大地に立つは、未知の鉄巨人
戦闘用の兵器に何を求める、という質問にはいくつかの答えがある。
戦車ならば装甲厚や火力、足回りの良さなどだろう。
航空機ならば航続距離や積載重量。あとはその航空機の種類によって異なってくるか。
では人型兵器は?
その答えは単純明快に、汎用性である。
戦車ほどの走行速度は出ずとも近距離での砲撃すら回避する運動性があればいい。
火力が足りないとしても、確実に急所に当てる事のできる器用さがあればいい。
戦闘機ほどの空戦能力などなくとも、長期間対空出来るだけの出力をもったスラスターを装備すれば対応できる。
特化した兵器に勝る必要性はなく、人型兵器は人型兵器故の利点を突き詰めていけばいいのだ。
「これで何度目だ」
だがその完成には山ほど問題を抱えている。
人類が進化の過程で二足歩行を得た代わりに肩こりや腰痛といった不調に悩まされるようになったのと同様、各部への負荷が尋常ではない。
特に腰と膝関節への負荷が強い。
直接地面と接し、機体重量を支えるだけでなく一歩足を進めるたびに関節に衝撃が伝わり摩耗させる。
「仕方ないだろう。人型兵器なんて誰も作ろうとしなかったんだからノウハウすらないんだ」
「いいからチェック。計算上は問題なく動くんだ」
実験場で一歩足を踏み出した人型のそれは、一歩歩いただけで脚部関節に異常が生じた、とコクピットのディスプレイに表示する。
機械が自動的に検出したそれを信用しないわけではないが、やはり確実なのは自分の目で確かめることだ。
すぐさま異常のでた膝関節の点検に入る。
「うーん。特に目立った破損はないぞ。これセンサーが過敏なんじゃないの?」
「あーありえるな。センサー類の感度調整してみるか」
「それより装備は使えるんだろうな。そっちのほうが不安だ」
「そっちは問題ない。あとはコネクターとの接続で認識されるかだが……あ、今ケーブルでつなぐ?」
「バカいうな。室内で発砲テストする訳ねえだろ」
完全に人型の兵器というのはこの世界の誰しもが挑戦しようとしてこなかった未知の領域である。
人間大のただ歩くだけのものとは違う。
生身の人間ができる行動をほぼそのまま実現することが求められている以上、姿勢制御や衝撃からの保護などの問題が付きまとう。
それらの問題を解決し、今ようやく起動実験にこぎつけたのだが、一歩歩くだけでこれではまだ先は遠いように思える。
「よし。チェック終わった。やっぱり問題はないぞ」
「了解。動かすから離れてくれ」
作業員たちが退避するのを確認し、再び鋼鉄の巨人は立ち上がり歩みを進める。
一歩。また一歩。
今度はエラーひとつなく歩みを進めた。
それだけで現場は歓喜の声で満たされる。
だがその歓声はすぐにけたたましく鳴り響くサイレンによってかき消される。
『基地の南西に敵機確認。迎撃せよ。繰り返す。敵機確認、迎撃せよ』
「マジかよ……戦闘だと」
「数はわからないのか」
機体に備え付けられた通信装置で基地の管制へ訪ねる。
『戦車が十二。航空機の数は不明。少なくとも爆撃機はいる!』
「……こいつで出ます」
「はぁ!? それはまださっき歩けるようになったばかりで……」
「そこらへんは動かしながらOSを組みます! それに、どのみちでないと数が足りないでしょ!」
無茶苦茶なことを言いながら、シートに座りハッチを閉めて機体を歩かせる。
一歩。その一歩が遅い。もっと早く。そしてそれでいてバランスを崩さないように。
「武器は……」
壁に掛けられた専用装備のレーザーライフルとヒートブレードを内蔵したシールドを手に取り、それを装備するなり、実験棟の屋根が攻撃で吹き飛んだ。
これ幸いと、スラスターを全開にし、一気に跳び上がる。
「ぐっ」
すさまじいGが身体にかかる。それに耐え、モニターに映し出される光景を見る。
その瞬間に鳴り響く接近警報。
とっさに左腕のシールドを構えると、そこめがけて敵の戦闘機が突っ込んできた。
真正面からの衝突と爆発で機体はバランスを崩しながら後ろへと弾かれる。
「ったぁ、っと!」
全身のバーニアを細かく噴射して姿勢を制御し、墜落を回避しつつなんとか着地する。
左腕の機能は生きている。
