第二三話 土蔵会議①
時刻は暮れ六つ(一八時)となった頃合い。
タカオが敷いた座布団に腰を下ろし、厳かに四人で膝を付き合わせる。
されど、一人だけ、どうにでもなれと言うように天井を仰ぎ見ていた。
「ネズミ、どうしよう。面倒になってきた」
ザクロがうんざりと言い放ち、床に寝転び始める。
「カリンには『モモを殺せ』とか抜かされ、モモは『絡舞を殺したい』とかほざいてて。そんで、このタカオとかいうひ弱そうな女は『自分の妹を殺してくれ』だとさ。勝手にやってろよマジで」
気持ちはわかると、ネズミも頷きたいところだ。全てを放棄して布団に潜り込みたい。
しかし、ミチユキの生命を救うべく、ここは踏ん張らなければならない。
それに、ザクロのこの症状は面倒くさがっている言うよりは──。
「すみません、ご飯とか用意できませんか? ザクロがもう限界です」
紛れもない空腹だ。深刻な米不足により脳に血流が回っていない状態だ。
ネズミが申し訳なさそうに頼むと、タカオは朗らかに笑んで、部屋の隅に置かれた鞄を取って笹の葉に包まれた握り飯と漬物をザクロに差し出した。
「夕餉の時間ですものね。配慮できずに申し訳ありません」
「それ、お前さんの分じゃないの? 私にくれていいの?」
「はい。私の分はまた別途用意してもらうので」
「良い奴だな。飯を分け与えられる奴は優しいと相場が決まってる」
えらく単純な思想を掲げて、ザクロは握り飯を受け取って一気に頬張る。
それに安堵し、ネズミは先を促した。
「とりあえず、事情を説明してください」
言うと、タカオがモモの相貌を恐る恐る伺った。
「何処まで話せば、よろしいんでしょうか……?」
「全部晒して良いちゃ。キサンの──」
好きにせれと、モモは胡座に肘を乗せ退屈そうな顔をする。
それではと、タカオはごほんと喉を整えて居住まいを正す。
「私達、タカオとトオルはまさにここ、飛宴楼で生まれた双子でした。遊女が客との間に赤子を授かり、心優しき楼主に出産の許可を頂いて生まれたのが私達です」
曰く、タカオとトオルの母親は飛宴楼で一番の太夫であったらしい。
一番の稼ぎ頭にして頭一つ抜けた見目であったから、出産を許されたのだとか。
「楼主が言うには、私とトオルを立派な遊女として育てたかったらしいのですが、幸か不幸か、私達は二人とも羅刹として生を成しました」
それを知った楼主は、羅神である絡舞紀伊に相談し、双子姉妹は晴れて羅神である絡舞紀伊の娘となったそうだ。
「絡舞様は父親として、私達を随分と可愛がってくれていたのですが、私達が十五の成人を迎えた折、少し様子が違ってきました」
絡舞紀伊は次第に、見目麗しく育った双子を妬むような、恋焦がれるような、そんな複雑な感情を匂わせてきたそうだ。
「絡舞様は随一の人形師であり芸術家です。それ故なのでしょう。私達が将来、老いてゆくことに我慢ならぬと、時折、口にしておりました」
自分の手で育て上げた双子の姉妹の美しさを永遠に残したい。
そんな捻じ曲がった願望を燻らせて、絡舞はある日、事件を起こす。
「トオルが……絡舞様に首を絞められていました」
タカオが現場に居合わせたそのとき、トオルは絡舞紀伊に馬乗りに拘束され、首を絞められていたそうだ。そして程なく──絞殺されてしまった。
「絡舞様は、トオルが灰神となる前に花縛帯を首に巻き、能力の発動を停止させ、今も側に侍らせております」
それは正に、人形のように。灰神を側に置いて大事に愛でているそうだ。
「イかれてやがるな……お前はどうしてたんだ? 妹が殺されるのをただ見てたのか?」
ザクロがそう聞くと、タカオの相貌が沈痛に歪む。
そして、瞳から一筋の雫が垂れた。澱みなく語るために今まで我慢していたのだろう。
「私は……私は……、絡舞様が『そこで見ていろ』とおっしゃったので。なので……私は妹が殺されるのを、ただ静かに側で見ておりましたッ」
「支配の糸か」
鮮花は強い花に惹かれる性質がある。
故に、強力な羅刹になるほどその特性を存分に利用して、他者を容赦なく従わせる。
ネズミもザクロも散々と苦しめられたため、タカオの胸中を察するに余りあった。
香梨紅子が強く命ずれば、どれほど拒もうともそれを実行する傀儡に成り下がる。
その光景をこれでもかと見せられてきた。
「私は……愚かにも逃げるので精一杯で……」
振り絞るようなタカオの声音に、ネズミも込み上げるものがあった。
同じだ。タカオと自分は同じなのだ。逃げることしかできなかった。
罪人の目玉を抉れと命じられたあの夜も。
ザクロを斬るために刀を寄越せと言われた成人式でも。
自分は逃げることしかできなかった。
強大な羅神の前では、それさえ凄いことであると承知している。
が、しかし、その痛み、無念さ、惨めさは、心と肉体に刻み込まれている。
「さらに愚かなことに、私はッ、今も父上の元に戻りたいと……思っているのですッ」
タカオは嗚咽混じりに告白し、床に手をついて泣き喚く。
鮮花の引力だ。支配の糸で絡め取られると、どれほどひどい仕打ちを受けても親元に戻りたくなってしまうのだ。
タカオは今、それと葛藤している。喉奥に宿る鮮花が、絡舞紀伊の元に帰そうとタカオを必死に屈服させにかかっているのだ。
「しょうがねえか」
耐えるように背を曲げるタカオを見かねて、ザクロ一つ息を吐く。
そして、膝に手を添えて唐突に立ち上がった。
「良い方法がある」
短くそう言った途端、ザクロがタカオの襟首をむんずと掴む。
そしてそのまま、猫のように持ち上げるのだ。
「ざ、ザクロ様……?」




