クラッシュ&ブロウ③
「ブロウ、左腕の『ギア』を変えろ」
「ククク……了解」
クラッシュが破壊された左腕に新たな『ギア』を装備しなおす。
「まあ、替えはあるよな……ツノル。パワータイプの持てる『ギア』ってどれくらいだ」
「変なスキルを付けてなければ一か所平均2.3個……つまり、二カ所はサブを含めて3つのはず」
パワータイプのドールに関してはツノルの言うとおりであり、対し、オールラウンドタイプは部位平均1.8個。
つまり、オールラウンドタイプのドールには一カ所『ギア』の替えが無い部位ができる。
勿論、一カ所に替えのギアを集中させるということもできるが、基本的に『ギア』の替えは平均的に振り分けるのが最適とされているため、ここでは考慮しない。
因みにここで言う変なスキルというのは、基本的にどの『ギア』でも採用されている『ギアの容量上限を増やすスキル』以外のスキルのことであり、上述の平均よりも『ギア』の数が多いということは有り得ないのである。
マキナリの装備している『チートギア』はこれに該当するため、マキナリの場合では二カ所『ギア』の替えを持ち込むことができなかった。
どの部位について替えを諦めるか二人で検討した結果、他の『ギア』で守りやすい頭部と胴体部の『ギア』を諦めることで決着していた。
「二カ所か……まあ、普通に考えれば両腕だろうな。そして左腕は残り二つと……」
「ボディ、もう一回喰らったら替えが無いぞ」
「分かってる……が、どうしたもんかな」
クラッシュの左腕を一度破壊したものの、マキナリの胴体部と右腕が半壊しているため、絶対値で言えば平行線なのである。
「『チートギア』も、あまり何度も使わない方がいい」
「そうだな……一旦普通のと交換しよう」
そのうえ、『チートギア』は観客間では『いくつものスキルが重なり合う限定された条件下でのみ一撃粉砕が可能なギア』といった代物と思われているため、この状態を維持するためにも濫用はできない。
つまり、ダメージレースでそもそも負けているのである。
そのことはマキナリ、ツノル両者とも重々承知しており、それ故勝利の糸口を掴むことができないでいたのだ。
しかし、そんな裏事情を知らないクラッシュとブロウも、同じく攻めあぐねているのであった。
「ククク……クラッシュ、まいったな。あの攻撃の発動条件が分からねえぜ」
「ちっ……」
解決の糸口を探すため、両者改めて思考する。
両者間に再び沈黙が流れる。
(一体なんなんだあれは、カウンター型なのか? それとも蓄積された『ギア』のダメージによって発動するものか? 俺が攻撃した『ギア』は両方、壊れてはいなかった。つまり破壊されて発動するものでは無いはず。しかし、それ以外の条件で発動するスキルであんなに攻撃力を得ることができるのか? ならばやはり複数の条件なのか? 今、奴が攻めてこないのはもうスキルの発動条件から外れてしまったからなのだろうか。いや違いない。奴が『ギア』を変えたのが何よりの証拠。奴はもう発動条件から外れている。なんにせよ、あの一撃を喰らうまでは『アーム・ストロング』で抑え込むことができていた。いくら相手の攻撃力が高かろうと問題ない。ここはやはり、『アーム・ストロングで迎撃』だ!)
