出場交渉
突然のツノルの告白に、大声を出したマキナリだったが、ゲームセンター内に流れ混ざりあう音の塊たちに比べれば適正なレベルだった。
「頼む! 今度品崎のゲーセンで関東大会があるんだけどさ、一緒に参加してくれる相方を探していたんだ。もちろんタダでとは言わないから!」
「一緒に参加って……そもそもこのゲームに協力要素ねえじゃねえか!」
マキナリはゲーム開始時の選択肢の中にそのような要素があったか記憶を掘り返してみるが、対戦は記憶にあっても、やはり協力は無かった。
「ちょ、ちょっとそっち行くから待っててくれ」
そう言うとツノルのドールは一生懸命自分の頭部を外そうとし始めた。
「お、おいそっちはヘルメットじゃないぞ」
意識を外にやり、マキナリはヘルメットを外す。
向かい側のツノルもヘルメットを外し、近づいてくる。
その手にはタブレットが持たれており、どうやらその中に疑問を解消できる答えがあるのだろうと思った。
「これを見てくれ」
「『テン・フィスト セコンド』……?」
「これ、今のバージョンから使えるようになったアプリなんだけどさ、ほら、プレイ中って『ギア』を咄嗟に変え辛かっただろ」
薬指を必死に動かしていたのを思い出し、確かに変え辛く、戦闘中であれば尚のことだろうと納得した。
「たしかに……」
「で、それを解消するのがこのアプリなわけよ」
ほお、と、相槌を打つとツノルが続ける。
「筐体とこのアプリを連動させると、なんと『ギア』の切り替えがタブレットで可能になるわけ!
プレイヤーの隣でこのタブレットで『ギア』の体力とか変更とかをマネジメントしてー……要はボクシングでいうセコンド役みたいになれるんだ!」
「なるほど……」
先ほどは大会にでると聞き身構えたマキナリだったが、やることはタブレットを隣でタップするだけか、と、軽く拍子抜けする。
ツノルの口から出た『マネジメント』という単語から、戦略を立て、ツノルにアドバイスする自分を想像してみると、楽だし楽しそうではあるなと興味がわいた。
なにより、少し格好が良いと思った。
「……悪くないな」
「っっさっっっすがだよ! 君ならそう言ってくれると思った! じゃあさっそくWEBで申請しよう」
「で、どのアプリをインストールすればいいんだ?」
マキナリは自分のバッグを膝に抱え、ガサゴソと手で中をかき混ぜ、タブレットを探した。
「ん? マキナリはインストールする必要ないぜ」
「…………ん?」
ツノルの発言に動きを止め、なぜセコンドをやるのにアプリが必要ないのか合理的な理由を探すが、答えが見つからないのでツノルに聞き返す。
「どういうことだ?」
「プレイヤーがアプリをインストールする必要ないだろ? それにタブレットは会場で準備されている」
「……ぷれいや?」
「? ああ、そうだろ?マキナリ君、大丈夫だ『ギア』の調達は私に任せたまへ」
ふんっ、と、鼻息を散らし、私について来いと言わんばかりに胸を張るツノルに、マキナリはようやく状況を理解した。
「いやちがうだろ! お前がプレイするんじゃないのかよ!!」
「えっ、なんで自分より強いやつがいるのに自分がプレイするんだ?」
困り顔で自分の発言におかしなところはあっただろうかと考えるツノルに、マキナリはがっくりと項垂れ、一周回って自分の感性を疑い始める。
が、ここで彼の提案を認めてしまえば悲惨な決滅を免れないので、なんとか食い下がろうと口を開く。
「いいか、確かにこのゲームは面白い、でも別に俺は大会に出たいと思うほどこのゲームにはまっていない」
「悪くないっていったじゃんか」
「それに、今日始めたての初心者が大会に出てどうなるのかなんて火を見るよりも明らかだろう」
唾が飛ぶほどの勢いで、言葉を打ち付けるようにツノルに放つ。
