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花の羅刹✿ 【第三部準備中】  作者: 再図参夏
第壱部 羅刹の世界
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第二二話 決断

 ネズミの視界の先で、鮮血と火花が舞い踊る。

 二つの剣線を掻い潜り、白刃を振るうザクロが妹二人の肉体を切り裂いている。


 モモとカリンは負傷を物ともせず、果敢にザクロに斬りかかる。

 そんな惨憺さんたんたる攻防を、竹林の片隅で見守るネズミの目には、わずかにザクロが優勢に見えた。


 願わくば、このままザクロの勝利で終わってくれたらいい。

 それなら自分の出番は回ってこないのだから。


「クソガァアアッ!」


 突如、ザクロが苛立たしげに叫声を上げた。モモとカリンの立ち回りが変わったらしい。

 二人は時間稼ぎをするように、ザクロの間合いに入ってはすぐに離脱。

 真っ向からの打ち合いを避けはじめた。


「そろそろ刻限ちゃなかか? 動きが雑になっとうなぁ」


 モモの言葉が示すように、急激にザクロの動きが病人のように重くなる。

 額には汗を滲ませ、血に濡れる双眸は焦点が定まらず焦燥の色を帯びはじめた。


「ゴッ──」


 カリンがザクロの背後から振り下ろした一刀が背中を横断した。

 傷は即座に回復の火花を上げるも、その回復の速度もやけに遅い。


「オラァアアア!」


 体勢を崩したザクロの顔面にモモの蹴りが命中する。

 地に転がされたザクロは、四つん這いになって肩で息を切らす。

 そして、打刀を杖にして、痛ましく起き上がるのだ。


「ありがとよ……おかげで親知らずが抜けた」


 皮肉をひとつ垂らし、吐血と共に奥歯を吐き捨て、袖で口元を拭う。

 その様子に、モモとカリンからねぶるようなあざけりが飛ぶ。


「そこまで強がれるなら重畳ちょうじょうちゃ。まだバリ楽しめそうやのう」


「愚かにも程がある。苛められるのがそんなに好きか?」


 ザクロは力の無い笑みで応える。


「いいや、もう飽きた。馬鹿な妹の相手は疲れるわ」


 帯に指を這わせ、覚悟を決めるように一息吐く。


「お姉ちゃん忙しいから、二人で大人しくあやとりでもしてな。ちょっとは女らしい遊びを覚えなさい。ああ……馬鹿だからあやとりの仕方もわかんねえか」


「馬鹿はキサンちゃ!」


 怒声を合図に、二人がザクロに向かって突撃する。

 遠くで見守るネズミは、また眩暈がするような斬り合いが始まる、そう思った。


「単純だね、お前らは」


 二つの白刃が振り下ろされる刹那──

 ザクロは姿勢を低く地面に身を滑らせ、二人の間を颯爽と通り抜ける。

 そして滑る肉体を回してでんぐり返り、足を地に着けた直後。

 懐から〝黒い何か〟を取り出した。モモの能力で産み出した大蛇だ。

 先程、両断した蛇の死体を懐の中に隠し持っていたのだ。


 慌てて妹二人が振り返った瞬間、ザクロは打ち水を撒くように腕を横に薙ぎ、大蛇の死体から鮮血を噴射する。


「貴様ッ、また」


「ガアアッ、私の蛇を!」


 鮮血は見事に二人の眼球に命中し、視界を潰して怯ませる。


「じゃあな、阿呆ども!」


 悪態を巻いて、ザクロは脱兎の如く逃走する。もう大立ち回りを演じる気はないようだ。

 だが、その進路は──ネズミの佇む場所と重なった。


「ドブネズミ、今やッ、捕まえちゃれ!」


 名を叫ばれ、ネズミの心臓が跳ね上がる。

 お鉢が回ってしまった。既に二〇歩の距離にザクロは迫っている。


 ネズミに決断が迫られる。

 ザクロの捕縛は神からの命令だ。

 背くわけにはいかない。

 身の振り方を決めなければならない。


 瞬時に、ネズミは浅ましい打算をはじき出す。


 ──よし。


 ザクロの駆ける進路を遮って、ネズミは大きく両手を広げて待ち構えた。

 間抜けな格好だ。素直に捕まる方がどうかしている。

 だがこれで良い。間抜けなフリをすれば万事解決だ。


 ザクロが進路を切って、左右のどちらかに逃げてくれるはず。

 もしくは、ネズミの顔面に一撃浴びせて転がしてくれれば尚良し。

 自分は大の字にノビていれば、それで手番は終わりだ。


 しかし、そんなネズミの願いは叶わなかった。


「ああ……お前まで駆り出されちまったか……」


 ザクロの足運びが急激に緩んで、破気のない歩みに変わってゆく。

 そして三歩の距離で立ち止まり、刀を鞘に納めて一つ息を吐く。


「……ごめんな」


 どうしたというのか、ザクロは悲痛に顔を歪ませてネズミの眼前に静かに佇んだ。

 その不可解な行動に困惑を極め、ネズミは声を落として絞り出すように問う。


「なんで逃げないんですかッ」


 目の前に佇む木偶の坊なぞ、簡単に通り越せるというのに。


「お前にまで迷惑かけちまうなんて。どうして想像できなかったんだろうな」


 ──違う。そんなことを聞いてるわけじゃない。


 ネズミは必死に瞳で訴える。逃げてくれと。

 しかし、その瞳の色を見てもなお、ザクロは首を横に振るばかりだった。


「……もう無理だ」


「無理じゃないでしょッ、今からでも走れば──」


「聞こえないか? 足音が」


 その問いに、ネズミは背筋を冷たくした。

 そして、ゆっくりと首を回して背後を伺う。


 彼方に平伏する、四女と五女。

 肌に纏わり付く、仄かな冷気。

 妖しく波を打つ、衣擦れの音。

 遠くで聞こえる、葉を踏む音。

 刻限を宣告する、花を踏む音。


 香梨紅子こうなしべにこの──羅神の足音だ。


 わかってしまう。飼い慣らされた犬ように。

 主人の音がなぜだかよく聞こえる。


 風にしなって竹の節が軋む音。

 枝から落ちた笹の葉がひらりと舞う音。

 それらが絶えず鳴っていると言うのに。

 神の足音だけが、やけに輪郭を帯びていた。 


「まさか、私なんかのために出張ってくるとは……年に数度しか出てこない母上が」


 どんなに追い詰められようとも強がっていたザクロの声音が、ひどく鬱々としていた。

 ネズミはその声を聞き届けると、


「逃げましょう」


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