(恐らく奴はもう一度迎撃を試みるだろう。奴のリーチがある以上、潜り込んで攻撃は難しい。そして『アーム・ストロング』の分、ダメージレースでは間違いなく不利……)
今までのことを思い出す。今回の戦闘だけではなく、大磯ゲームセンターでツノルから教わったことも、全て……
(……本当に不利なのだろうか)
その時、閃く。
「……ツノル」
「だめだ、悪いけど思いつかないよ……」
「消耗戦で行こう」
「……は!? 消耗戦は不利だってさっき自分で言ったろ!??」
「あれは無しだ」
「そ、そんな意見がコロコロ変わって、信用できるかよ!」
「大丈夫だ。俺はこのくだらない我慢比べの必勝法を見つけたんだぜ」
必勝法と聞いて、ただでさえ『チートギア』というインチキを使っているのにツノルはますますインチキ臭く感じた。
「あーあー、聞こえるかクラッシュ」
全体チャンネルでクラッシュに声を掛けるマキナリ。
「なんだァ? わりィけど挑発には乗らねーぜ。俺はここから動かない」
「いや、それでいい」
「……なにィ?」
「俺の『ギア』の秘密は解けたか?」
身構えるクラッシュにマキナリが指を指す。
「もっかい一撃で壊してやるよ」
そう言い放つと走ってクラッシュへと向かい始めた。
「長く続いた沈黙を破ったのはマキナリ選手だーーーッ 相手の方へと向かっていくーーーッ」
「すごいなマキノリ、もう分かったのか」
観客が盛り上がる中、それとは対照的に静かにモニターを眺める少年がいた。ユースケである。見物する彼の顔には笑みが浮かんでいた。
そんな彼に声を掛ける一人の女性がいた。
「あら、珍しいじゃない」
飴の咥えられた口をもごもごとさせながら声を掛けてきた女性は、小顔に対して大きすぎるサングラスをかけ、履いているホットパンツが半分隠れる程の、ダボっとした大きめの目立つピンクのパーカーを身に纏っている。
女性の被るつばの真っすぐなキャップからは、金色のツインが腰まで垂れさがっており、キャップから様々な色の混じるダッドスニーカーまで、全て同じスポーツブランドで揃えられていた。
「あ、久しぶり。えっと、ジュ……」
「ジュピターよ」
「そう、それ」
「相変わらずね」
その様子から、彼に名前を忘れられるのは初めてではないようだった。
「あんた、普段だったら同じリーグのプレイヤーの勝負でも2分も見たら別のゲーセン行って練習しているじゃない。なにかあったの」
「いやそれがさ、今回の相手は面白そうでね。明らかに初心者みたいな動きをしてると思ったら、パワータイプの『ギア』を一発で壊しちゃって。かと思ったら今度はこのゲームのコツを掴んだみたいなんだよね」
「一撃? 一体どんな状態だったの?」
一撃という言葉にジュピターと呼ばれている女性が驚く。
「地面に抑え込まれてる状態だったかな」
「ふーん……じゃあ、カウンター系かしら。でもそれくらい珍しいことじゃないじゃない」
「ま、スキルならそうだけど。でもほら、見てみてよ」
画面にはクラッシュの『アーム・ストロング』にしつこく突っ込んでいくマキナリの姿があった。攻撃はもちろん全てアームストロングに返され、アームストロング側のダメージはゼロといったところだった。
殆どの観客には明らかにマキナリが一方的に消耗しているように映っていたが、ここにいる二人にとってはそうではなかった。
「……ふぅん、まあ、もし本当に初心者ならうまい方かもしれないわね」
「そんな言い方してると、負けた時保険がきかないよ?」
「私が負ける訳ないでしょ」
女性は静かに、しかしハッキリとそう言い放った。
「おらあああああ」
大声で叫び、己を鼓舞しながら何度もクラッシュに突っ込んでいくマキナリ。
「『アアァァム・ストロオォォォンンングッ!』」
しかし当然、三回目の『アーム・ストロング』を発動され、左腕で弾かれてしまう。マキナリの左腕が音を立てて壊れる。
「へッ! 馬鹿がよお! お前の攻撃力がいくら高くても結局俺の『アーム・ストロング』には敵いっこないのさ」
「ちっくしょおおぉぉぉ」
立ち上がり、再び左腕に突っ込んでいく。
(何やってんだよマキナリ! 結局気合なのかよ!)
