地下牢
「父さん! なんて事をしたんだ! エノは関係ないだろう!!」
シンの声がリビングに響いた。
それを冷たい態度で聞き流すと、ジャックはソファから立ち上がった。
「お前は、まだ自分の立場が分かっていないようだ。 ディア様という婚約者も出来た。 これ以上遊んでいる場合ではないんだぞ」
「遊びなんかじゃない! 真剣なんだ!」
「お前はただ騙されていたんだぞ。 あの女も認めているだろう」
してやったりの顔で言うジャックに、シンは必死で訴えた。
「違う! 彼女は……エノは、そんな人じゃない!!」
シンがいくら叫んでも、ジャックは全て受け流した。
エノの居場所さえ、教えてはくれなかった。
「もう いい加減に目を覚ませ! お前ひとりの問題じゃないんだぞ!」
とうとう叫んでしまったジャック。
「もういい!!」
シンはバタンッ!と勢い良く扉を開け放ち、リビングを飛び出した。
「フゥー……」
ジャックは大きくため息をついた。
しかし、これで心配の種は消え去った。
シンも、目が覚めればすぐに真面目で誠実なファンデの跡取りとなるだろう。
「これで うまく行く……」
ジャックは、ゆったりとソファに沈んだ。
一方シンは、屋敷のあちこちをエノを求めて走り回った。
生まれてからずっとこの屋敷に住んでいるのだが、危ないからとの理由で、あまり屋敷の間取りは知らない。
誰に聞いても教えてくれるはずがなく、当てもなく2階建ての広い敷地内を、庭までも捜索した。
息も切れ切れに、1階の裏辺りを早歩きしていたシンは、ひとつの扉に気づいた。
ツタに覆われているうえ、裏庭など全く足を踏み入れない所に、鉄の扉が重々しく設置してある。
全ての扉を開けてきたシンは、そこも躊躇なく開けることにした。
カギも付いていなく、容易に開けられた重い扉の向こうは薄暗く、下へ続く階段があった。
「下へ…… 地下があったのか……!」
シンは戸惑う事無く階段を駆け下りた。
エノは、地下牢のロープに吊るされ、背中を鞭で叩かれていた。
何度も罪名を読み上げられ、
「認めるか!」
という兵士の声に
「認めます」
と答え、そのたびに背中の傷が増えた。
薄れていく意識のなか、エノの心の中には、残してきた『傭兵村』の人たちとシンの事が渦巻いていた。
『どうか、無事で……』
カラダの痛みも、自分の血液の匂いさえ感じられなくなるころ、ロープが切られ、エノの体は赤い液体のなかに倒れた。
このまま眠りに付けば……
頭の中が真っ白になるのを、ただ流れに任せて感じていた。
不意に、ソルドの瞳が脳裏に浮かんだ。
最後のあの時、言葉尻は冷たかったが、エノには確かに『優しさ』が伝わっていた。
自分の想いが通じたことが嬉しくて仕方なかった。
そして、
あれが、『さようなら』の代わり。
ただ伝えられなかった『ありがとう』が、心残りだった。
『あぁ、それから……』
村に残してきた愛馬シファー。
サヨナラも言えなかった。
世話はきっと皆がしてくれると思う。
どうか、新しい主人と巡り合って、幸せになって欲しい……
エノはシファーの可愛らしい瞳を思い浮かべながら、だんだんと意識が薄れていくのを感じていた。