敵の女幹部に転生したので推しである主人公を応援してたら、なんか殺されるどころか保護されたお話
現状説明。
暴走車に命を奪われたと思ったら大好きな漫画の世界に転生した。
推しである主人公(見方によっては女の子みたいに見える可愛い見た目のヘタレ系男子)の敵陣営の女幹部になってた。
前世の記憶を取り戻したのが本編スタート直後。
終わった。
「ということで、どうせ死ぬの確定ならば好き勝手に原作改変してやろう」
そう、それこそが私がこの世界に転生した意味だと信じて。
いや、だってこの漫画我が推しである主人公一史くんに物凄くシビアなんだよ。
一史くん以外の仲間全員死ぬんだよ。
一史くん可哀想過ぎるし、原作通りに進むと私一史くんに殺されて死ぬし。
だったら一史くんの敵として死ぬより組織を裏切って死ぬ方がまだね。
「ということで早速現場に向かいましょう」
まずは、一史くんの村が焼き討ちにされるのを防ぐことから始めましょう。
「…や、やめろぉおおおおお!!!」
現場です。
普段ヘタレな一史くんが、村を襲おうとしてる我が組織の幹部の一人…屍くんにタックルしました。
しかし一史くんの抵抗も虚しく屍くんが村を焼き、その火災で一史くん以外の誰も助からないのが本編なのですがそうは問屋が卸しません。
「ははははは!我らが白蛇様に従わない村はこうだぁ!!!」
屍くんが火の玉をあちこちに降らせますが…私こと凪は水の使い手。
ですので。
「はい、ストップ。やり過ぎは良くないわ」
そう言って、私は村全体に雨を降らせる。
結果火が村に回ることもなく、誰も犠牲にならなかった。
「凪!てめぇ裏切る気か!?」
「まさか。でも、白蛇様は村を焼けなんて命令は出してないわ。この村の宝を持ってこいと言ったのよ。村を燃やしてどうするの」
「う、それは…」
「私が宝を探しておくから、貴方はさっさと帰って反省文を白蛇様に提出なさい」
「ぐぅっ…」
幸いにして、屍くんは自分の力を過信して手下は連れてきていない。
そしてこう見えて根は素直な性格なので、自分が悪いと思えば従ってくれる。
なので誤魔化せた。
「…宝を見つけられなかったら、お前も反省文だからな!」
「ふふ、もちろんよ」
余裕たっぷりに微笑んで追い返す。
屍くんが見えなくなってから、一史くんに向き直る。
「…これで大丈夫かしら」
「え、あ、え…」
「これから言うことをよく聞いてね」
状況が飲み込めていない一史くんに向かい合い、要点だけをまとめて伝える。
私や屍くんが世界を滅ぼさんとする組織の幹部だということ。
その組織を神と人の子の末裔である一史くんが壊さないといけないこと。
組織のボスの白蛇様を倒すには一史くんがこの村の宝剣を使って首を切らねばならないこと。
時々その手助けをしたいと思っていること。
「…そういうわけだから、頑張って」
「え、えええええ!?お、俺には無理だよぉ、絶対殺されるー!!!」
「そうならないよう力は貸すから。貴方が立ち上がらないと、たくさんの人がさっきのような危ない目に遭うのよ」
私の言葉に一史くんは固まる。
「…それはやだ」
「でしょう?」
「どうすればいい?」
「宝剣を持って、夜の都の幻魔城に来るのよ」
「…どこにあるの?」
一史くんの、ヘタレな癖に人のために頑張れるところが本当に好きだ。
今も、震えた声でそれでも困難に立ち向かおうとしてる。
「水の都の大聖堂の鏡を使えば入れるわ」
「わかった」
覚悟が決まった時の、鋭い目も好き。
「魔物を倒しながら修行しつつ向かうのよ」
「うん…でも、君も敵の幹部なんだよね?どうして俺に良くしてくれるの?」
「貴方のことが好きだから」
「え」
「親に虐待を受けても、友人だと思っていた人達からイジメられても…貴方のことを考えている時だけは幸せでいられた。それだけよ」
前世の環境、最悪だったからなぁ。
通っていた学校内にあるカウンセリングルーム、そこに置いてあったこの漫画だけが幸福の全てだった。
今世も、悪の組織に入るまでは似たような境遇だったし。
「…君、そんな環境にいたの?」
「ええ。悪の組織に入ってからはそんなことないのだけど、昔はね」
我が悪の組織はホワイトでアットホームな組織なので、居心地は良い。
裏切るけど。
ちなみに普段アットホームな雰囲気な分、裏切り者にはマジで容赦ないのでバレた時が怖い。
「でも、なんで俺?初対面だよね?」
「貴方にとっては初対面よ?私が一方的に知っていただけ」
