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花の羅刹✿ 【第三部準備中】  作者: 再図参夏
第弍部 千歳町編
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第四話 灰神討伐─其ノ弍─

「「ゲンキ ニ シテイルカ フソク ハ ナイカ」」


 まるで羽織を肩に乗せるかのように、赤々とした炎を全身に纏わせた男が一人。空を見上げ、呆然と焦土の上に立っている。

 顔面の至る所から生えた白い花をゆらり揺らし、一つの口から男と女が同時に発声したような、気味の悪い低声をうわ言のように漏らしていた。

 その有様は、紛うことなき灰神かいじん。羅刹が死して、鮮花に肉体を乗っ取られた姿だ。


「いやーまいったな。本当に炎の灰神かよ」


「だね……」


 二人は運良く見つけた大きな岩陰に隠れ、炎の灰神を三十歩の距離で観察する。


「炎の幻覚を見せる能力とか、そんなのを期待してたのに。ちゃんと炎だよ」


「都合よくいかないもんだね」


 灰神の肉体から波にのよう放たれる熱風に、二人は心底と溜息を吐く。

 三鷹村の村長から灰神の仔細を聞いた時は、ザクロは灰神狩りの豊富な経験値から、幻覚や幻術を扱う羅刹などいくらでもいると前置きしていた。一瞥して判断した情報を鵜呑みにするのは、灰神に狩りにおいて最もやってはいけない危険な行為であると。


 しかし、そんな警戒はあっさりと握りつぶされた。現実を受け入れることを拒否し、儚い希望を抱いていたと認めざるおえない。


「詰みだ。勝てる気がしない」


 言うと、ザクロは生身の左手をネズミの前に掲げた。

 震えている。暮梨村を脱走する際に、深く刻まれた心の傷がザクロの身を震わせている。

 額から流れる汗も尋常ではない。灰神から吹き出る炎によって周囲の気温はひどく蒸し暑くなってはいるが、この少しの間で雨に打たれたかのようにびっしょりだ。


「ザクロ……もう……逃げちゃう……?」


 ネズミとて例外ではない。香梨紅子との戦いの中、二人は激しい炎にその身を焼かれた。

 香梨紅子によってもたらされた回復力と、永久に身の内から吹き上がる炎とのせめぎ合いは、思い出したくもないこの世の地獄だった。


 焚き火程度の火であれば、なんとか我慢することができる。最悪、目を瞑ってしまえば良い。しかし、あれほどの熱波を纏った炎となると話は違う。

 眼を閉じてもあの夜のことが強烈なまでに脳裏に過ぎる。立ち向かう勇気なんて一目みたときから焼き尽くされた。

 ネズミが自在に鮮花を開ければ、また炎を吸い込んでしまうなり出来るかもしれないが、それも叶わないとなると、やはり部が悪い。


「三鷹村の奴らには悪いが、私らじゃちょっと……相性悪い」


「だよね。ジャンケンにしたって、チョキはグーにどうやったって勝てないもん」


「そうだな。世の中どうしようもないこともある。むしろ、ここで退ける私ら偉いんじゃね?」


「少なくとも死ぬより偉い」


 二人は小声で頷き合い、いさぎよい逃走に天秤を傾ける。

 

「でもな、ネズミ。見捨てるわけじゃないぞ。今から戻って、村の奴らを全員避難させよう。畑も家も全部燃えちまうかもしれないが、命あっての物種だ。人間は一からやり直せる」


「そうだね。体裁は悪いかもしれないけど、命だけは救えるもんね。足腰の悪いご老人は、全部俺が担いで避難させれば良いし」


 一縷の希望を見出し、打ち合わせは終わった。

 後は灰神に気取られぬように撤収するだけだ。


「そうと決まれば──」


 そろりと、灰神の様子を伺おうとネズミたちは岩陰から顔を出す。

 炎の灰神は相変わらず空を見上げてそこに佇んで──いなかった。


「あッ」「げッ」


 ネズミとザクロは共に短く悲鳴を上げる。

 気付かぬ間に、足音も無く、既に二人が身を隠す岩の上に、灰神が立っていたからだ。

 

