第十話 取り調べ
招きに応じて進み出ると、筆を取った役人がネズミをしげしげと眺めて眉間に皺を寄せた。
「そちらの獣は、あなたの能力で使役されて?」
ネズミを見て、次にはザクロにそう問う。
恐らく、ザクロが獣を使役する羅刹であると思ったのだろう。
「おい、失礼だぞ。こいつは人間だ。使役してるわけじゃない、家族だ」
「人間……?」
ザクロが頬を膨らませて言うと、役人の眉が怪しむように吊り上がった。
そして、次にはネズミに向き直って眼光を光らせる。
「では……そのお姿は、自身の鮮花でそうなられている?」
「え、いや、それがわかってないんですよね。起きたらこうなっていたとしか……」
「朝起きていたら獣の姿になられていたと?」
「はい。その通りです」
「とぼけているのでなく?」
「至って真面目です。急にこの姿になっちゃってたんで……でも、自分でこうしちゃったのかもしれないですぅ……はいぃ……」
心臓を跳ねさせながら何とか答えるも、どうも感触が悪い。訝しげに口元をへの字に曲げる役人が、困り果てるように筆の尻で眉間を掻いている。
「あなた方の生まれはどちらですか? 何処の羅神様の庇護にいらっしゃいましたか?」
問われて、ネズミとザクロは肩を跳ねさせ、互いに顔を見合わせる。
(どうする? 言ったほうがいいか?)
(言ったほうが無難かもしれん。厄介なことになっても、リンゴ姉達との合流を優先する)
なんとか虫の音ほどの声でやりとりをし、二人は厳かに頷く。厄介な事情にミチユキや三鷹村の人々を巻き込まないため、自分たちの素性を漏らさないようにしてきたが、今はとにかく町内に入ってリンゴたちと合流したい。
「私たちは暮梨村の生まれ、羅神は香梨紅子。その後継人だ」
ザクロが役人の前に進み出て、滑らかに告げると。
「暮梨村……? 香梨紅子?」
役人の相貌に戦慄が浮かぶ。まるで幽霊に囁かれたかのような、そんな反応だった。
「〈六大羅生〉の一尊、香梨様であると申されるか?」
「そうだ。何が引っかかる?」
ザクロが太々しくと言い放つと、役人も警護する衛士もヒソヒソと耳打ちをしだす。
とんでもない事態なのか、後ろで列を成す人々も何やら囁き始めた。
「香梨? あの水郷伝説の?」
「仙郷の暮梨村から来ただって? そんな訳がない」
「どんな不治の病もあっという間に治して回ったという、あの香梨紅子?」
「受刑者百人狩りの香梨?」
どうやらあらゆる風評が入り混じっているらしい。恐怖するような声音に、崇拝するような歓声。それらが周囲を埋め尽くしている。背後で控えるミチユキでさえ、ザクロとネズミに向かって口を半開きにしている。
役人が口にした〈六大羅生〉とは、香梨を含めた六つの羅神の神名だ。
司色、我声、香梨、逸味、花触、法奈。
それらの名前を、ネズミはザクロとの旅路の中で聞き及んでいた。
香梨紅子のように苛烈な方法で人里の管理をしている可能性があるため、この先、出来るだけ関わらないようにしようという話をしていた気がする。
しかし、ここまで騒ぎになるほどの高名とは梅雨知らず、ネズミは周囲の反応にあたふたしてしまう。香梨紅子は外の世界でどれだけのことをしてきたのか。
「あの……お聞きしますが……」
打ち合わせが終わったのか、筆を持った役人が恐る恐るザクロに訊ねる。
「印籠はございますか?」
「ない。香梨紅子と折り合いが悪くてな。印籠をもらう前に旅をしてる」
曰く、羅神の庇護の元にいる羅刹は、身分証明となる印籠を貰ってから故郷を旅立つのが通例らしい。それもそのはずだ。人の世に害を及ぼす気性の荒れた羅刹を解き放つ訳にはいかない。故に、羅神が責任を持って善なる心を羅刹に植え付け、旅に送り出すのが本来の在り方だ。
しかし、ネズミとザクロも脱走した身であるからしょうがない。手札が悪い時こそ背筋を伸ばすのがザクロの言う羅刹の在り方だ。
「でも、どうしようもねえだろ? 香梨の印籠を掲げたところで、お前さん見たことないだろ? 香梨の印を」
「それもそうですが……」
「そこらで木彫りの印籠作って見せたら納得するのか? 偽証してくるよりは信頼できるだろ?」
ザクロが強気に問うと、役人も負けじと首を振る。
「納得ゆく形で善なる者であると証明して頂かなければ、ここを通せません」
