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花の羅刹✿ 【第三部準備中】  作者: 再図参夏
第弍部 千歳町編
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第三一話 羅刹口上

 神の来訪を報せるように、名もしれぬ赤い花弁が散っている。

 その生命の欠片が一枚、ザクロの鼻の上にひらりと着地すると。

 

「ふうッ」


 花弁ごと顔を拭って、ザクロは眼前に迫る神に睨みを効かせる。

 もう間もなく、命を賭した闘争──花比べが始まるのだ。


 今か今かと神輿の到着を待ち構えていると。

 べべん、と一体の人形が三味線を打ち鳴らした。

 曲の終わりを告げるその旋律に、神輿を囲む人形たちが一斉に歩みを止める。

  

「………」


 神輿の上で胡座をかく絡舞紀伊が、死んだ魚のようなまなこでこちらを見下ろしている。

 ひと言も発することなく、神の通り道を阻む二人の女子を、ただ見つめている。


「おい……」


 気まずくなり、ザクロは隣のモモを肘で小突く。確かこういう時の礼法があったはずだ。


「なんか言えよ。羅刹口上らせつこうじょうってのがあんだろうが」


「あっ? 先にザクロ姉からや。三女やろ? 私は四女。一応キサンの身分が上ちゃ」


「テメエがやりたくてやってんだろ。テメエが先にやれ。私はあくまで助っ人だろうが」


 ザクロが急かすように顎をしゃくると、モモが煩わしそうに首を掻く。

 そして身体に巻き付けた黒き大蛇の頭を一つ撫でると、


「ケっ、仕方ねえっちゃ。合わせぇよ」


「あいよ」


 打ち合わせを済ませ、モモが腹を締めるように一息に吐く。

 

「やあやあッ、遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ!」 


 その前口上に一気に空気が引き締まり、周囲で見物する人間達も圧倒され息を呑んだ。


「我が名はおんなッ、香梨こうなし 蛇助じゃすけ 桃華ももか なり!」


 羅刹同士の正式な闘争を行う場合、羅刹口上と呼ばれる礼法を行うことになっている。


 まずは器名きめい(命の器たる肉体の性別)を明らかにし。

 自分の神名しんみょう(または育ての親の神名)を告げる。

 そして、花名かめい(自分の鮮花の名前)を打ち明け。

 親に貰った本名ほんみょうを名乗る。


「我が名はおんなッ 香梨こうなし 羽定はねさだ 座黒ざくろ なり!」


 ザクロもまた声を張って名乗り上げると、それを合図に、モモが平手を打ち鳴らして威勢よく片足を前へ。絡舞紀伊に向かって誘うように片手を掲げるのだ。


「さあさあさあッ、人形ヒトガタ操る千歳ちとせの神よ! 羅生界のえにしの糸と糸、その結び目たる花比べ! 共に咲き誇らせて見せようぞ!」


 モモは鋭く打刀を抜き放ち、舞うような剣線を描くと、その切先を絡舞に向ける。


「いざ尋常にッ、勝負しろ!」


 突きつけられた刀身を瞳に写し、絡舞紀伊は何を思うのか。色のない顔を引っ提げ、覇気のない声音でゆっくりと応えた。


「我が名は男、絡舞からぶ 操乃そうの 紀伊きいなり」


 言いながら、腰に挟んでいた扇子を片手に取る。


「花比べ、受けてやろう。練り上げた開花の音、聞かせてみせろ」


 気怠げな相貌から一変。値踏みするように眼光を瞬かせ、絡舞紀伊は手の平に扇子を打ち鳴らす。すると、耳に纏わりつく異音が鳴り響いた。


 キロキロキロ


 木製の回し車が回転するような音が立ち、絡舞紀伊の喉が脈動する。

 それを契機に、周囲に静かに佇む無数の人形たちが、突如として口を開いた。得物を丸呑みにする蛇さながらに、常軌を逸したその開き方は、まるで喉の奥の闇を見せつけるかのようだった。

