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花の羅刹✿ 【第三部準備中】  作者: 再図参夏
第弍部 千歳町編
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第十五話 交渉

 そこまで振り返って、モモは串に刺さった団子を口に運ぶ。


「まあ、そんな感じちゃ」


「で、手ひゃじめに、ふゎたしらのひゃなをふみにきたのか? (手始めに私らの花を摘みにきたのか?)」


 ザクロがうどんを啜りながら聞くと、


「あッ? なんて?」


 モモが呆れたように聞き返す。どうやらザクロにとっては話が長かったようだ。話の途中で女将おかみが配膳した食事を一点に見つめ、モモに一瞥いちべつもくれようとしない。


「手始めに、俺たちの花を摘みにきたんですか?」


 ネズミが引き継いで問うと、「いいや」とモモが真顔で応える。


「ドブネズミ、これでもキサンには少々の感謝しとうよ。だから見逃しちゃる」


 感謝していると言った割には、渋々と呑み込むような響きだったが、まさか嘲りと嗜虐を常とするモモからそんな言葉が出るとは思わず、ネズミは言葉に窮する。

 しかし、ザクロは言いたいことがあるようで、


「何偉そうにしてんだよ。ネズミがテメエを母上の支配の糸から解放してやったんだろ?」


 モモの態度が鼻についたのか、団子の串の先端を刺すように向ける。


「なら、ネズミに向かって頭を垂れて『ありがとうございます』だろうが。お前も私らと同じ今年一五の成人だろ? 素直に礼も言えねえとか、恥ずかしいから村に戻っって引っ込んでろよ。世間様にお見せできねえよ」


「あんッ? 飯奢ってやっちょるだろうが!」


「うどんと団子くらいで感謝だ? 出直してこいよ田舎者が!」


「キサンも田舎者やろうが!」


 また始まったよ、とネズミは天井を仰ぐ。口の端に付いた団子の食べカスを拭って、ザクロはモモと机を挟んで胸ぐらを掴み合いはじめた。

 二人に因縁があるのは知っている。幼い頃から歪み合って生きてきたのだ。冷静に話せる仲ではないのだろうが、そろそろ本題に入りたい。


「モモさんは何か用があって俺達に接触してきたんですよね?」


 ネズミが水をかけるように疑問符を打つと、モモもザクロもあっさり互いの胸ぐらを解放し、座布団に腰を落ち着かせる。流石に不毛な争いであると心の端で思っていたのかもしれない。