その言葉を聞くなり、背後で控えていたミチユキが役人の前へと進み出た。
「この方達は行商人ミチユキの警護の役を買って下さいました」
「なるほど、付託証明書は?」
「こちらに」
ミチユキが数枚の書面を役人に差し出すと、役人が目を細めてそれを検める。
「三鷹村村長の印と営業許可書……ふむ……こちらは問題はなさそうだ……」
「それともう一つあります」
言うと、ミチユキはザクロへ視線を配る。
「これか?」
意図を察したようで。ザクロが胸元から何かを取り出し、役人の眼前に掲げた。
それはいくつもの花弁が折り重なった美しい菊の花──炎の灰神から摘み取った鮮花だ。
「三鷹村に迫っていた炎の灰神、その鮮花だ」
ザクロが押し付けるように鮮花を手渡すと、役人はまず驚愕に眼を見開き、次には申し訳なさそうな顔をする。
「そうですか……翁火九乱様を……」
炎の灰神の名前なのか、そう役人はしとりと口にした。
「九乱様が灰神なられたことは、こちらの耳にも入っておりました。その対応を絡舞様に懇願していたのですが……そうですか、あなた方が討滅してくださったのですか」
役人は手に持った鮮花を慈しむように撫でると、頬に一筋の雫を垂らす。
聞くところによると、どうやらこの役人は元は翁火九乱が治めていた山村の出身らしい。千歳町からさほど遠くない南に位置するその村は、約二週間前、突如として焦土と化してしまった。
故郷を焼かれた役人は、必死に絡舞紀伊に助けを求めるも、どういう訳か、一切と応じてもらえなかったと言う。
「ありがとうございます。必要充分な証明です。お通り下さい」
役人は頭を垂れ、ザクロに鮮花を返却する。
ネズミとザクロは役人に同情しつつも、緊張が解けて肉体を弛緩させる。捨てる神に拾う神とよく言ったものだ。拾う神はぞんざいに扱われないのは世の常だ。善行を重ねておいてよかった。
「重ねて申し訳ございませんが、流石に〈花縛帯〉を付けさせていただきます」
役人がバツが悪そうにそんなことは言う。
はて? 何だそれはと首を傾げると、門の脇から羅生衛士が何かを手に持ってやってくる。
「こちらを」
差し出されたのは、黒い糸で編まれた細長い長方形の帯だった。丸で構成された幾何学模様が、洒落ていて、いかにも雅な品物だ。
筆と同じくらいの長さなものだから、髪留めにも見えるし、工夫によっては根付けにもできそうだ。
そんな花縛帯なる物体を受け取って、ネズミとザクロが硬直していると。
「ご存じない? それは鮮花の開花を制限するものです。首に巻いてください」
衛士が手本とばかりに、自身の首に帯を巻きつけるような所作を見せる。
それに習い、ザクロも花縛帯を持って首に押し当てると。途端に花縛帯が蛇のようにするりと首に一周巻き付き、雅な首飾りに変化した。
「おお……どう? 似合う?」
「一気に垢抜けたかも、カッチョいい」
呑気にネズミが言うと、ザクロは満足気にその場でひらりと身体を回転させてみせる。そして着物の袖を摘んで、わざとらしく科を作る。
その仕草に、ネズミもわざとらしく拍手して見せるも、内心では複雑な心境であった。
花縛帯を身につけると、鮮花の開花が制限される。それは町の中で異能力を使わせない厳正な措置であることは理解できるが、追われる身の上でそんな無防備な状態になっていいものなのか。
そんな憂慮を巡らせ、ネズミがもたついていると、衛士が急かすように催促してくる。
「そこの鼠の兄さんもお願いします。その太い首にも容易に巻きつきますのでご安心を」
「はいぃ……」
なんとも上手く出来ている。何処のどんな羅刹が作った代物なのか。
ネズミが渋々、首に花縛帯を押し当てると、小さな帯が一気に伸びて、打刀と同程度の尺にまで拡大し、ザクロと同様に帯は素早くネズミの首に巻きつく。
すると、喉にやや息苦しさを覚えた。元から自在に開けぬネズミの鮮花であったが、どうやら花縛帯は正しく効いているらしい。喉奥から鮮花の恨みがましい気配を感じとれる。
「無理に外そうとすれば、気を失うまで帯が締まりますので、お気をつけを」
えっ、とネズミは小さく呻く。なんという危険物なのか。
「町から出る時に外してもらえるんですよね?」
「はい。特殊な手順を踏めば、外すことは可能ですので」
では、ようこそ千歳町へ。衛士は朗らかに告げて、町内に繋がる門を開け放った。