 そして次の瞬間、人形の口々からところてんのように打刀の柄が飛び出し、鋭利な白刃が抜き放たれた。


「まあ、そうだよな」


 うんざり溢して、ザクロは自身の腰の太刀と手斧を抜き放つ。

 覚悟はしていたが骨が折れる作業だ。これから帯刀している人形達を相手取りながら、絡舞の首を狙わなければならないとくる。

 いよいよ開戦かというところで、ザクロは周囲でたむろする人垣に目を配った。これからとてつもない大乱戦が始まるのだ。このままでは町民に危険が及ぶ。


「ボーッとすんじゃねえ! そんなとこ突っ立ってたらッ、殺されちまうぞ! 走れ走れぇ!」


 ザクロが怒声を放つと、一拍おいて、皆が大慌てで移動し始める。

 遊郭の外へ逃げる者、手近な建物の中に避難する者、悲鳴と怒号を散らしながら、一斉に駆け出し、足音で地を揺らす。

 妓楼の二階部分で見物し続ける者もいるが、今はこれで良い。本当はこの場に残っていて欲しくはなかったが致し方ない。


「はじめようか」


 そう、絡舞が神輿の上から一声発する。

 民衆の安否に興味がないのか、退避する人間の背に一瞥もくれず、肩肘をついて高みの見物を決め込んでいる。

 

「やろうや、カス野郎!」


 挑発的な低声を落とし、モモの足が前へと弾けた。

 それを狼煙に、ザクロも居並ぶ人形の大群に突貫する。


「「ヒョォォォォッ」」


 どういう仕組みか、人形達が一斉に口々に奇声を発っし、大上段に白刃を振りかぶる。

 放たれた剣線の津波を、モモとザクロは低く低く身を屈め、地面を滑るように躱して、


「っしゃぁ!」


 足元に刀で一撃、続けて手斧で胴体に一撃──木屑が舞い飛び、二体の人形が転倒。

 意外と脆い。ザクロは一瞬、弛緩するように思ったが、崩れた人形が刀を杖にして立ち上がるのだ。


 ──両断しないと無限に立ち上がってくるか? 念の為、頭を。


 試そう。間髪入れず、ザクロは地面を穿ち、周囲を取り囲む人形に接敵する。

 眼前のザクロを薙ぎ払うように、人形達は鋭く剣線を描くも、


「のろい!」


 それらを巧みに打ち流し、ザクロは手近な三体の人形の頭部に手斧を見舞う。

 されど、人形達は倒れもしない。乱れた頭髪と、抉れた頭部に構わず、ザクロに向かって白刃を振り続けるのだ。


「じゃあ次は」


 ザクロはひらりひらりと猫のように躱しながら、太刀を水平に寝かせ、一体の人形の首を一気に刈り取った。

 分たれた傀儡の頭と胴。だが、関係がない。首なし人形は構わず動き続けている。

 しかも──。


「きっしょ!」

 

 ザクロは盛大に顔を顰めて後退り、人形達から一〇歩の距離を取る。

 人形の首の断面、外界に晒されたその切り口から、ぴゅるぴゅると紫色の液体を噴射しているのだ。その人間の血管を真似た仕上がりがひどく気色悪く、同時に、酸味のある独特な香りが不快感を増してくる。余計に近づきたくない。