「おうおう、素直に突っ込んできてくれてありがたいぜ! 当てやすくてよ! 『アーム・ストロング』!」
飛び込んだマキナリの左脚にクラッシュの『アーム・ストロング』が炸裂し、『ギア』が吹き飛ぶ。
「んがあっ」
吹き飛ばされたマキナリの勢いは地面に落ちても留まらず。しばらく転がったところでようやく止まった。
「ンハハハハ。よく転がるなあ! 性格もそんだけ転がるくらい丸けりゃいいんだけどなァ!」
「マキナリ!」
しかし同時にクラッシュの左腕も音を立てて崩れ、本体が露出する。
『アーム・ストロング』が切れる度に、その隙に腕に攻撃を与えていたのだ。
「ん? また『アーム・ストロング』が切れたところに攻撃されたか? まあいい。左腕一本だけでお前の『ギア』を二つも壊せたんだからなァ。しかも『ギア』の数はもともと俺の方が多い。相当差ができちまったなァ? ダークなんとかさんよォ。ブロウ、替えをよこせ」
クラッシュの左腕に替えの『ギア』が装備される。
「やっぱり腕の替えの『ギア』は三個か……! マキナリ、大丈夫か?」
何度も吹っ飛ばされ『ギア』がボロボロになったマキナリを心配し、声を掛ける。しかしそんなツノルの気持ちをよそに、返ってきたのはあまりにも落ち着いた声だった。
「大丈夫だ。痛みは無いんだからな。ただ少し、画面酔いしたかもしんねえ。まあ大丈夫だ」
ボロボロになった身体を起こし、すぐファイティングポーズをとる。
「さっきまで大口叩いていたのに、もうボロボロじゃねーか。あと二、三発もなぐりゃKOだぜ?」
太い腕を前に伸ばし、マキナリに指を差すクラッシュに、腕を組みながらマキナリは自信満々に応えた。
「ハハ……確かに総ダメージで言えば俺の方が喰らっている。だが問題はそこじゃない」
組んだ腕を解き、横に広げる。
「俺は左脚と左腕を一度ずつ破損、対してお前は左腕を二回だ、この違い、分かるか?」
「わからねえなあ! お前の場合、他の『ギア』だってボロボロじゃねえか! そいつらも今に壊れるぜ!」
「まだ分かんねえのか……なら教えてやるさ! ツノル! 左腕左脚! それと『チートギア』だ!!」
「わ、分かった!」
ツノルがタブレットを操作し、マキナリの無くなった左腕と左脚に替えの『ギア』を、右腕に『チートギア』を装備させる。それと同時にマキナリはクラッシュに突っ込んでいき、クラッシュの左手側から攻撃を行う。
当然、クラッシュは左手でのけん制を目論み、マキナリの右ストレートとかち合う。
『チートギア』はダメージの蓄積によって、クラッシュの左腕は『チート』によって、互いに音を立て、砕け落ちる。
「うおおおおまたやったぞあの眼鏡!」
「やっぱりカウンター系か!?」
「クッ……! またか!」
(『チートギア』は使い切ったが、これで……!)
