クラッシュ&ブロウ①
「マキナリ!」
握手するために差し出された手を止めたのはツノルの声だった。
「予選の組み合わせ表、見てきた! やばいよ俺たち、予選の最後の相手はあの『天才ゲーマー』だ……あれ?」
険しい人込みの中で手に入れた情報を自分の武勲のように意気揚々と話すツノルであったが、マキナリの隣に立っている人物に気付き、次第にその声は小さくなっていった。
「まさか、ゆ、Usukeさんですか!?」
有名人を目の前にした緊張からか、ツノルの声が裏返る。
「さん付けはやめてよ。あまり慣れてないんだ。君がミノル君かな?」
「あ、え、えっと俺の名前はツノル。けど、なんで知って?」
まだ名乗っていないのにも関わらず名前を知られていることに驚くツノルに、マキナリは今までの経緯を話した。
「じゃあ、ユースケがマキナリを助けてくれたんだね! うちのマキナリが失礼しました。こら! マキナリっ」
「お前が置いてったのが事の発端だろうが!」
人目もはばからず水を掛け合うマキナリとツノル。
そんな二人を見てユースケは腹に手をやりながら笑う。
二人のくだらないやりとりに一通り満足したところで、ユースケは二人に割って入る。
「僕たちが戦うのは予選の最後か、じゃあお互いじっくり対策できるみたいだね」
ユースケの言葉に、目の前に倒すべき敵がいることを思い出し、マキナリが体裁を整えて言う。
「ああ、そうみたいだな」
「楽しみにしてるよ」
そう言って改めて握手をし、ユースケはステージの方へ消えていった。
そんな二人のやり取りを最後まで黙って見ていたツノルが、ユースケが遠くに消えたのを見計らって口を開く。
「や、やばいことになった~」
その声は震えており、明らかに何かにおびえているといった様子だったが、マキナリにその理由は分からなかった。
「何がやばいことになったんだ?」
ツノルは焦燥感もなにもまるで持っていないマキナリに、自分たちの窮状を何も理解していないのか、と、呆れたような表情を浮かべる。
「じっくり対策するって言ったんだぞ、あの『天才ゲーマー』が!」
「それは俺らも一緒だろ。見させてもらおうぜ、やつの腕前を」
「そうじゃなくて!」
一拍呼吸を置き、ツノルが続ける。
「いいか。俺たちよりもこのゲームに精通した人間が、俺たちのプレイを見るんだぞ!」
「だからそれがなん……」
「『チートギア』を装備した俺たちのプレイを!」
「『チート』……」
『チート』という単語を聞き、マキナリはようやく現状を理解した。そう、『チートギア』で勝つためには、戦いに勝利するだけでなく、『チート』の存在を悟られてはならないのだ。
並のプレイヤー相手ならば、このゲームに前例が無いということもあり、『チート』という結論に簡単にはたどり着かないだろうと考えていたが、相手が『天才ゲーマー』ならば話は別。
彼に気付かれないように立ち回る必要も出てくるだろう。と言うのがツノルの主張なのだ。
しかしそれを理解したはずのマキナリの反応は、ツノルの想像を超えるものだった。
「……そうか」
そう、やはり彼の声色に焦燥感は現れなかったのである。
「そうか、じゃないよ! 分かってんのかよ! 俺たち試合する前から負けそうなんだよ! 誰にも負けない最強の『ギア』を持っているはずなのに!」
「あのな。俺たちはヒールなのよ。自覚しながらズルしてんの。今更バレることを恐れちゃそれこそ勝利への道が閉ざされるってもんだ」
「そんなこと聞いてるんじゃないんだよ! 何か策はあるのかって話だよ!」
「策? ああ、なんだ。それならある」
「ほら! ないんじゃないか…………え?」
予想だにしないマキナリの回答に、ツノルは目を見開く。
「まあ、みてろって」
しかしその語調は適当で、明らかにこの場を凌ぐためだけに吐いた言葉だった。ただ、ツノルがそれに気づくことは無かったのだが。
「そういえばツノル、初戦の相手は」
「初戦? ああ、俺たちの初戦の相手は――」
ツノルがそう言いかけた時、割って入ってきたのは司会者の声だった。
「それでは、第一回戦の案内をします!」
その場にいるギャラリー全員が耳を傾ける。
「『テン・フィスト関東D区大会』その第一回を飾る対戦カードは……」
ドラムロールが再び始まり、会場中の注目がモニターに注がれる。そして――
「『ダーク・シャドウズ』対『クラッシュ&ブロウ』!」
ドラムロールの終わりを告げるシンバルの音と共に画面に表示されたのはマキナリ達のチームの名前だった。
「……あー」
言おうとしたことが第三者によって全て明かされ、会話の着地点を見失ったツノルが口から空気を漏らす。
「なるほどね……じゃあ、行くか」
「え゛っ、まだっ、心の準備が」
「お、それは都合がいい。緊張している時の方がパフォーマンスを発揮できるって聞くしな」