戦闘速度で突っ込んできた戦闘機がぶつかってもなお異常の一つもない堅牢さ。
「やっぱりセンサーの感度が強すぎたんだな。こいつめ、無駄な時間を取らせやがって!」
腰にマウントさせたレーザーライフルを手に取り、その照準を頭上を通る爆撃機に向けて一発放つ。
人の体感では一瞬で到達するその閃光はまず外れることはない。
レーザーの一撃を受けた爆撃機はいともたやすく撃ち抜かれ、空中分解しながら炎をあげて堕ちていく。
「次っ!」
一歩踏み出し、そこへ出力を多く回してアスファルトを砕いて跳躍。
まるで人間が走るかのような恰好で、基地の舗装を砕きながら巨人が駆ける。
レーザーライフルを腰に戻し、シールドに内蔵されたヒートブレードを引き抜くと迫る戦車群へと突撃していく。
一見無謀な行動のようにも見える。
事実十二輌もの戦車の多段砲撃はもはや弾幕である。
並の兵器ならばそんなものを避けることはできないし、一発当たって足を止めればその次からは集中砲火を受ける。
だがこの巨人は違った。
その砲弾の雨をシールドではじき、細かいステップだけで直撃を回避してなおも距離を詰める。
「ここっ」
そしてまず一輌が赤熱化した刃による横一文字の一閃で溶断された。
続いてシールドバッシュでその近くにいたもう一輌が横転させられ、丸見えになった底面からエンジン部を外すようにヒートブレードが突き通る。
そして二輌撃破すると両脚をつかって跳躍。頭上に迫った戦闘機をヒートブレードで斬り払い、着地と同時に戦車を一輌踏みつぶす。
「まだやるか!」
即座にヒートブレードを持ち替え、腰のレーザーライフルを再び装備すると手近な戦車から次々と撃破していく。
しばらく撃ち続け、レーザーライフルのエネルギーが切れて発砲できなくなって初めて気づく。
あたりにあるのは廃車となった戦車の群れと、墜落した戦闘機のパーツだらけとなっている。
「終わった、のか?」
機体に備え付けられたセンサーでは敵機の反応を確認できない。
唯一探知できた航空機らしき反応もこちらから離れていっている。
おそらく、この戦闘で起きたことを報告するつもりだろう。できれば阻止したいところだが、もはや機体が耐えきれなかった。
全身のいたるところがエラーを出し、ステータスを表示するモニターは危険な状態を示す赤一色に染まっている。
「まあ、試作機なんてこんなものだろ」
ハッチを開き、外の空気を吸う。
「こんなにも空気が美味いと思ったことはないな」
『そんな感想はいい。実戦はどうだった?』
「最悪だ。酔い止めが欲しくなる。それ以外はすげー機体だぞ、こいつは」
これが世界初の人型兵器による戦闘記録である。
のちに、この試作機は多種多様なオプション装備も開発され、正式に量産化も決定することになる。
同時に、正式名称も与えられた。
舞台に合わせて役柄を変え、ありとあらゆる状況に対応する人型兵器――俳優と。
・登場機体解説
試作型アクター
人類発の人型兵器として生産されることになるアクターの試作型であり、人型兵器という未知の領域に挑戦した試作機であり装備実験機。
まだまだ実験機の領域は出ないものの完全な二足歩行を可能とし、当初の予定通りの性能とはいかないまでも新機軸の機動兵器の開発という点においては及第点以上の仕上がりとなっている。
状況に合わせて装甲と装備を取り換える仕様であり、アクター本体はフレーム部分のみを指す。
初陣において装備していたのは最も標準的な装備となるA装備。なお装備はA~Zの計二十六種類計画されている。
うち試作型アクターが完成した時点で完成していた装備はA装備以外にも、中距離支援用のB装備と近接戦闘能力特化型のK装備、そして対有人人型兵器戦を想定したY装備の計四つ。
この時点ではショックアブソーバーの性能が機体性能に追いついておらず、パイロットには多大な負荷がかかっておりその加速は殺人的。
当然ながら正式採用された量産機ではこの欠点は解決されているが、この機体の初陣における活躍は偏にその際に乗っていたテストパイロットがこの機体の扱いに慣れ、殺人的加速に耐えられるだけの身体能力を持っていたという点にある。
なおアクターという名称は開発コードがそのまま正式名に採用された名称である。