『ギア』の変更のため、一旦距離を取る。
ツノルは言われずともマキナリの右腕に替えの『ギア』を装備させる。
「……すごい、ホントに一撃ね。やっぱりカウンター系かしら。しかしこれで勝負あったわね」
「勝負はもっと早くの段階で決まっていたよ」
さも当然のように豪語するユースケに、ジュピターが茶化すように返す。
「ふーん。さすが『天才ゲーマー』ね、この結末をもっと早くから予想していたの?」
「このゲームで『待ち』は悪手だからね。大男が攻めなくなった時点で勝負あったのさ」
ユースケの言葉は正にこの『テン・フィスト』の基本とも言えるものだった。
このゲームは格闘ゲームと銘打ってはいるが、その実情はそれと大きく離れている。そしてまた、世に言う対人格闘とも違う。どちらかというとロボットアクションゲーム的な要素が強いと言えるだろう。その理由は大きく二つ。
まず一つは人間で言う急所が存在しないこと。ボクシングであれば顎、ムエタイであればこめかみ等、本来なら弱点となる箇所を守り、狙うというのが格闘の基本だが、このゲームにおいて部位によるダメージ差はなく、強いて言うなら『ギア』が無くなり露出した部位、つまり替えの『ギア』が少ない箇所が弱点となる。
二つ目は『格闘ゲーム的な防御』が存在しないこと。本来の格闘ゲームであれば体力は本体の一本のみとなっており、その全てが『防御』行動によってダメージを抑えることができる。
しかし『テン・フィスト』に置いて『防御』というのは、『守りたい対象のギア』を『他の部位のギア』で肩代わりするということであり、ダメージを減衰させる術は『スキル』以外に存在しない。
そして同じ部位で『防御』し続ければその部位の替えの『ギア』が失われ、『ギア』を失った部位は攻撃力と防御力が著しく低下、つまり、弱点となる。
そうなれば必然。このゲームにおける攻防は、どの部位の『ギア』で防御し、どの部位の『ギア』で攻撃するのかがミソとなるのだ。
言わば、究極の『立ち回りゲー』である。
(今回の場合で言えば、あの大男は『待ち』に徹したため、来た攻撃に対しての受動的な反撃しかできず、マキノリ君が能動的に受ける『ギア』をコントロールすることができた……つまり、消耗戦はマキノリ君の左脚・左腕・右腕の三カ所の『ギア』と大男の左腕、一カ所のみの『ギア』で行われていたということ。当然、先に尽きるのは大男の『ギア』……!)
「おいブロウ! 替えの『ギア』を寄越せ!」
「ククク……」
「おいどうしたブロウ? 早く寄越せと言っている!」
「残念だがクラッシュ。もう替えはないぜ」
「……なにィ?」
クラッシュの耳にマキナリの馬鹿にしたような笑い声が入ってくる。
「ようやく気づいたか? クラッシュ……」
「テメェ! お前はこれを狙って……!」
「俺はこれからお前のその露出した左腕を、差し違えてでも攻撃してやるつもりだ。お前はそれを他の部位で庇ってもいい。だが、その場合、お前は一方的に削られることになる。分かるな?」
「ちィ……!」
「いくぜツノル!」
「おう!」
マキナリが全速力でクラッシュに向かっていく。
「くそ! まだだ! 右腕があるッ!!」
クラッシュは左腕を右手で庇うように構え、右肩が常にマキナリに向くよう旋回する。
その場での旋回ならば左腕をマキナリから遠ざけて迎え撃つのは容易だろう。
しかしマキナリにはもう一つアドバンテージがあった。
「ダメ押しに発動させてもらうぜ!」
それは温存していたオールラウンドタイプのドールが持つEXスキル、『奥義』。
マキナリの両脚部が赤く光る。突然の速度の変化に一瞬、クラッシュが遅れる。
宣言通りマキナリはクラッシュの左手側に走っていき、右中段へと回し蹴りを放つ。
対しクラッシュは左に回された右腕による裏拳で迎え撃つ。
しかし、クラッシュの裏拳は、外側に大きく反れながら向かってきたマキナリの鼻先を掠めるに留まった。
マキナリの頭部の『ギア』が崩れるもその勢いは止まらず。マキナリの回し蹴りがクラッシュの露出した左腕を捉え、接触。
同時に、破裂したような快音が鳴り響き、右上に表示されたクラッシュの体力バーが一気に無くなる。
二人の間に少しの静寂が訪れた後、画面に大きく文字が表示された。
『Knock Out!!』
「勝負あり! 勝者『ダーク・シャドウズ』!!」
司会が試合の終わりを高らかに宣言し、歓声が上がる。
「やったあああああ!!」
ツノルがタブレットを頭上高くに持ち上げ、叫ぶ。
その隣でヘルメットを脱ぐマキナリの口元には笑みがこぼれていた。