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花の羅刹✿ 【第二部完結】  作者: 再図参夏
第壱部 羅刹の世界
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第五二話 剣戟

「次は、こっちから仕掛ける」


 カチカチカチと、ザクロの喉が脈動し、鮮花が開いて生命を産む。

 義手から飛び出た羽虫が一匹、ザクロの首筋にしがみつく。


「ネズミ、私と動き合わせてくれ。羅生界が見えるなら、できるだろ?」


「……わかった」


 ネズミの短い返答に、ザクロの身の内で渦巻く恐怖が剥がれてゆく。

 打ち合わせもなく、そんなことができるのか。戦い慣れていない自分が。

 そんな不安でいっぱいだろうに、静かなる決意で返してくれた。


 ザクロは自分自身に問う。

 やれるのか。これからするのは、博打に他ならない。


「やれるぞ、私たち」


 ネズミと一緒なら、都合の悪い賽の目もひっくり返せそうな気がしてくる。

 それに、頭上で跳ねているあの死体は、香梨紅子の本体ではない。

 紅子の心を宿した灰神かいじんだ。ならば、勝てる見込みは充分にあるはずだ。


 一つ息を吐いて、背後に視線を移す。木枝を飛び跳ねる馬、そして馬上の死体が不気味な笑顔を浮かべている。


『やってみなさい』


 そんなことを言われた気がして、ザクロは舌を打つ。


「やってやるよ。そこから叩き落としてやる」


 忌々しげに言い放ちと、主人の覚悟を汲み取った羽虫が一つ首肯し、速やかに尻から毒針をひり出した。


「刺せ」


 命ずると、毒針がザクロの首筋に深々と押し込まれる。


「アアアアアアアアアッ────!」


 途端、ザクロは雷鳴の如き咆哮を上げる。

 命を脅かす毒液が全身を駆け巡り、香梨紅子が娘に施した回復力が慌てて毒を排出しようと血液の循環を加速させる。

 命の灯火を消そうとする猛毒と、灯火を再燃させようとする神の権能。

 少女の肉体の中でそれらが激しく闘争を行うことで、爆発的に身体能力が向上する。


「コロスコロスコロスコロスッ!」


 ザクロはネズミの背を蹴って高く跳躍した。

 枝葉を蹴って樹木を駆け上り、頭上を跳ねる馬の進路に躍り出る。


「来ますか? 良いでしょう」


「クタバレェ――ッ」


 ザクロは空中で横薙ぎの一閃を振るう──狙いは馬の前脚。

 だが、蹄が瞬時に動き、その斬撃を弾く。

 続けて二回三回と連撃を浴びせるも、上手く蹄を合わせてはたき落とされる。

 枝を足場に、馬の蹄とザクロの刃が激しく火花を散らした。


「サッサト、オチロォオオオ!」


「愚かな。力のみで、この母に対抗できるとでも?」


 馬との打ち合いの間隙、紅子の鋭い刺突がザクロの肩を強襲する。

 迫る切先がを捉えて、ザクロは瞬時に身を捻って回避を選択。

 枝を蹴り、幹を蹴り、地上へと舞い降りる──すると、先んじてそれを読んでいたネズミが、着地点に身を滑らせ、背中でザクロの全身を受け止め、速やかに再走した。


「モウイチドヤルゾ」


「了解!」


 再びネズミの背を蹴り、ザクロは頭上の馬体に突貫する。


「無駄ですよ」


 馬に乗った母と、その娘が木の枝を足場に熾烈な攻防を繰り広げた。

 空中で一合、二合と刃と刃がぶつかり合い、夜闇に火花を瞬かせる。


 香梨紅子の研ぎ澄まされた剣術は、馬に乗った体勢から巧みにザクロの攻撃をことごとく受け流して寄せ付けない。


 ──剣の冴えは向こうが上、だが腕力は。


 渾身の三合目。

 ザクロの毒で強化された大上段からの振り下ろし。


 それを紅子は刃を寝かせて受けるも、その勢いや凄まじく。

 馬体と紅子は吹き飛ばされ、地面に着地することを余儀なくされる。


「よいよい。腐っても我が娘」


 着地した衝撃により、馬脚に損傷を受ける。が、血飛沫と火花を散らしながら即座に傷は修復され、再びネズミの背中を追走するのだ。


「アレハ……」


 先程から馬体から発生している火花、傷を負った姉妹やネズミの肉体に起こるのと同じ現象だった。馬の筋肉、骨、内蔵、あらゆる器官が傷付き、その場で修復されている。


 ──辛いよな。ごめんな。


 回復するからといって、痛みがないわけではない。

 あの馬は、母と自分の身勝手な闘争に巻き込まれている。

 ザクロは心の中で謝罪し、決意する。せめて一刻でも早く楽にしてやると。


「ツギデ、キメル」


 木の枝を駆け抜け、前方を走るネズミの背へと着地した。


「ネズミ、タノミタイコトガ、アル」



     ✿

      