 白濁した瞳がギョロリと二人を見下ろす。

 肉体に纏った紅炎が、背後の景色を歪めて陽炎を揺らしている。

 見上げる灰色の獣と白き乙女。見下ろす炎を纏う黒い死体。

 その一瞬の硬直後、一番手に動き出したのは、


「ザクロッ、乗れ!」


 ネズミだった。急いでザクロの肉体を抱え、放り投げるように自身の背に騎乗させる。

 そして、即座に四足で地面を穿うがち、脱兎の如く逃げ出した。


「「ゲンキ! シテイル! カ! ゲンキ! シテイル!」」


 走る、奔る。逃げる獣と追う死体、焼け野原を疾って駆ける。

 灰と墨で埋めつくされた世界を、死力を尽くして奔走する。


「ネズミ、進路を変えよう! このままだと三鷹村に近づいちまう」


「わかったッ」


 ネズミは速度を緩めぬように、徐々に右に進路を傾ける。

 これはむしろ好機だ。灰神がネズミの背を追って進路を変えてくれれば、三鷹村から大きく距離を稼げるだろう。


「まじいな……あれは、くっそ厄介だぞ。知恵が働く奴だ」


 背後を振り向いたザクロが呟く。ネズミもちらりと視線を背後に向けると。

 炎の灰神との距離は、わずか二十歩ほど。思っていた以上に離せていない。

 むしろ、徐々に近づいて来ている。その秘密は、灰神の足の裏にあった。


「ずるッ」


 ネズミは忌々しいとばかりに叫んで、灰神の足元を睨め付ける。

 爆風だ。灰神は足裏に小さな爆発を起こして肉体を浮かせ、着地と同時にまた爆風を起こして浮き上がり、空中を滑るようにネズミを追走してくるのだ。


「ザクロ……振り切れない……かなりきついかもッ」


「嫌になるな。ああいう単純な能力が一番強くて厄介だ。こっちがどんだけ知恵を回しても、力技で押し切ってくる」


 ザクロが悲壮を込めて呟いた次の瞬間、背後から低い地鳴りのような音が鳴り響く。

 何事かと素早く後ろに視線を切ると、灰神の片手に米俵ほどの大きな火球が、渦を巻きながら練り上げられ、低い唸りを轟かせている。


「やっばッ、ネズミっ、避けろ!」


 ザクロが咆哮と共に、ネズミの肩の肉を引っ張り、強制的に右に舵を切らせた。

 その直後だ。


「────ッ!」


 一瞬の間を置いて、ネズミたちの左後方で爆砕音が鳴り響く。

 次には強烈な爆風が背後から吹き荒び、ネズミの肉体がわずかに浮き上がる。

 舞い上がった灰燼が二人の全身に降り積もる中、ネズミはなんとか着地して、再び地面を蹴り上げ疾走した。


「ザクロ、大丈夫!?」


 怪我はないか。とネズミが背中に騎乗するザクロに問うと、盛大な舌打ちが鳴った。


「せっっかく……風呂入ったってのによぅ……」


 頭から灰を被ったザクロが、苛立たしげに歯を食いしばる。


「むかっ腹立ってきた……なんで私たちがこんな思いしなきゃ行けねえんだよ……」


 炎に怯えていた女子は何処へやら。瞳に憤怒の炎が灯り、ドスの効いた低声で咆哮する。


「イカレた母親から大変な思いしながら逃げてきてッ、やっとリンゴ姉たちと会えると思ったらよぉ! なんでまたこんな馬鹿みたいに走って逃げる羽目になってんだぁああ!」


 走ってるのは俺だけども、とネズミは喉から出かかった言葉を呑み込む。

 邪魔しては行けない。今まさに奮い立とうとしているザクロに、水を挿してはならない。


「そうだよなぁネズミィッ、憂さ晴らししなきゃ気が済まねえよなぁ!?」


「ザクロの言うとおりだッ、やっちまえ!」


「おうッ、ぶっ殺してやるよッ」


 言うと、カチカチとザクロは喉を脈動させ、鮮花が開いて生命を産む。

 右手義手から羽虫一匹を産み出し、捕えるようにむんずと鷲掴んだ。

 