「ヒョォンッ、ヒョォオン」


 なおも刀を振い続ける人形を掻い潜りながら、ザクロは背後で立ち回るモモの様子を横目で伺う。

 同じ内容を試したようで、モモと対峙する人形の何体か、首や肘、膝などの関節部分を切り落とされ、患部から紫の血潮を吹き散らしている。


「これは……人形を直接操ってるわけじゃないちゃ」

「ああ。あの紫の液体が能力の本体……」


 ザクロとモモ、共に同じ考察に辿り着く。

タカオから『人形を操る羅神』としか仔細を引き出せなかったが、壊してみれば一目瞭然。

 関節部に張り巡らされている紫の血管、そこに何らかの特殊な液体を循環させて、ようやく人形を動かしている。念動力に類するものではなさそうだ。


「あの気色悪い液体は、微生物かなんかか? 電流を流し込むためのものか?」


「どっちにしろ、吐き気がするほど面倒ちゃ」


 迫り来る人形を切り刻みながら、二人は互いに思考を回す。

 微生物か、生体電流か、その両方か。いずれにせよ厄介な能力はなだ。紫の血管を無力化させなければ──。


「キリがないっちゃ。全部の関節を斬っていかなならんなんて」


 苛立ちを吐き出しながら、モモは蝿を払うように刃を振るい、人形の両足を一閃で切り飛ばす。

 しかし、人形は足を失ったにも関わらず、無機質な執念を見せるのだ。

 刀の柄を口に咥え、両手で地面を駆け、異常な速さで迫ってくる。

 その姿は、まるで古の絵巻に描かれた妖怪の如く。


「ラチがあかない!」


 両手で這う傀儡は対象を変え、ザクロの背に向かって下から突き出すような刺突を放る。

 背後から迫るその凶刃、寸手のとこで首を曲げて躱すザクロ。太刀を翻し、人形の首と腕を手早く両断する。

 続けざま、意識の間隙を咎めるように、四方から人形達の剣線が振り下ろされる。

 たまらず、ザクロは飛ぶように後ろに下がり、素早く鮮花を開花させた。

 カチカチと鳴る音を小さく潜ませ、人形達と大立ち回りをしながら、一匹の羽虫を義手からこっそり産み出した。


 ──絡舞を直接狙う。


 狙うは絡舞の視界の外、死角からの毒の一刺し。

 人間を模倣した精密な動きを再現するには、繊細な能力の操作が要求されるはずだ。

 その証拠に、刀を振り回している人形は、絡舞紀伊の視界に収まっている物だけ。


 ──死角から神輿に乗った男を刺してこい。


 心で呟くと、意図を汲んだ羽虫が、主人の着物の袖の中でこっくりと頷いた。

 そして、羽音をできるだけ抑え、白いスズメバチが地面スレスレに低く飛翔する。

 人形の足元を縫うように渡りに渡り、気取られぬよう、絡舞紀伊の死角を巧みに選び取る。

 あくせくと飛んだ先、ザクロの羽虫はいよいよ神輿の背後に足をつけた。

 その寸前──。


「そううまくいかねえか……」


 羽虫が殺された。あっけなく、人形に握りつぶされたようだ。

 鮮花の特性上、産み出した羽虫の位置や安否を、ザクロは常に把握することができる。

 羽虫に何かあれば、喉の鮮花が痛みを走らせて主人に知らせるのだ。 

 

 間違いなく、羽虫は絡舞紀伊の死角を飛んでいた。にも関わらず、絡舞を囲う人形に気取られ、殺されてしまった。

 ということは、絡舞の意識の外にある人形まで能力の対象であるということ。

 腐っても歴戦の羅神だ。一筋縄ではいかないようだ。


「どれほど楽しませてくれるかと思っていたが…… 大したことがない」


 神輿の上で、絡舞がそんなことを言う。

 人形と死闘を繰り広げるザクロとモモを見下し、心底と退屈そうに扇子を片手で弄んで。


「紅子様の娘と言うから、それなりの覚悟はしたんだがな」


「…………は?」

「紅子、様……やと?」


 ザクロとモモの時が止まる。千歳町の羅神が、自分達の母の名を口にした。

 しかも、紅子様だ。人里を治める神の座にいながら、自分より上の存在を認める響き。


「果実の名を与えられているということは、食用だったか? 刀を振るう所作も美しくない。ならば喉元に迫るものではないか」


 侮辱、軽蔑、挑発。三つの蔑みをもって、絡舞紀伊はクツクツと肩を揺らす。


「知っていたぞ。貴様達の能力も、今夜、花比べを挑まれることもな」


 受け入れ難い。あまりにも。ザクロは唖然と口を半開く。

 急に饒舌に喋り出したかと思えば、何を言っている? 

 香梨紅子と通じていた? ということは、絡舞はカリンとも何かしらの取引を?


「そして、我が社の中を、獣が這い回っていることも──」


 知っている。絡舞の視線が南西の方角に運ばれ、夜空に聳え立つ五重塔を捉える。

 その言葉に、所作に、薄ら笑いに、じとりとした焦燥がザクロの背中を撫で付け、心拍が早鐘のように打ち鳴った。 


「ネズミとタカオが危ない」


 





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