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医者:アルザス

 次に目を覚ました時、エノは建物の中に居た。

 起き上がろうとした途端、全身を刺されたような痛みが襲った。

「くっ! ……」

 仕方が無いので、なんとか首だけを動かして周りを見回すと、木で組まれた壁に囲まれた、シンプルな部屋にベッド。 窓の外は薄暗く、夜中なのか早朝なのかも分からなかった。

 周りには誰も居ないようで、静かな空気が流れていた。

 

 

 痛みに耐えながら腕を上げると、丁寧に包帯が巻いてある。

『一体誰が……?』

 体を動かすことが出来ないまま、寝かされたベッドの上で天井を見つめた。

 木目を眺めているうちに心はだんだん落ち着いてきて、エノは自然と目を閉じていた。

 気を失ったときの状況を思い出すことにした。

 

 

 

 シンの屋敷を追い出されてから、エノはとにかく身を隠そうと森の中へと入った。

 時刻は真夜中。

 月の光もままならない中をほとんど手探りで、力の入らない足を引きずりながら、ひたすら前へと進んだ。

 あても無いままに彷徨い歩き、どれほどの時間が経ったのか……

 意識を失ったとき、そこがどこだったのかなど全く分からなかった。

 

 

『誰かが助けてくれた……』

 

 少しは安全な所だと感じたエノは、再び眠りについた。

 

 

 

 どれほど眠っていたのか……

 エノは、隣の部屋から聞こえてくる物音に気がついた。

『すりこぎ……?』

 

 

 幼い頃、ガラが料理を作っているのを眺めていたのを思い出した。

 

 楽しい話をしながら、美味しい料理を作ってくれるガラおばさんが大好きだっけ。

 大家族だから、大きなすりこぎを使って、芋をすりおろしたり材料を混ぜたりしていた。

 1人じゃ寂しいからと、度々一緒に食事をしようと誘ってくれた。

 大勢で囲むテーブルは、騒がしかったが楽しいものだった。

 幼い子供たちの行儀が悪いと、ガラおばさんは大きな声で怒っていた。

 それをソルドが半ば呆れ顔で見てた。

 そんな風景を見ながら、憧れていたっけ……

 

 

 そんな事を思い出しているうち、頬を涙が伝っていた。

 もう会えない悲しみからなのか……

 まだ生きているという嬉しさなのか……

 それとも

 まだ生きているという悔しさなのか……

 分からないまま、エノは涙も拭えずに静かに泣いた。

 

 

 

 しばらくして、扉が開いて男が入ってきた。

 黒髪の短髪に口ひげ。

 細身の体に、白い服をまとっている。

 歳は30歳後半くらいだろうか……

 少し眉をひそめたような顔は、人相の悪さを感じさせた。

 その男は目覚めているエノに気づくと、片方の唇を歪ませて微笑んだ。

「お、目が覚めたのか。 具合はどうだ?」

 エノは動けない体のまま、心は警戒していた。

「あなたが、助けてくれたの?」

 恐る恐る尋ねると、その男はにっこりと微笑んだ。

「そう。 オレはアルザスっていうんだ。 医者をしてる。 ここは、オレの診療所の中。 自宅兼だけどな。 驚いたよ。 森ん中で倒れてるんだから。 もう少しでオオカミに喰われるところだったんだぜ」

「あ……ありがとう」

『医者』という言葉に実際の人物との違和感を覚えながら、とりあえず礼を言った。

 アルザスは、手にしていたファイルに目を通すと、それを読み上げた。

「オオカミの噛み後と、木の枝や葉っぱで擦れた傷、それに……細い革で叩かれたような跡……」

 

「!」

 エノは思わず目を背けた。

 

 

 アルザスはフンッと息をつくと、ベッドの脇にある椅子に腰掛けた。

「ま、言いたくなきゃぁ、何も言わなくていいさ。 治療はしてやるから、安心して」

「何故?」

 エノはアルザスを見た。

 黒目がちな瞳から、優しい感じを受けた。

「医者だからだよ。 怪我人や病人を治すことが、オレの役目」

「……」

 黙って見ているエノの心の内を見透かしたように、アルザスが言った。

「わりぃな、見かけと全然違って!」

 言われなくても分かってる! といった顔で少しふくれてみせた。

『違う』

 と言うのも面倒だったので、とりあえず礼を言った。

「ありがとう……」

 アルザスは、ファイルをコンコンッと小突いた。

「せめて、名前、教えてくれない? 何て呼べばいい?」

 エノは、ニッと微笑むアルザスに少し心が和み、名前を告げた。

「よろしくな、エノ」

 そういうと、アルザスは治療を始めた。


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