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花の羅刹✿ 【第三部準備中】  作者: 再図参夏
第弍部 千歳町編
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第三五話 金色冷笑

 カリンは侮蔑を口にして、怯むネズミに冷笑を送る。


「貴様らの浅はかな頭で、この僕を出し抜けると思ったか? 無知蒙昧な痴れ者が。いっそ腹が立ってくる」


 その毒舌が一滴、氷柱のように冷たく鋭く、ネズミの心に垂らされた。

 カリンの金色の髪が薄闇に揺れ、紅雀を握る白い手がこちらを舐るようにゆらりと掲げられる。


「ッ──!」


 得物を奪われたネズミは、怒りと焦燥に駆られ、カリンに拳を振り上げる。

 だが、その一撃が届く寸前、百足人形の無慈悲な刃が唸りを上げた。

 振り下ろされた数多の打刀が、雷鳴のように空気を裂き、ネズミとカリンの間合いを鉄の壁となって分断する。


「くっそッ」


 ネズミは咄嗟に後ろへ跳び、刃の雪崩から逃れる。

 畳が無惨に切り刻まれ、木の破片が宙に舞う。

 互いに十歩の距離を隔て、カリンと対峙する形となった。

 ネズミは呼吸を乱し、右腕の裂傷から流れる血糊で、畳に花を咲かせてゆく。


「……てっきり、モモさんの方で、高見の見物してるのかと」


 回復の火花を散らしながら、焦燥を誤魔化すように声を絞り出した。


「そのつもりだったさ」


 薄ら笑いを浮かべて、カリンは紅雀の刀身を指でなぞる。

 その手つきは、まるで愛し子を撫でるようであり、どこか儀式めいて、ぞっとするほど優雅だった。


「モモに奪われたこの紅雀と、君の姿が見当たらなかった。さては、とね」


 カリンの青い瞳が、薄闇の中で妖しく光る。

 その嘲りと確信に満ちた視線が、ネズミの心を容赦なく抉る。


 傍らで、百足人形が無数の腕を蠢かせ、カタカタと木の擦れる不気味な音を室内に反響させた。

 そして、庇うようにカリンの前へ身を滑らせ、ネズミと対峙するのだ。

 先ほどから、カリンと百足人形は、まるで心が通じ合っているような一体感を見せている。


 ──不味すぎる。


 ネズミの心は折れかけ、胸中を混乱に浸す。耳打つ心臓の鼓動がひどく煩わしい。

 紅雀を奪われた上に、一対二の絶望的状況。どう乗り切ればいいか。

 

 タカオに頼んで、カリンを眠りに落とすか? 

 今、この状況で意味があるのか? 百足人形に叩き起こされてお終いじゃないか?


「その人形は……何かしらの絡舞紀伊の力を借りて、カリンさんが操っていたんですか?」 


「まさか。僕がこんな醜い物を使役できるわけがない」


 一蹴するようなその声音は、どこか楽しげで、こちらの思索を嘲るように歪んでいた。

 なんとか情報を集めるために聞いてはみたが、やはりそうか。今、カリンを寝かしつけても意味はない。


 どう立ち回ったものか、どうすればカリンを上回れるか。

 ネズミが必死に考えを巡らしている、そのとき──


「ヒドイコト ヲ イウ」


 辿々しく、壁一枚挟むような奇妙な女の声が響いた。

 何処からか──百足人形の口から発せられている。


「ミニクイ ハ イイスギダ」


 まるで咎めるように、百足人形がカリンに言葉を投げかけた。

 その異様な光景に、ネズミは瞠目し、口を半開きにする。

 今の今まで奇声しか発していなかった人形が、はっきり人語を話している。


 しかし、それだけではない。

 声の響きが──タカオにひどく似ているのだ。


「トオル……? トオルなの?」


 人形の腕に抱えられたタカオが、驚愕に震え、人形の巨顔に話しかける。

 双子の妹が近くにいるのか。その藁にも縋るような声音が落ちると、人形の大きな目玉がギョロリとタカオを見据えるのだ。

 そして、何かを調整しているのか、人形が首を傾けて顎をカクカクと鳴らした。


「違う」


 次の瞬間、はっきりと、声の輪郭が帯びる。

 無機質な声音から一変、まるで生きているかのような妹の声が、タカオに注がれる。


「俺が、トオルの喉を借りて喋っている」

 