私がそう言えば、一史くんが項垂れる。
「そっか…もっと早く会えていたら、君が悪の組織に入ることもなかったのかな」
「どうかしら」
そんなの私にもわからない。
「とにかくそういうことだから。さようなら」
「え、待って!」
「多分そのうちまた会えるわ」
そして私は組織の基地に帰った。
その後屍くんに捕まって反省文をしっかりと書かされた。
それからというもの白蛇様の目を盗んでは一史くんを助けたり、修行を手伝ったりした。
そんな中で交流を重ねて、私たちはかなり仲良くなった。
敵のはずなのに、信頼されるのが嬉しかった。
一史くんは順当に強くなり仲間を見つけ、その仲間たちすら私のことはよく思ってくれていた。
そして今日。
誰一人仲間を失わず、しかし原作よりさらに強くなった一史くんは…裏切りがとうとうバレて、地下牢にぶち込まれ拷問を受ける私の目の前にいる。
どうも一史くんの仲間たちは先に幻魔城の奥に進んでいるらしい。
「…凪、さん」
「ぅ…あ゛…」
名前を呼ばれ、返事をしたいけど喉を焼かれたから声が出ない。
それどころか、身体中痛いのに涙すら出なかった。
ぼろぼろになった私を見て、一史くんは能面のような感情を削ぎ落とされた顔になる。
私の拷問担当の屍くんは、そんな一史くんを見てキレた。
「なに被害者ぶってやがる!!!お前さえいなければ!お前に凪が惚れなければ!凪がお前のために組織を裏切ったりしなければ!俺は凪を嬲らずに済んだのに!」
そんな理不尽なキレ方あるかい、とは思ったけど。
拷問してる最中も、痛い思いをしている私より余程酷い顔で泣く屍くんを見ていたので何も言えない。
ごめんね、屍くん。
まさか原作では犬猿の仲だった君が私に惚れるとは思わなかったんだよ。
屍くんがミスするたび庇ってあげたせいなのかな。だって君が叱られた犬のようで可愛かったから。
でも、いくら君が可愛くても最推しの一史くんが優先だったんだ。許して。
そう心の中で言い訳していたら、一史くんが口を開いた。
「…なら、俺を殺しにくればよかっただろ。なんで凪さんなんだ」
「白蛇様の命令は絶対なんだよ!俺だってこんなことしたくない!」
「なら、楽にしてやるよ」
そう言って、一史くんは屍くんに不意打ちで必殺技を叩き込んだ。
まさか話の途中で切りかかってくるとは思っていなかったらしい屍くんは、驚いた表情のまま絶命した。
ごめんね、屍くん。
悪の組織幹部とはいえ、君が仲間に対してだけはとても良い人だったことは忘れないから。
本当はどこかに埋葬してあげたいけど、私にそんな余力はないから…本当にごめんね。
「…凪さん、遅くなってごめんなさい」
一史くんは牢から私を出してくれる。
ぼろぼろの私を救い出して、幻魔城の外の比較的安全そうな場所まで連れて行ってくれた。
そして、しばらくが経つと原作でも見た幻魔城の燃え盛る様子が私の目に飛び込む。
白蛇様、裏切ってごめんなさい。
せめてその眠りが安らかでありますように。
そう祈っていると、一史くんとそのお仲間たちが私を迎えに来た。
誰一人欠けていない。
色々な意味で安心して、涙が溢れた。
気がついたら、一史くんの腕の中で眠っていた。
「…凪さん、おはよう」
あれから私は、村に戻った一史くんと暮らしている。
一史くんは国どころか世界を救った功績でお金をたんまり貰った。
仲間たちと山分けしたけれど、それでもなお有り余るお金だった。
そのお金で十分暮らしていけるからと、働かないで家にいてくれる。
その分、身体がぼろぼろの私の世話をしてくれているのだ。
村の人も、かつて助けたことがあるので私を受け入れてくれた。
けれど、私は何もできないし喋れない。
一史くんに申し訳ないから、出て行きたいのが本音だ。
一史くんの手を借りないと移動もできないから、身体が治るまではまだまだ無理だけど。
「今日も凪さんは可愛いね」
幸い、顔だけは無事なので可愛いのはそうだと思う。
「凪」は見た目がとても良いから。
「…ねえ、凪さん。もっと早くに助けられなくて本当にごめんね。でも、その分ずっと一緒にいるから」
いつかぼろぼろの身体が治ったら、出て行くつもりだけど。
それまでは、このぬるま湯のような生活をこのまま謳歌しても許されるかな。
この時の私は、身体が治った頃喉を治す薬を一史くんの仲間の一人が作ってくれて再び五体満足になりそのまま出て行こうとするのを一史くんに全力で止められることとなるとは思っても見なかった。