「それは都市伝説だ!」
「ま、もう逃げられないんだし、思い切って飛び込んでみようぜ」
どんどんステージに向かうマキナリに、ツノルは今にも宙に浮いていってしまいそうな臓器たちを手で押さえ、いつもの唸るような謎の声を発しながらついていった。
*****
「レディース・アーン・ジェントルメーーン! お待たせいたしました! それではただいまより『テン・フィスト関東D区大会』第一回戦を始めさせていただきます!」
アナウンスをする司会者の立つステージには、二つのエッグが2mほどの間隔で置かれ、その前には腰の高さほどの台が置かれている。
台の上にはプレイヤーとやり取りするためのヘッドセットとタブレット、更にそれらを充電する為のスタンドが置かれており、タブレットの中には『テン・フィストセコンド』のアプリがインストールされている。
その椅子の外側に続くように二つのチームが並んでいた。観客側から見て右側には背丈が2m程あると思われる屈強そうな身体付きの男と、その男の腰くらいの身長のこれまた屈強そうな男がいる。
どちらも奇抜な服装で、パンクロックに大きく影響されたような容姿をしていた。
二人の身長差は大きく。立ち見するギャラリーたちの左右や前後にカメラを構える配信会社の社員はどう画角に収めたものかと頭を悩ませそうなほどだった。
対して左側には、車椅子に座る髪も肌も白い眼鏡の少年と、この日のためにこしらえたであろう艶のきいたワックスで軽く髪をとがらせた少年が並んでいる。ツノルとマキナリだ。
「まずはチームの紹介です! 皆様から左手、青コーナー! 『ダァーーーク・シャドォォォォゥズ』!」
観客から歓声があがり、これから戦う戦士達を祝福する。
「ど、どうも」
顔に当たるスポットライトの熱か、それともギャラリーの熱気か、ギャラリーに向け小さく手を振るツノルの顔は紅潮し、視線はギャラリーの方ではなく、床のシミに向けられているようだった。
隣に座るマキナリも、先ほどまでの余裕の表情はどこかへ行き、顔面筋が緊張し、意図せず険しい顔つきになってしまっていた。
「つづきまして右手、赤コーナー! 『クラァーーーッシュ&ブロオォォォォ』!!」
スポットライトが対戦相手に向けられる。緊張して完全に雰囲気に押されてしまっていた二人に対し、相手は歓声を意にも介さず雄たけびで応える。
「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」」
「な、なんだあいつら」
まるで蛮族のように叫ぶ『クラッシュ&ブロウ』に、ツノルに聞こえる程度の声量で突っ込みをいれるマキナリだったが、彼らが観客の注目を一身に受けてくれたお陰で、二人は心の再準備を行える程の時間を得られたのであった。
それは道化を演じる人間を見た時の安心に近かったかもしれない。マキナリらは心の中で二人に感謝した。
「それでは両チームとも試合の準備をしてください!」
司会者に言われ、ツノルは台上のタブレットを手に取り、設定を始める。
その間にマキナリはゲームの椅子へと向かい、車椅子から乗り換えようとしたその時だった。
「ようボーイ」
声を掛けてきたのは『クラッシュ&ブロウ』の背の大きい方だった。
「お前がプレイヤーか」
大男のがさつな言葉遣いに対し、敬語の必要は無いな、と、マキナリは思った。
「ああ、そうだ」
「グハハ! そんな折れそうな身体でか! 俺はてっきりお前がセコンドかと思ったぜ!」
そう言いながら大男は膝を叩いた。そんな態度に、マキナリは動揺を誘う作戦だろうと思い、真面目に取り合わないようにしようと思ったが、むしろこの流れを利用して挑発し返してやろうと思った。
「そう言うあんたこそ、ゲームの腕と現実の腕を勘違いしちまって、筋肉ばっか磨いちまったんじゃねーか?」
「なんだと!!」
顔を上げて反応するその大男に、想像以上に温まりやすい材質でできていることを察知したマキナリは、ここぞとばかりに続けた。
「そんな勘違いを起こしちまう程小さい脳みそが頭に入ってると考えると、相当頭蓋が分厚いとお見受けするが、脳波ってのはそれでもちゃんと届くもんなんだな。神経工学に感動だぜ」
「ウ……」
「……う?」
「ウオォォオアアアアアアアア」
マキナリの挑発に突然大声で吠え始める大男。
ひとしきり吠えると脱力したかのように項垂れ、静止。
少し間が開いた後、顔だけ上げ、鋭い目つきでマキナリを睨みながらつぶやいた。
「ぜってえ倒す……」
その並々ならぬ雰囲気に、少しやりすぎたかと反省するマキナリを後目に、大男は自分のエッグの方へと戻っていった。
「マキナリ、早く準備しろよ」
ヘッドセットを付けたツノルに声をかけられ、マキナリも準備を始める。