 声色はタカオのように儚げで可愛らしいのに、響きは傲慢にして狂気を帯びる男のもの。

 その調律の取れていない様が、総毛立つほどに気味が悪い。


「父上……ですか……」


 タカオは絶望するように相貌を歪める。ネズミも即座に察っして息を呑んだ。

 トオルを何処に隠しているのかと思えば、今まで戦っていた人形の中に収納されていた。

 加えて、肉体を乗っ取って巧みに喋らせる、その所業は──。


「灰神を傀儡に……紅子様と同じ……」


 かつて、ネズミも痛烈に体験している。

 香梨紅子が灰神となった伊紙彩李の肉体を自在に操れる傀儡としていた。

 脳裏に、先刻読んだ文の内容が過ぎる。絡舞紀伊からぶきいは香梨紅子から羅刹の手解きを受けていた。

 灰神を傀儡とする秘術さえも学んでいるとは。


「タカオ、諦めろ」


 人形の口が、トオルの声で、タカオに冷たく命じる。


「お前の花で、そこの獣を眠らせろ」


「──ッ!?」


 その傲慢な指図に、タカオの瞳が憤怒と拒絶に揺れる。


「何を……おっしゃるんです? そんなことをするわけ」


「悪いようにはならない。言う通りにするならば俺が紅子様に頼み、千歳町のすべての民を暮梨村に導く」


 告げられた内容に、理解が追いつかないのか、タカオは唖然と目を剥いた。


「暮梨村に……導く? 一体どうなるというんですか……?」


「暮梨村は、幸福に満たされた最高峰の人里だ。誰もが与え合って生きている。千歳町にいるすべての民が、その幸福を甘受することになるだろう──」


 絶対なる神、香梨紅子様の元で。

 そう、絡舞紀伊は、まるで悦に浸すように甘く囁くのだ。


「病にもならぬ、金銭に惑わされることもない。そんな環境で、皆が平穏に生涯を過ごせるのだ。お前さえ私に下れば、すべての民を幸福へ浸せるというのに、何を迷う? もうトオルも死んでいる。今更、首を刎ねることに何の意味がある?」


 その言いように、弾かれるように沸騰したのはネズミだった。


「ふざけるなァ!」


 苛立ちのあまり、ネズミは力一杯に足を床に叩きつけ、畳を爆ぜさせる。


「自分の曲がった欲望を満たすだけの変態がッ、他者の幸福を語るな!」


 ネズミの大きな口から発した咆哮は、空気を裂き、室内をミシリと振動させた。


「さっきからアンタが喋ってんのは言葉じゃないっ、猛毒だ! タカオさんに毒を流し込むなバカ野郎!」


「ああ、やかましいやかましい。紅子様はこんなやかましい獣を、なぜ愛でられるのか? 視界に入れるだけで不快だ。鼠なんて汚らしい生き物が、我が社の中を駆け回っているだけで反吐が出る」


 うんざりと、百足人形が辟易するように首を振る。

 その所作に、言動に、神経を逆撫でされ、更にネズミは噴火した。


「なんだぁこの野郎ッ、話逸らしてんじゃねえ! 全部他人に丸投げしてるだけのクソ野郎が! そんなに人形が好きならぁッ、自分で作った人形を目ん玉にねじ込んで死ね!」 


 勢いに任せて怒声を放ち、ザクロに影響されるように渾身の罵倒を発する。

 されど、ネズミの心の奥底では違和感が踊っていた。

 絡舞紀伊の言動に憎悪を向けながらも、それだけではない何かが腹で踊っているのだ。

 自分自身も、踏みにじられ、奪われたことがあるのか。

 取り落とした記憶の残滓が、許してなるものかと煮えたぎるのだ。


「ふっ、もう良いだろう」


 怒れるネズミを鼻で一笑し、絡舞はタカオに諭すような声を向ける。


「タカオ、こんな程度の悪い者に託すのか? 俺の言うとおりにすれば、お前が憂いていた問題もすべて解決するんだぞ?」


「──ッ」


 タカオが唇を噛んで沈黙する。注がれた言葉に、惹かれるものがあるのか。

 確かに、タカオは自分を犠牲にして遊女達への待遇改善を求めようとしていた。

 それを今になって眼前に掲げられ、心を彷徨わせている。

 だがしかし、呼吸一つ分の逡巡の後、タカオは力強く首を振るのだ。


「父上、あなたがやるべきでした。神であるあなたが、少しでも人形から目を剥がし、弱っている者の声に耳を傾けていれば、遊郭に蔓延する病と死の螺旋を、断ち切れたかもしれないのに」


 タカオは惜しむように瞑目し、次にはネズミに温かい眼差しを送る。


「どちらを信じるか一目瞭然。他者の痛みに共感し、手を尽くそうとする崇高なる方に、私はこの命を託します」


 その芯ある言葉に、ネズミは息を呑み心打たれる。

 やはり強い。今も絡舞紀伊の支配の糸が絡んでいると言うのに。

 甘い囁きに抗い、圧倒的に不利な状況に立たされているネズミに賭けたのだ。

 

「タカオさん、俺は諦めないよ」


 タカオの覚悟に応えるように、ネズミは胸を張る。


「死体を愛でる変態をッ、許してたまるかよ! そうでしょう!?」


「私も許しません!! この腐れ外道が!!」


 共に腕を掲げて、ネズミとタカオは果し状を叩きつける。

 狂った傲慢なる変態に、羅刹らしく、罵倒をもって。


「もう良いだろ、絡舞。さっさと終わらせておけ」


 一連のやり取りを静観していたカリンが、紅雀を鞘に収め、社の階段まで歩み出した。

 その意外な動きに、ネズミは唖然とする。てっきり百足人形と共に立ち回ってくるのものかと思っていた。


「何処へ、行くんですか……?」

 

 ネズミが問うと、カリンは窓の外へ妖しく流し目を送る。


「鮮花を使いこなせない君が、この気色悪い人形に敵うわけがないからな。僕はあっちでカス女の首を狙う」


 モモに斬り伏せられたことに、相当の憎悪を抱いているのだろう。

 青い瞳に炎を滾らせて、カリンは静かに階段に足をつける。


「せいぜい、化物バケモノ獣物ケダモノで醜く戯れておけ」


 嘲笑を落とし、するすると階段を下って、カリンは姿を消して行った。 


「やるか、獣」


 その背中を見送ると、百足人形の巨大な顔がネズミにぬらりと向けられる。

 ネズミは顔を拭って髭を整え、腰をわずかに落として構えを取った。

 散々と息巻いたのだ。素手であれ、逃げることは頭の片隅にもない。

 今、この場で、百足を破壊する。


       ✿

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