フェンダー
「みんなが行くからってなんで? あなたの気持ちはどうなの?」
「……今は大学卒業が当たり前なんだよ。卒業しないと良い仕事に就けないんだって」
「良い仕事ってなに?」
「……安定していて、将来が安心する、みたいな……?」
「ふーん、あなたは安定を求めているんだ」
「……」
「安定ってなに? 今なんて不景気だし、安定して稼げるのは政治家くらいなんじゃない?」
「……じゃあ、じゃあ! 私はどうすればいいのよッ! 全員が全員あんたみたいに能天気に生きてると思うな!」
「……安定した収入、安心できる将来、別にこれを否定しているわけじゃないよ。だけど私にはそれよりもやりたい事がある。あなたにはないの?」
「それは……」
「奨学金を借金してまで大学で学びたいことがあるかと言われれば、私にはないかな。それよりも私は歌いたい! あなたの隣で! 私は自分の正直な気持ちに嘘なんかつきたくないッ!」
「……っ」
数年後、私は社会人になった。大学を四年で卒業して就職。絵に描いたようなテンプレート通りの人生だ。
「はぁ。疲れた……」
テレビをつけると、今大人気のロックバンドが映っていた。ボーカルのあの子はあの時と変わらない笑顔で歌っている。
今でもあの時の事を思い出す、マイクだけを取って教室を飛び出すあの子の姿を。
「What color will your someday be?」
テレビの中であの子が私に問いかける。高校の時よりも英語の発音が流ちょうになっていた。私にはわかる、ずっと彼女の声を隣で聞いていたから。テレビの字幕には日本語訳が書かれていた。
「……君のいつかは、何色なんだろう」
私のいつか、将来……。毎日朝に出勤して深夜に帰り、お酒を飲んで寝る。もうこんな生活をかれこれ二年間続けている。代り映えのない毎日、気付けば私は泣いていた。
「楽しいことを楽しいだけ!」
テレビの中の彼女は私にウィンクして言った。
そして生中継も終盤、彼女は水をぐいっと飲んで言った。
「みんな! 今日はありがとう! 私たちはこれからも演奏し続けるからしっかりついてきてね!」
会場でうおーと歓声が上がる。
「そして最後に。みんな、不景気だからって安定なんか目指さなくていいんだよ! 人生は自分のやりたいことを全力でやろう! 安定していたってどうせ最後は土の中だ! なら進もう! 自分の好きを否定しちゃダメだよ!」
私はそのきらきらした目に見とれていた。なんて純粋で綺麗な瞳なんだろう。
ふと私は押し入れの方を見る。
「……全部あんたの言っていた通り、か」
私はゆっくりと歩いて、押入れを思い切りこじ開ける。ぶわっと埃が舞うが、そんな事どうでもいい!
呼吸を整え、それを弾いてみる。なんとも奇妙な音が辺りに響いた。
「あはは、音ずれまくり」
私は久しぶりに笑った。