことはよぉく分かった。 どうだ、これから違う人生を送るってのは?」

「違う人生?」

 アルザスは夜空を見上げた。

「今までと同じ生活はもう出来ないんだろ? ここを離れて暮らすにしても、多分君は……1人で生きていく術を持っていない」

 エノは口をつぐんだ。

 

 全くその通りだ。

 

 

 人との付き合いは何とかなるかもしれないが、幼い時から『傭兵村』で過ごしていたエノは、庶民として町で生活するには無知過ぎた。

 反論出来ないでいると、アルザスは話を続けた。

「オレも偉そうなことを言えるような生き方をしてきたわけじゃないけど、最低限の事は、教えてやれる。 それからでも、遅くはないと思うよ」

 

 

 エノは考えた。

 アルザスは確かにいい人だ。

 思えば、見ず知らずの、瀕死だった自分を助けてくれた。

 そして報酬を望む事無く部屋を貸し、食事も与えてくれた。

 そのおかげで、エノは怪我の回復どころか、病気になりにくい丈夫な体になった気もする。

 それに、しばらくは自分の噂も流れる可能性もあるが、彼なら他言しない人だと信じてもいいと思い始めてもいた。

 

 エノは夜空を見上げた。

 遠くの方が白んできていた。

 夜明けが近かった。

 シンは無事に屋敷に着いただろうか……

 彼もまた、新しい人生を進んでいくだろう。

 今日を境に、何かが終わり、始まる。

 

 

「そうね……」

 エノは静かに口を開いた。

「あの朝陽が昇ったら、新しい自分に挑戦してみようかな……」

 アルザスもまた、白んだ空を見つめながらつぶやいた。

 

「まずは料理からだな」

 

「え゛……」

 バレてる……何故?

 焦るエノの顔を見て、アルザスも確信したように言った。

「そりゃ、分かるよ。 味音痴が料理できるわけないしな。」

 と、笑いながら歩き出した。

「ち、違うよ。 アルザスの料理はどれも美味しいよ! ただ、あまり感情出したくなくて……」

 慌ててエノが追いかけながら言ったが、

「そうかそうか」

 笑うアルザス。 懸命に弁明するエノ。

「本当だよ、信じてないでしょ?」

「はいはい」

 分かっているのか、からかうように笑い続けるアルザス。

 エノが昔のように元気を取り戻すには、そう時間は掛からないかもしれない。

 

 

 アルザスの診療所に向かう2人の影は、やがて朝陽の光に飲み込まれた。

 広場の木々も光に包まれ、夜露がキラキラと輝き始めた。

 散歩に来た早起きの老人がゆっくりと広場を横切っていく。

 何事も無かったかのように、また今日も、いつもと同じ時間が流れ、過ぎていく。

 

 そんな町の中に、エノが新しく加わった朝だった。

 

 

 ー 完 ー


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