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初めて涙を見せた日

 由緒あるファンデ家。

 両親に囲まれるシンは、いつ見ても誇り高く思えるものだった。

 ジャックはシンを隣に立たせ、おもむろに口を開いた。

「皆さん! 今日はすばらしい報告があります!」

 広間がざわついた。

 シンは不思議そうに父を見た。 隣のユキナも嬉しそうに微笑んでいる。

 ジャックは胸をグンと張って言った。

 

「ディア・ラ・ドラン様」

 人だかりに静かな道が開き、ディアが静々と上座へ近づいた。

 そしてシンの横に立つと、顔を赤らめうつむいた。

 ジャックの声が響いた。

 

「皆さん! このたび、私の息子シンが、ドレン家のディア様と婚約をすることになりました!」

 

 広間が驚きと歓喜で揺れた。 その様子は、外で警護するソルドたちにも伝わった。

 

「!」

 エノもまた、胸が何かで刺されたように激しく脈打った。

「シン様……」

 立っているのがやっとだった。

 

 

「父さん!?」

 シン自身もひどく驚いていた。

 確かにハッキリと断ったわけではなかった。

 ドレン家との交流もある手前、無下にはできない。

 そんな葛藤のなか、ズルズルと今日まで来てしまっていたのだった。

 

 

「シン。 今は取り乱す時ではない」

 ジャックは、小声でシンを諭した。

 さすがのシンもわきまえ、唇を噛んだ。

 だが、心の中では叫びわめいていた。

『何故勝手に進めるんだ!』

 父の意図には全く納得できなかった。

 

 

「皆さん! 今日は祝ってやってください! シンの晴れの舞台です!」

 

 

「「ファンデ卿! おめでとう!」」

「悔しいけど、ディア様には適いませんわ……」

 次々と喝采が上がった。

 シンは困ったように周りを見回し、立ちすくむだけだった。

 

 

 一方、部屋の片隅のエノは、居た堪れなくなって広間を飛び出した。

 その後ろ姿に気づいたシンは思わず追いかけようとしたが、人だかりに遮られ、動くことが出来なかった。

 

 

『まさか……』

 シンはその事を確かめなくてはと強く思った。

 その様子を、シンの両親も見ていた。

 その胸の内がホッとしていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 エノは広間を飛び出すと、驚くメイドを無視して、先ほど通された部屋に飛び込むと服を着替えた。

 煌びやかなドレスや装飾品は、無造作に床に転がった。

 そして、フッと見た鏡の中には、まだ化粧の残る自分の顔があった。

「!!」

 グイグイッと口紅を腕で拭い、アイメイクもごしごしと拭い去った。

 そして振り切るように踵を返すと、屋敷を飛び出した。

 

 

「エノ!」

 勢い良く飛び出してきた彼女を呼び止めたのはソルドだった。

 エノは彼に気づくと立ち止まり、フラフラとソルドへ近づいた。

 そして、見る間にその瞳から涙が溢れた。

「!? どうした?」

 驚くソルドの胸に飛び込むと、堰を切ったように泣き始めた。

 

「分かってた……分かっていたのに……」

 

 

 

 ソルドの前で、エノは初めて涙を見せた。

『傭兵村』にひとりで来たときから、1度も涙を見せたことはなかった。

 大人に混ざる訓練の厳しさにも、人前で泣くことはなかった。

 

 そんな彼女が、子供のように涙を流していた。

「分かってたのに……」

 しゃくり上げるように繰り返す言葉が、ソルドの心に刺さった。

 

『1人で悩んでいたんだな……』

 ソルドはつらい表情で彼女を抱きしめていた。

 

 

 

 傷心のエノを、ソルドは先に帰すことにした。

 これ以上仕事は務まらないと判断したからだった。

 訳を聞かない約束で、ラゴーに送らせた。

 彼も大将の命令は絶対である。

 真っ赤な目をしたエノを馬に乗せた。

「エノ、帰ってゆっくり休め」

 帰っていく後ろ姿を見ながら、ソルドは切なく思った。

『これも運命……か』

 

 

 

 

 

 日付が変わり、舞踏会も終わりを迎え、客人たちは帰路についた。

 広間は片付けに追われた。

 護衛についていたソルドたちが開放されたのは、昼過ぎのことだった。

『傭兵村』に戻ると、ソルドはエノの家を訪ねようと思った。

 扉の前まで行ったが、ノブに手が伸ばせずに 自分の家へと向かった。

 自宅に戻ってすぐ、妻ガラの質問攻めにあった。

 

「あなた!? エノちゃん、どうしたの? 仕事を途中で放って帰ってくるような子じゃないでしょう? 何かあったの? 理由も話してくれないし、しばらく放っておいてくれって言うし!」

 その剣幕に押されながらも、ソルドは必死で答えた。

「待て待て……落ち着けよ、ガラ……」

「これが落ち着いていられるわけないでしょ? 私達が自分の子の様に育ててきたあの子を心配して何が悪いのよ?」

「あまり騒ぐなよ。逆にエノが気を使うぞ」

 ハッとして口をつぐみかけたガラだったが、すぐに気を取り直した。

「でもねぇ……」

 小声にしてなお詰め寄るガラに、ソルドは観念した。

「分かった。 話すよ……」

 

 

 

 ガラに全てを伝えるのに、そう長い時間は必要なかった。

 理由を知ると、ガラは大粒の涙を流した。

「不憫で仕方ないよ…… なぁんにも悪いことなんてしていないじゃないか! 身分の違いだけでそんな仕打ちをされるなんてさ…… ひどいよ……」

 ソルドは優しく諭した。

「ガラ……ファンデ家だって、国のためにも、自分達の地位を落とすわけにはいかんのだよ」

 それを聞いて、ガラはバンッとテーブルを叩いた。

 遊んでいた幼い子供たちもビクッと見上げた。

「それじゃ、あんたはエノちゃんの事なんて何とも思ってないのかい!?」

「そうじゃないよ! そうじゃない。 エノは大事な存在だ。 俺達にとっても、この村にとっても……」

 ソルドは辛そうに唇を噛んだ。

 外は、静かに夜を迎えようとしていた。

 

 


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