「刺せ!」


 荒々しく指示を送ると、羽虫が毒針を尻から放り出し、ザクロの首筋に深く押し込む。


「ヤッテヤンヨォォオオオオオッ────!」


 ザクロが雷鳴の如き咆哮を上げた。命を脅かす毒液が全身を駆け巡り、母に施された回復力が、流し込まれた毒を排出しようと血液の循環を加速させる。

 命の灯火を消そうとする猛毒と、灯火を再燃させようとする神の権能。肉体の中でそれらが激しく闘争を行うことで、爆発的にザクロの身体能力が向上するのだ。


「ッシャアアアアア!」


 勢いよく腰の太刀を抜き放ち、ザクロはネズミの背を蹴って炎の灰神に突貫した。


「「ゲンキ! ニぃイ──ッ」」


 足元に爆風を起こして肉体を浮かせていた灰神は、突如として反転したザクロに反応できず、死体の癖に相貌を驚愕の色に染め上げる。

 そして次の瞬間、振り下ろすようなザクロの渾身の蹴りが、灰神の首筋に炸裂した。

 空中を浮いていた肉体は激しく地面に叩きつけられ、地面を削って炭化した倒木に肉体を衝突させる。


「「フソク……ハナイカ……」」


 灰神が酔っ払いのようなおぼつかない所作で立ち上がると。

 そこに、既に間合いを詰めていたザクロの袈裟斬りが走る。


「──カッ」


 大上段から振り下ろされた白刃が、灰神の肉体を横断するも、刈り取るには及ばず。

 切先が皮膚をなぞっただけだ。わずかに一歩退いて避けれてしまった。

 やはり愚鈍な灰神ではない。死んでいる癖に判断力がある。


 それならばと、ザクロは大きく踏み込んで横薙ぎに一刀、返す刀で袈裟斬りにもう一刀。

 ザクロの鋭い連撃に、灰神は風になびやなぎのように、肉体をしならせて悠々と躱し続ける。

 

「テメエ……」


 生前はさぞ剛の者だったのだろう。死してもなお、迫る刃を寸手のところで躱し続ける洗練された所作。膨大な場数を踏んでいる強者だ。

 されど、ザクロにも積み重ねてきた経験値がある。一〇に満たない頃から、暮梨村で多くの灰神の首を狩ってきたのだ。


 ザクロは灰神に太刀を振るい続けながら、充血した眼を細める。

 こちらが攻撃している間は灰神は仕掛けてこない。避けるので精一杯のようだ。


 ──じゃあ、これはどうだ。


 小突くような刺突を躱された直後、ザクロは足元に落ちている小石を黒土ごと蹴り上げ、灰神に向かって巻き上げる。

 すると、灰神は刃を避けるより大袈裟な動作で大きく肉体をしならせ、後方に飛んで回避した。

 

 ──やはりだ。見分けがついていない。


 恐らく、この灰神は全てを〝面〟で捉えている。

 自身に迫る危険を、物体の大きさのみで判断ししているのだ。


 迫る白刃は細いため最小限の動きで避け、蹴り上げられた土埃は視界に覆う面積が広いため、大きく後方に下がった。

 相手は死体なのだ。身体を汚したくないから土埃を避けた訳ではないはずだ。


 鋭く思考を回していると、灰神の両手から渦巻く火球が練られはじめる。

 その所作を見てとって、待っていたとばかりに、ザクロは先ほどより深く地面に爪先を差し込み、頭上に向かって蹴り上げた。


 舞い上がる焦土と炭灰が、雨のように灰神の頭上に降り注ぐ。

 灰神はそれを視界で捉え、両手の火球を即座に爆発させる。


「「ゲゲ ゲンキ ニッ」」


 起こした爆風によって灰神は後方に跳ね飛び、降り注ぐ土埃を回避する。

 視界を覆い尽くすほどの〝面〟だ。そうする以外、道はないのだろう。

 しかし、背後に迫る者にはむしろ好都合。


「おっしゃあああああッ!」


 ネズミだ。ザクロのやろうとしていることを即座に察知し、自慢の走力をもって背後に先回りしていたのだ。

 獣の肉体で尋常ならざる速度で跳躍し、爆風で浮いた灰神の背に向かって、渾身の蹴りをお見舞いする。

 その威力凄まじく、灰神は砲弾のように地面に着弾し、焦土を巻き上げて空を仰ぐ。


「コレデ、ウゴケネエダロ」


 仰向けになった灰神の胸に、ザクロは踏みつけるように足を乗せた。


「サヨナラダ」


 言うと、ザクロは灰神の首元を睨み据える。

 羅刹の喉奥に宿る鮮花、それが死した肉体を動かしているのだ。

 肉体から切り離してやれば、それで全てが終わる。


「「ゲンキニ シテイルカ フソクハ ナイカ──」」


 オマエノ コトガ シンパイ ダ


 観念したかのように灰神が言葉を紡ぐ。誰かに伝えたいことがあったのだろう。

 灰神になる前に、伝えられたのだろうか。


「ゴメンナ」


 呟くと、ザクロは灰神の首に線を描いた。

 花を摘み取る、華麗な線を。

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