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花の羅刹✿ 【第三部準備中】  作者: 再図参夏
第弍部 千歳町編
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第十一話 超うるせえ

 開け放たれたの門の先、町内は活気ある喧騒に包まれていた。

 商店がひしめく大通りには、色とりどりの暖簾が歩く者を誘うように旗めき、声を上げる商人たちがでんでん太鼓を打ち鳴らし、音と音を重ねて辺りを賑わせている。


「安いよ安いよッ、水郷都から仕入れた大吟醸酒だいぎんじょうしゅだ! 一杯引っかけるだけで夢心地さねッ」

「毛生え薬があるのはうちの店でさぁ! 厄介な疝気せんきにも効く薬湯もございますよぉ!」

「よっといでーッ、団子に甘味、紅芋豆腐もあるよー! 何? もう腹がいっぱい? 甘味は別腹さね!」


 まさに商人にとっての戦場だ。右を見れば、酒樽が積まれた店先でのぼりを担いだ男が腹に響くほどの大声を上げ、左を見れば、女が柏手を打ち鳴らしながら行き交う人々に声をかけ続けていた。

 皆がネズミの姿を見て一瞬だけ驚いたような顔を見せるが、そんなものに構っていられないとでも言うように、すぐさま切り替えて通常営業に戻ってゆく。


「…………」


 その光景にネズミはひどく面を食らった。ここまで気にされないと逆に傷つく。溢れる愛嬌で人気者になれるという話は何処へ行ったのか。

 しかし、ネズミ以上に驚愕を露わにしている人物が一人いた。 


「頭がおかしくなっちまう……」


 ザクロだ。目を白黒とさせながら呆然と商店通りを歩き、声のする方向すべてに首を動かし続けている。静寂に包まれた村で育った根っからの田舎者が都会に放り込まれたのだ。拾ったばかりの猫のように挙動不審になるのは致し方ない。


「どうやってみんな耳を守ってるんだ? みんな騒いでないと死ぬのか? 都会に生まれるとそういう生態として生まれてくるのか? アブラゼミの仲間なのか?」


「アブラゼミの仲間ではない」


 愕然としながら放られたザクロの問いに、面白おかしく答えようとしたが、ネズミにも余裕はない。ここはあまりにも騒々しい。獣の耳はひどく音を拾う。このまま長時間居座れば、頭が割れてしまいかねない。

 そんな苦しむ二人を案じて、後ろに追従していたミチユキが首を振る。


「一時避難しましょうか。今は昼時ですので特に騒がしいんです。八つ半(午後三時)には落ち着くはずですから」


 その指示に従い、二人は牛車を引くミチユキの後ろに付き、おずおずと通りの外れに向かうのだった。



 しばらく歩いた後、騒がしい商店通りを抜けると、長屋が立ち並ぶ区画に辿り着く。

 商店で轟く客引きの声は、ここでは遠くで鳴く虫の音ほどに小さい。

 

「ああ……しんどかった……」


 両手で塞いでいた大きな耳を開け放ち、ネズミは大きく伸びをする。わずかに湿り気を帯びた耳の中に、冷たい秋風が当たって気持ちが良い。打たれ続けた鼓膜がひどく疲弊しているのだろう。

 隣を見ると、ザクロもかなり参っているのか、ハナコの太い胴体にもたれかかって呼吸を整えている。これは再起に時間がかかりそうだ。

 

 幸い、ミチユキが避難先として選んでくれたこの長屋通りは、比較的のどかな場所であった。客引きがいないだけでこうも平穏が保たれるとは。


 ネズミは辺りを見回す。右手には黄ばんだ腰高障子が開け放たれ、煙草を蒸した老爺が尻を掻きながら寝そべっていた。

 その家の隣の脇道では、三人の子供がメンコを地面に叩きつけて、楽しそうに遊んでいる。自分の姿を見られたら騒がれてしまうと、ネズミは子供たちに見つからぬように長家の軒先に背を預ける。


「えっと、ミチユキさんはこれから納品?」


 背後でメンコのパチンっという心地よい音を聞きながら、ネズミはミチユキに尋ねた。


「はい。こいつを酒蔵と小料理屋に納めないといけません。それと、牛舎にハナコを預けてこないと」


 ミチユキは牛車に乗せられた米俵と木箱を軽く手で叩く。


「お二人はこれからどうします?」


「実は探してる奴らがいるんだ」


 息を整え終わったのか、ザクロがミチユキに向けて神妙な顔をした。


「ミチユキも見かけたら教えてくれ」


「お安い御用です。どんな方達でしょうか?」

 

「一人は長い黒髪で、スケベな顔した女だ。もう一人は山吹色の髪で、いかにもお節介そうな顔してる」


 その情報で何が伝わるのか。ネズミは首を傾げるも、リンゴとミカンは誰もが目を引くほどに美しい女性だ。ミチユキも一目見れば見当が付くだろう。


「お二人とも羅刹様で?」


「そうだ」


「なるほど、承りました。合流場所を決めましょうか」


 言うと、ミチユキは近くの家の前に置かれた水瓶みずがめに歩き出し、「借りるよー」と一声かけると、水瓶の上に放られた柄杓ひしゃくを手に取って、ネズミ達の元に戻ってくる。

 そして、その場にしゃがみ込んで柄杓の尻を地面に押し当て、簡単な地図を描き始めた。


「ここが現在地としたら、ここ、この長屋通りの裏手に小さな宿があります。オラはここで一泊する予定なので、夕刻に宿に集合しましょう」


 ネズミとザクロは共に首肯する。とりあえずの段取りは決まった。後はリンゴとミカンをどう探すか。


「闇雲に探してもしょうがねえから、色んな店を回りながら聞き込みするか」


「そうだね。お店屋さんなら色んなお客さんを相手にしてるだろうし」


「とりあえずさっき話した着物屋に行くか」


 良い考えだとネズミは大いに頷く。リンゴもミカンも年頃の女性だ。洒落た店には高確率で立ち寄っているだろう。ついでに自分たちの召物を調達して、都会に馴染む現代的な装いになっておきたい。

 

「んじゃ、後でな」


「お二人ともお気をつけて」


 ミチユキと別れ、二人は町の西へと足を向ける。聞いた話によると、件の店は先ほど通過した騒々しい通りから二本外れた裏通りにあるそうだ。

 

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