第四話 覚醒
魔界の王であり、魔を統べる者。
最も神界から遠くに位置する者。
そして、最も神に嫌われている者。
魔王。
「......力を貸せ、魔王」
瀕死の人間にとどめを刺そうとした時、地の底から唸るように濃密な魔力が這い上がってきた。
地上のものとは比べ物にならない魔力。
本物の「魔」力である。
「な、なんだこの膨大な魔力は!?」
自身ですら体感したことのない濃密な魔力。
それは先ほどまで嬲っていた者の手に渦巻き、なにかを形作っていった。
やがて、先程までの魔力は全て無くなり、嬲っていた者の手には剣らしき物があった。
全てを呑み込むと錯覚させるほどの漆黒。
溢れんばかりの魔力を携えたその剣は、自然と自分に恐怖を与えた。
その剣は自分を殺すことができる。
そう認識するのに時間はかからなかった。
だが、剣の持ち主は瀕死。
なにを恐れることがあろう。
「早く食わねば」
瀕死の人間に近づいていくと、その人間はゆっくりと立ち上がった。
熱い。
体の内側が溶岩のように熱い。
と同時に、今まで感じたことのない魔力を感じる。
......これが魔王の力か
力を実感していると、即座に今まで負った傷が再生されていくのを感じた。
力が溢れる。
ゆっくりと立ち上がり、いつの間にか持っていた剣を注視する。
素晴らしい。
あのブランチが持つ太陽神剣すらこの剣の前では木の枝も同然。
そう思わせるような力をこの漆黒の剣からは感じた。
「......なにが起こった。 貴様は先程まで瀕死だったはず」
心底不思議そうに猿が聞いてくる。
ゆっくりと剣から視線を上げ、猿を見る。
ふと、笑いがこみ上げてきた。
こんな雑魚に俺は恐怖していたのか。
「フフ。ただ単に神を見限っただけだ」
「なに?」
「理解できないか。まあそんな低能だと理解できないか」
「なんだと? この獣の王である我を侮辱するか!」
「獣の王だか糞転がしだか知らんが黙れ。うるさい」
「人族の分際で我を侮辱するナァァ」
おっと。
自分の力に酔いしれるあまり、雑魚を煽ってしまった。
雑魚は激昂した様子で、こちらに向けて殺意を向けてきている。
だが恐怖は湧いてこない。
赤ん坊に殺意を向けられて怖がる人間がいるだろうか。
いや、いない。
もはや獣の王は俺の前では赤ん坊と同じ存在となっていた。
「我を本気にさせたのはお前が初めてだ。後悔せよ、人族」
ガングリオンは体勢を低くし、脚に力を込めたかと思うと、即座にこちらへ突進してきた。
遅いな。
前まで目で追うことすら出来なかったのに、今はあくびが出るほど遅く感じる。
やがて、ガングリオンの拳は俺へ到達したが、避ける必要もないと判断した。
俺の顔面とガングリオンの手が接触した。
ボギャ
骨の折れる音と共に膝を地につけていたのはガングリオンだった。
「くっ......。なぜ我の拳が効かない!」
「ただ単にお前の拳が貧弱すぎるだけさ」
実際、間違ったことは言っていない。
漆黒の剣から伝わる魔力により硬質化された俺の皮膚は、獣の王の骨さえ砕くほどになっていたのだ。
つまり、ガングリオンは俺を殺せない。
つくづく魔王の力は規格外だと感じた。
......呑み込め
不意に、何者かの声が聞こえた。
しかし、自然とその声は漆黒の剣から伝わってきたと分かった。
つまり、魔王サタンの意思である。
こんな俺に力をくれたんだ。
喜んで応えよう。
俺は、目の前で手を押さえて蹲っている猿に目を向けた。
「じゃあな、獣の王」
別れの挨拶を終えた俺は、剣を地に刺し、唸るように宣言した。
「全てを呑み込め、神喰剣」
直後、地下から膨大な魔力がこの剣に集まってきた。
いや、魔力よりも力を持ったものだ。
それは神喰剣に集められ、やがてガングリオンへと放出された。
ブラックホールよりも暗いそれは、容易くガングリオンを包み込み、やがて霧散した。
後にはガングリオンの細胞一欠片さえ残っていなかった。
「凄まじい威力だな、こりゃ」
獣の王をいとも容易く倒すあたり、規格外の力を秘めていることは赤ん坊でもわかる。
さて、どうするか。
この後の動きは決めてある。
まずはクラスメイトにそれ相応の罰を受けてもらはないといけないな。
特にあのクソ野郎には今までの分借りを返さなければならない。
今頃国内へ通ずる門辺りにいるだろう。
今は泳がせておくか。
一ヶ月程経ったらヒョイと顔を見せてやる。
死んだと思っていた俺がいきなり現れたらどんな反応するだろうか。
フフ、楽しみになってきた。
だが、いろいろやる前にコイツでなにができるか確認しておかないとな。
いざクラスメイトと会ったときに、今まで通りの雑魚だと目も当てられない。
とりあえずこの漆黒の剣改め神喰剣を仕舞わないとだな。
ただ、神具顕現の時のように虚空へ仕舞うということはできない。
なにせ「神具」ではないのだから。
「どうすっかなー」
いっそそのまま帯刀しておくか?
色々思案していると、先ほどと同じように声が聞こえた。
我と主は一心同体。
それ故に主はいつ何時でも我を取り込むことができる。
逆もまた然り。
ほう。
つまり、神喰剣は「仕舞う」のではなく「取り込む」方が正しいらしい。
俺は地面に刺したままの神喰剣に手をかざし、自分の中に取り込むように意識した。
すると、今まで神喰剣を形作っていた濃密な魔力が崩壊していき、俺の掌へと吸収されていった。
瞬く間に魔力は俺に吸収されてしまった。
ドグンッ
その瞬間、俺の心臓の奥底が大きく脈動したのを感じた。
それと同時に、先程までとはいかないものの、凄まじい力が溢れ出てくるのを感じた。
あと、魔王の神々への強い怨念も。
俺と魔王の考えることは一緒だ。
......神を滅ぼしてやる
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