 地上を跳ねる馬、その馬上で香梨紅子は腕の痺れを覚えていた。


「まったく……いつのまにか、一本取られていましたか」


 死体の腕にはプクリと一つ小さい穿孔せんこう。丁度、羽虫の針と同程度の穴だ。

 激戦の最中、ザクロは羽虫の一匹を死角に忍ばせ、香梨紅子に毒の一刺しをお見舞いしていたのだ。

 死した肉体といえど、神経はある。

 毒が全身を駆け巡って、太刀を握れなくなるまでさほど間もないだろう。


「せめて、ネズミの花だけでも、持ち帰りたいものですが」


 右手で太刀を握り直し、左手で手綱を握りしめる。

 視界の先では、ザクロがネズミに耳打ちをしているところだった。


「何をするか見ものです」


 死体の顔で微笑みを送ると、娘の面差しが怒りに歪んだ。


「イツマデモワラッテンナヨ、クソババアアアアアアァッ」 


 咆哮と共にザクロが地面に降り立ち、駆ける馬体へと突貫した。

 地面に倒れ伏しそうなほどに姿勢を低く駆けている。

 肉体の限界まで、獣ように低く、低く、低く。


「………」


 紅子は鼻白んだ。今の仮初の肉体を使う香梨紅子は暮梨村に居る〝本体〟と違い非力だということは見抜かれている。故に、馬の四肢を断てば逃走できるという魂胆だろう。

 姿勢を低く馬体の下に潜り込み、馬の蹄に肉体が砕かれようとも、肉体を回復しながら刀を振るう気であると。

 母の与えた回復力に甘んじた突貫作戦。その試みに怒りさえ覚え、その企みを踏み砕こうとした。


「考えなし、あなたはいつまでも成長しませんね」


 容赦なく振り下ろされる獰猛な蹄。

 間もなく、砕かれた娘の顔に赤い花が咲く。

 そのはずだった──。


 しかし、放たれた馬脚を、ザクロは刀で受けるでもなく、両手を使って掴み取っていた。


「オォオオオオオオオオオオオオオオ!」


 次には馬体の下に潜り込んで、その胴体を怪力で持ち上げる。

 奇行。あまりの狂気に、香梨紅子は驚愕した。


「そんなものはッ──」


 馬の後脚で蹴り上げればお終いだ。

 だが、その瞬間。低く、鼓膜を支配する激しい音が地面から轟く。

 刹那、香梨紅子は馬ごと頭上高く舞い上げられていた。


「──ッ!」


 桜の大木だ。ミカンの能力で作り出される万年桜が、突如とし馬体の下で咲き誇ったのだ。

 ミカンが二人を逃すために振り撒き続けていた桜の種子、その一つが地面に落ちることなく、ザクロの着物の隙間に入り込んでいたのだろう。

 姉が生み出した命の結晶、それを馬の脚を止めさせて、ザクロは地面に植え付けたのだ。


「小賢しいッ」


 吐き捨てて、香梨紅子は空中で逆さまになった馬体を立て直そうとした。

 しかし、その思惑は、握りつぶされる。


 唸りを上げて迫り来る、涙する獣に。


「わぁあああああああッ!」


 ネズミだ──桜の花びらを引きつれるように、空中から突撃してくる。

 低く走るザクロに気を取られた一瞬の隙を突き、ネズミは聳え立つ桜の大木を駈け登り、こちらに向けて飛び込んできたのだ。


 夜闇を裂くように飛んで来る灰色の体毛に、紅子は思わず呼気を漏らす。


 ──ああ、私としたことが。


 窮鼠は猫を噛むと、まざまざと見せられていた。

 それでもなお、侮ってしまった。

 秘する花を咲かそうとも、右腕を断ち切られようとも。

 手のひらの上で踊らせているだけであると、神の奢りを胸に抱いていた。

 

 瞬きよりも短い刹那、そんな自責の念を回していると。

 やがて、強烈な一撃が訪れる。


「グッ───」


 ネズミの渾身の体当たりが香梨紅子に炸裂し、馬の上から引きずり落とす。

 握っていた手綱も千切れ跳び、盛大に空中に投げ出された。


「──活ッ」


 気合一発、仮初の肉体の身体能力を極限まで高め、紅子は着地の衝撃に備える。 

 全身から火花を散らし、腕で受け身を取り、足で地面を削って地上に降り立つ。 


 即座に態勢を整えた紅子は、急ぎ、吹き飛ばされた馬に視線を配ると。


「────ゴゥ───ヒゥ」


 地面に転がった青鹿毛は、ザクロの白刃に心臓を貫かれていた。


 

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