驚きの真実とエノの決意
『ここは、ドラン家の領地だったんだ……』
ディアは、飾られた鞍から兵士に支えられながら降りると台座の中央に立った。
その姿は気品に溢れ、輝くような雰囲気を醸し出している。
周囲から
「綺麗……」
などという密やかな声が漏れ始めた。
彼女は少しうつむき加減だったが、幸せそうに微笑みを浮かべていた。
エノにその理由は、すぐに分かった。
オレンは集まった民衆に対して、言葉を発した。
「諸君! このドランの地が、益々潤う知らせを持ってきた!」
皆、息を飲んで次の言葉を待っていた。
エノを除いて……
「我が娘 ディアが、隣国ファンデへと嫁ぐ事となった!」
その途端、広場が爆発したように歓声に包まれた。
その気迫に、エノはフラフラと体を揺らした。
『この時が……』
少しホッとしたのを感じた。
何故、こんな気持ちになるのか……
エノも不思議だった。
そして次に、『孤独』を感じた。
四方を人に囲まれ、肩が触れ合うほど混みあっているこの状況の中で、エノは自分の周りが真っ暗になる感触に包まれた。
足が地面を感じない……
心が急速に縮んでいくのを感じた。
『消える……!』
エノが恐怖を覚えた途端、その腕がグイッと掴まれた。
「!!」
我に返って横を見ると、エノの腕をつかんで心配そうに覗き込むアルザスが居た。
「どうした? 気分悪いのか?」
彼はまだエノの『本当の事』を知らない。
「……人込みに慣れてなくて……」
そう言うのが精一杯だった。
アルザスの家に戻ってからも、彼は終始機嫌が良かった。
鼻歌交じりにキッチンに立っている。
野菜が煮込まれている美味しそうな匂いが部屋に立ち込めている。
エノはそれに興味が出るはずもなく、ずっと外を見ていた。
さっきの興奮が冷めやまぬ風の人たちが、家の外を早足で歩いていく。
ここはドラン家の領地だったのか……
ドラン家が潤えば、この町も潤う。
豊かさを悲しむ者など居ない。
皆……少なくともエノが見た人々は、アルザスも含めてディア様の婚姻を心から祝福していた。
エノはご機嫌なアルザスの背中を見た。
アルザスは……自分の過去を知ったら、どう思うのだろう?
ディアが嫁ぐ先であるファンデ家の息子シンを誘惑した犯罪者……
表向きは、きっとそんな風に広まっているのだろう。
エノがここに居ると知られたら、犯罪者をかくまったとしてアルザスもただではすまされないだろう。
遠まわしに言えば、ドラン家の仇でもあるのだから。
エノは思わずうつむいた。
体もだいぶ回復した。
自分の事がバレる前に、ここを出よう。
決意するように、ギュッと目を閉じた。
「エノ、どうだ、体調は?」
アルザスの声に、目を開いた。
テーブルに食器を並べている。
「やっぱり、強引に連れ出したのがいけなかったな……ごめんな、エノ」
苦笑いをするアルザス。
『違う……』
何も言えないでいるエノに、
「さ、栄養たくさん取って元気になってくれよな。 こんなお詫びしかオレには出来ないから……」
と誘った。
エノは黙ってテーブルに着くと、目の前の料理に目をおとした。
出来立てのスープから、優しい湯気が立っている。
アルザスはいつも、エノの為に体に優しく元気の出るようにと気遣ってくれている。
何も聞かずに、怪我を治してくれた。
エノは湯気に包まれながら、これで最後にしようと思った。