1 貴様はクビだ!
「宮廷掃除係のリンナよ、貴様はクビだ!」
いつものように朱塗りの長廊下を掃いていたら、怖い顔のおじさんに突然そんなことを言われた。
鳥が逃げ出す剣幕だった。
女中たちも何事かとこちらをうかがっている。
「フンン――ッ!!」
この鼻息荒いおじさんは新任宰相のボンダルキンだ。
宰相といえば、皇族の次に偉い人である。
たしか、宮中財政の立て直しを公約に掲げていた人だったはず。
じゃあ、私は無駄な支出とみなされたってこと?
「クビって、私がいないと宮の掃除をする人がいなくなるんだけど」
「宮に掃除など必要ない! ――見ろ!」
ボンダルキンは床の隅を指で拭って、人差し指を私に突きつけた。
「塵ひとつないではないか!」
「それは私が掃除しているからで……」
宮は庭の石ころひとつとってみても何もかも新品のようにピカピカだ。
とても築城1000年とは思えない。
それもこれも私が毎日せっせと掃除しているからだ。
12歳で宮に入って早1000年。
1日も休むことなく、たった一人で掃除を続けてきた。
それなのに、いきなりクビって……。
「黙れィ! 帝のおわすこの宮は聖域なり! 元より汚れなど存在しないのだ! ゆえに、掃除係も不要! むしろ、掃除係の存在そのものが宮に汚れアリと公言しているようなものではないか! 貴様の存在は宮中の汚点じゃ! 我輩は宰相として断じて見過ごせぬ! 帝の名のもとに貴様を放逐してくれるわッ!」
首でも絞められるんじゃないかってくらいの迫力だった。
まあ、雇用主がそう言うなら私は従うしかない。
掃除なんて誰にでもできるからね。
少し寂しいけど、それが事実だ。
「退職金は出るんだよね?」
気を取り直して訊いてみた。
「まあ、そのくらいなら出してやらんでもない。宮がブラックなどと言われてはかなわんからな。で、いかほどになる?」
「ええっと、雇用主都合の解雇の場合、退職金は勤続年数×30万ゴレットが一般的だよね?」
「うむ。そのとおりだ」
「私の場合は勤続1000年だから……」
ざっと3億ゴレットか。
さらに、10年毎に100万ゴレット加算されるから、合計すると、
「ざっと4億くらいだね!」
「そんなに出せるかヴォケ――ッ!!」
怒鳴られた。
今まさに無駄な税の支出を抑えようとしている人だもんな。
億なんて言葉、聞きたくもないよね。
でも、退職金は労働者の当然の権利だよ?
払わなければブラック確定だぞ。
「そもそも1000年も勤めたなどとデタラメをぬかすな! 見たところエルフのようだが、1000年前といえば皇国がまさに建国したときではないか!」
「そうですけど?」
私は宮の最古参メンバーだ。
昔のこと過ぎて覚えている人はみんな死んじゃった。
寂しいね。
「ちなみに、宮を朱塗りにしたのは私のアイデアなんだ」
これは、一生の自慢だ。
「始皇帝の御子を取り上げたのも私だよ。難産で大変だったなぁ」
証拠になればといくつか思い出を掘り返してみたら、ボンダルキンの顔が見る見るうちに赤くなって火山みたいにドカンといった。
「嘘をつくなァ! この大ホラ吹きの耳長娘めが!」
嘘じゃないんですけど!?
「出て行けッ! 出て行かぬというなら衛兵を呼んでつまみ出すぞ!」
「退職金は?」
「貴様みたいな役立たずに払う金などないわ!」
というわけで、私は宮をクビになったのでした。
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