「そうちゃ。そこの野犬みてえな馬鹿女が喧しとう、本題から逸れまくったが──」


 モモが嫌味を言いさし、ザクロが一瞬だけ腰を浮かせるも、ネズミが慌ててザクロの背中に手を添えて宥める。確かに、これではどちらが獣かわからない有様だ。


「実はな……」


 モモは周囲を見渡し、声をひっそりと落とす。


「千歳町の羅神、絡舞紀伊の花を摘む」


「「は?」」


「そのためには人手が必要っちゃん。手ぇ貸せ」


 とんでもないことを言い出した。

 ネズミは反射的に姿勢を低くして周囲を伺う。町民に聞かれたらとんでもないことだ。即座に人相書きが出回ってしまうのではないかと気が気でない。


「な、何を言い出すんです?! そんなこと──」


「やるのか、やらないのかだけ言えちゃ」


 その短く端的な要求に、ぽっかり口を開いて聞いていたザクロは「馬鹿も休み休み言え」と、姿勢を崩して畳に手をつく。


「なんでそんな物騒なことに私らが助力しなきゃいけない?」


「相手は羅神ちゃ。流石に私も一人で叶う相手とは思っとらん。人手がないまま挑めば犬死にすると」


「答えになってない。私らが手を貸す義理もえきもねえって言ってんだ」


「益なら用意しとうよ」


 言うと、モモは二本の指を立ててザクロの眼前に掲げた。


「二百万圓、用意してあるっちゃ。それで雇ってやってもいいと」


 ネズミは眼を見開く。短期間でそんな大金をどうやって調達したのか。

 ザクロは殊更に深い溜息を吐いて、眉根を揉む。


「お前、二週間かそこらで俗世に染まり過ぎだろ。私らが金で動くと思ってんのか? ましてや羅神の花を摘むだ? 協力なんかしねえよ」


「ザクロ、金を舐めとうな? 外界じゃあ金がすべてちゃ。家も服も飯も情報も、全部金さえあれば手に入ると」


「そんなもんは……」


 言葉を濁らせて、ザクロは考え込みはじめた。

 その心内を汲み取ったのか、モモは追撃とばかりに指を折る。


「家も服も飯も、私らは不自由しなかったっちゃ。暮梨村の人間どもがすべて献上するからな。不自由なんてなかったっちゃ」


 外界ではどうだ? と、モモはザクロの胸に打ち込むように指を突きつける。

 確かに、三鷹村の村長が報酬をくれなければ、ザクロもネズミも千歳町で何も出来ていないだろうし、上等で小綺麗な着物も手に入れたばかりだ。故にザクロの言葉が詰まったのだろう。


「お前の言うとおり、金は重要かもしれない……だけどな、人斬り包丁振り回してまで欲しいわけじゃない。切羽詰まったらどっか働き口探せばいい」


「追われる身で働き口? 頭沸いてるんと?」

 

「うるせえな……っていうか働かなくても私らはここまで散々と野宿してきたんだ。金が尽きたらその生活に戻るだけだ」


「いつまでそんな生活が続けられると思っとう? カリンはキサンらが思っている以上に狡猾に追ってくるちゃ。現に野宿してた馬鹿どもをここに釣って来てるんやなかと?」


 図星を突かれて、ザクロは白目を剥く。

 それを見て、モモの舌が反論の余地を与えまいと転がり続ける。


「私がカリンを半殺しにしたから、最初会うたのが私で済んだっちゃ。金の使い方さえわかっていれば、人手を使って千歳町の中に探りを入れられたのに、キサンらはまんまと町の中で買い物しとった。それがどんだけ間抜けかわかっとうと? 金さえあれば、追われる身であっても安全を確保できるんがわかんらんとか?」


 モモの怒涛の舌戦に、ザクロはぐうの音も出すことなく「ぁぁぁ」と頭から煙を出して硬直する。

 しかし、傍で見守っていたネズミは冷静に思考を回していた。そもそも本題からズレている。これは金の問題ではなく、命の問題だ。金のために生きる者の命を奪うかどうかの話だ。

 ならば迷う必要はなしと、ネズミは──。


「気が進まないのでやりません。ザクロも俺も」


 キッパリと言う。自分でも驚くほどにあっさりと舌が転がった。あれほどモモに対して怖気を感じていたのに、気が進まないと思った途端に、何がなんでもやるものかという心持ちになるのだ。

 自分は心底とそういう性分らしい。身を竦ませる恐怖を感じようが、莫大な利益があろうが、気が進まないとなれば打ち捨ててしまえるのだ。


「あんッ? キサン、何ていうとーと!?」


 否、やっぱり怖かった。三白眼から放たれる眼光と大蛇のような二枚舌が、ネズミの怖気を叩き起こす。もっとやんわり言えばよかった。もしくは引き受けるフリをしてトンズラすればよかった。

 されど、ネズミが身を強張らせた瞬間、ザクロが我が意を得たりと膝を立てる。


「うちのネズミが『やんねえ』つったんだッ、それでこの話は終いだ!」


 モモの威圧を打ち払うように、ぴしゃりと机に箸を叩きつけた。


「引き際を見極めろよ。ここで揉めたら、絡舞を狩るのに不利になるぞ。私らが絡舞の元に行って、テメエのこと垂れ込んでもいいんだからなぁ!」


「やってみろちゃッ、したらお前らの首に予定変更すれば良いだけぞォ!」


 今度はモモが団子の串をザクロの顔に投げつけて、一気に場は剣呑な空気に包まれた。

 まずいと、焦燥がネズミの背中を這う。姉妹の殺気を込めた視線が交差し、ぱきりと奥歯を噛み締める音が響く。

 そして、徐々に二人の手が、帯に差した得物に伸びてゆき──。


「ちょいちょーい! やめやめぇい!」


 途端、あたふたとネズミが虚空を掻き、泳ぐように机の上に身を乗り出し、二人の視線を体毛で覆われた肉体で遮った。

 