歓声の中、車椅子を再度転がしていき、エッグの前につける。
手の力を使って一気に移り、車椅子を前からどかす。
眼鏡を外し、正面の台の上に置き、手の力を使って座る位置を再度調整する。
頭上のヘルメットを取り外し、ツノルの方に目をやる。
視線に気づいたツノルは左手の親指を立て、合図する。眼鏡は外していたが、マキナリにはなんとなくそれが分かった。
再び正面向く。先ほどとは違い、視界がぼやけているため、観客の目による緊張は無い。
一息つき、一気にヘルメットを被る。
ぼやけた視界は一転し、目の前にはっきりとした世界が広がる。
ステージは平原のようだ。
視界には体力バーと、相手の姿が既にあった。
相手の『ドール』は腕や胴体が大きく、頭の位置は手を伸ばしきってギリギリ届くかどうかというほどだった。
背中にはタンクのようなものが四つ、腕や肩には飛行機のような翼がつけられており、どことなく宇宙船を彷彿とさせるような風貌をしている。
「ツノル……こいつは」
「そいつはどうやらパワータイプの『ドール』みたいだな。特徴は覚えているか?」
「……持ち運べる『ギア』が多くて、攻撃力・射程がある」
「そうそう! 意外と覚えてんじゃん!」
一通りの『ドール』とは一応戦闘しており、特徴は何となく掴んでいた。
ただし、操作したのはもちろんツノルだったため、あまり強弱は分からないというのがマキナリの所感だった。
「あ、あと、戦闘中、『ギア』の入れ替えとかを伝えるときは『チャンネル』を切り替えろよ」
「『チャンネル』?」
「会話用の回線! 相手にも聞こえる『全体チャンネル』と仲間だけに聞こえる『チームチャンネル』があるから。手元にボタンが増えてるだろ?」
ツノルに言われた通り手元を探ると、確かにボタンが一つ増えていた。なるほどと思い、『チームチャンネル』に変えておく。
「行くぜブロウ! 俺たちの力、見せてやろーぜ!」
「ククク……当然だクラッシュ。俺たちならやれる」
「両者準備が済んだようなので、それでは! 試合のカウントダウンです!」
司会がそう言うと、画面に数字が表示された。カウントは大会仕様で、今までの3カウントではなく、9カウントになっている。
画面の数字がカウントされると同時に観客と司会者も声を出してカウントしていく。
「「「『...8...7...』」」」
緊張が高まり、コントローラーを握るマキナリの手には一層力が込められた。
休憩を挟まず容赦なく刻まれていくカウントに、ツノルはジェットコースターに似た恐怖を感じていた。
そしてついにその時はきた。
「「「『...1...FIGHT!!』」」」
会場の盛り上がりが最高潮に達し、戦闘が開始した。
「いくぜええええええ!!」
先に動いたのはクラッシュだった。その巨体を揺らしながら全力でマキナリに向かって走ってくる。
「ふん、最初っからイノシシ戦法かよ。おもしれーじゃねーか!」
そう言ってマキナリもクラッシュに向かって走り始めた。
「ツノル、右腕を『チートギア』に切り替えろ」
「はぁ゛!? 初っ端から!!?」
「いいから!」
言われたままにツノルはタブレットを操作し、右腕を『チートギア』に切り替える。
二人は更に距離を詰めていき、その距離2m。
「クラッシュの射程だ……! マキナリ! 避けろ!」
それでもマキナリは避けようとせず相手に向かっていく。
そして遂に交戦。攻撃を先に放ったのは必然、リーチで勝るクラッシュだった。
「おらあああああ!」
雄たけびを上げながら、丸太のような両腕を嵐さながらにぶん回すクラッシュに、マキナリは、風を受け身を翻す蝶のようにひらひらと躱していく。
闇雲に振り回される腕の中から、一つ、マキナリの身体を真っすぐに捉えた左ストレートが飛び出してきた。
(もらった……!)
クラッシュより放たれたその左ストレートに対し、マキナリは待っていたかのように右ストレートをぶつける。
両者の拳がぶつかり、衝撃音が会場を走る。そしてマキナリの『チートギア』が炸裂し、相手の左腕の『ギア』を破壊する。
――はずだった。
金属の破裂する音が聞こえ、相手のギアの損傷を確信する。しかし、相手の『ギア』は砕けず、そのまま残っている。
(……なんだ? 一撃で壊せない程の耐久力を持つ『ギア』もあるのか?)
目の前で起こる予想とは違う結末に、マキナリは原因を考察する。
が、ツノルの声によってそれは中断された。
「マキナリ! まずい! 自分の腕を見ろ!」
ツノルの声を聞き、マキナリは自分の『ギア』に目をやる。
そこにあったのは『チートギア』にしっかりと入ったヒビだった。
破裂音は『チートギア』の損傷によるものだったのだ。
「……なにィ……!?」
こうして『ダーク・シャドウズ』の戦いは幕を開けた。