「ああーあッ、すみませーん! 転んじゃったぁあ!」


 ネズミが滑り込んだものだから、その肉体に押されて空き皿と茶碗が床に落ち、がしゃんと派手な音を立てて転がった。

 すると、台所から飛び出た女将おかみが、何事かと目を白黒させる。


「ごめんなさいねえっ、あわてんぼうなもんでね!」


「あらぁ、いえいえ。今片付けますんでー」


 慌てるネズミの様子が微笑ましかったのか、女将は緩やかに笑んで箒と塵取りを持って駆け寄ってくる。

 一同、その散らばった皿と茶碗をささっと掃く姿を見届けると。


「もうええと」


 モモは興が削がれたと言わんばかり立ち上がった。


「ようわかった……次会うたらその首を落としちゃる」


「次なんかねえよ。これで今生の別れだ」


 緑茶で濡れてしまったネズミの背中を布巾で拭きながら、ザクロは冷たく視線をやる。

 

「母上を越えたいのはわかるが、あんまり世を乱すんじゃねえぞ」


「はッ、キサンはせいぜい惨めに這いずり回っちょれ」


 そんな悪態を地に落とし、モモは律儀に勘定を置いて荒々しく暖簾を潜って退出する。

 机に置かれた札と小銭を見つめ、ネズミは崩れるように畳に背を預けた。


「危ない……助け舟はうれしいけど、流血沙汰はやめてくれ……」


「すまんすまん。どうもあいつが相手だと感情的になっちまう」


 ネズミが責めるようにザクロの肩に手を置くと、「またやっちまったよ」とザクロは机に肘を置いて自省の息を漏らす。


「せっかく都会に出てきたんだから、こんな怒号の浴びせ合いはやめないといけないよな。もっと雅でお洒落に生きよう」


「それはそれで性に合っていないから、無理しない方が良いよ」


 肉体を起こしながらネズミは破顔した。

 羅刹同士の怒鳴り合いは生存本能だ。喉奥に宿った能力の根源たる鮮花は、強い個体に惹かれる性質がある。己自身が相手より強いと誇示していないと、すぐさま敗北が決定してしまう。

 それは香梨紅子に屈服していた時のように、他者に自身の運命を握らせてしまうことになるのだ。


「にしても、ネズミ。お前さんは思いっきりが良いね。尊敬するわ」


 どのことを言っているのか。モモの誘いをあっさり断ったことか、喧嘩を止めるために机の上に踊り出たことか。

 恐らくその両方だろうと、ネズミは「そりゃどうも」と気のない返事をすると、呵呵かかとしてザクロは膝を打つ。


「出会った頃から反射的に動く奴だとは思ってたが……はははッ、いいね。おもしろきことは花なり、だな。お前さんの性根はやっぱり面白い」


 秘するは花、おもしろきは花というやつだ。いくら面白くとも心臓に負担がかかるので、ネズミとしては厄介事はすべて秘匿されていて欲しい。


「うしっ、じゃあ気を取り直してリンゴ姉とミカン姉を探すかね」


 しばらくした後、襟を整えてザクロがそんな事を言う。


「え? この町にはいないんじゃ?」


「モモの嘘かもしれないだろ? 仮に今、ここにいなかったとしても、リンゴ達がここを通過してる可能性はある。そこらで聞き込みをすれば、通った形跡を辿れるかもしれない」


 確かに、とネズミは首肯して店の外に目をやる。

 陽光の具合から言って、まだまだ余裕がある。ミチユキと夕刻に宿で集合する予定なので、それまでは引き続き町を歩き回っても良い。

 幸い、モモがカリンの足を奪ったおかげで、しばらくは安全に過ごすことができるだろう。


「日が傾くまでその辺の店回ろうか」


 心を前向きに、二人は立ち上がる。なんの当てもなく探すより、千歳町でしるべとなる情報を掴んでおけば、次の目的地を定められるだろう。

 例えこの町に形跡が無くとも、人里を巡り続けていれば必ず会えるはずだ。

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