しかしツノルはむしろ何故マキナリが必死になっているのか理解できないような素振りで、
「どうなるんだよ」
「初戦敗退だ! 運よく相手も初心者だったとしても二回戦敗退だ!」
「最初はリーグ戦だから」
「リーグ戦敗退だ!」
「だからこそ俺がセコンドについて……」
「だからなんで言い出しっぺが補助役なんだよ! 対戦したくて出るんじゃないのか!」
「セコンドだって戦ってるさ!」
ああ言えばこう言うツノルにマキナリは頭を抱え、唸る。
「そうじゃない! なんでわざわざセコンドで出たがるんだ! プレイヤーで出ないで満足なのか!」
「俺じゃ勝てないから仕方ないだろー?」
「最初からあきらめるなよ! ってか、つまりそれって他力本願じゃないか!」
「いいじゃんか! 勝つためには手段を選ばない。それが俺の『本気』だ」
無茶苦茶な理論だったが、彼が『本気』であることを理解してしまい、世の中にはこんな奴がいるのかとマキナリは驚愕した。
しかし彼の言った言葉の全てが理解できないというわけでもなかった。
「勝つためには手段を選ばない、か……」
「な! いいだろ」
「だめだ」
「そこをなんとかさ~」
「他を当たるんだ。俺は勝てない試合は好きじゃないんだ」
「俺とは対戦したくせに」
「それは遊びだからだ! 本気でやるなら、勝てるか勝てないか判断するところから試合は始まってんだよ」
マキナリの主張を少しは理解したのか、ツノルは腕を組み、懐柔策を探す。
しばらくして、何か思いついたのか、ツノルは自分のバッグに目をやるが、それは本人にとって苦肉の策らしく、顎にしわを作り、「うう」という声を漏らしながらバッグとマキナリとを交互に何度も睨みつける。
その光景に謎の憐れみを感じたマキナリは、その行動の理由を尋ねずにはいられなかった。
「ど、どうしたんだよ」
「……じゃあ、勝てる可能性があればいいのか?」
「……なに?」
ツノルがおもむろにバッグの中で『何か』を掴み、取り出そうとする。
そこにこれまでの流れを覆す『何か』があるのか、と、マキナリは恐怖に似た感情を抱くが、それと同時にそれが何なのかを知らねばならないという衝動にも襲われ、ゴクリと生唾を飲み込み、その『何か』の到来を待った。
遂にバッグから姿を顕したそれは、一般的なトランプと同じくらいの大きさのカードだった。
ツノルは得意な顔をしながら、喰らえと言わんばかりにそのカードをマキナリの眼前に突きつける。
それを受け、マキナリは最初に目に入った文字を読み上げ始める。
「……『スペースボーイ2』」
「ああ、そうだ!」
「……ってなんだよ」
予想外の言葉だったのか、ツノルは顔をムンクのように歪ませる。
しかし今までの流れを振り返り、今日『テン・フィスト』を始めたばかりのマキナリが知らないのも無理はないと納得し、コホンと咳ばらいをしてマキナリに説明し始める。
「これはMaximuM社の新作の『ギア』で、『スペースボーイ』の最新モデル!」
「『ギア』? このカードがか?」
「そうだ。『ギア』の入手方法は大きく二つあって、一つはゲーム内で条件を満たして入手する。
もう一つは店で『ギア』の引き換えコードの書かれたカードを買って、自分のアカウントで入力すること」
「なるほど、プリペイドカードみたいなもんか。で、その『スペースボーイ2』がなんなんだ」
「この『スペースボーイ2』を使わせてやる!」
そこは素直にくれるのではなく、使わせるに留めるのか、と、心の中で突っ込みを入れつつ、『スペースボーイ2』を使えることと、『勝てる可能性』との関連性がマキナリには見いだせなかった。
そんなマキナリの心情を察したのか、ツノルが続ける。
「言ったろ? 『ギア』はそれぞれスキルや性能が違うって。ほら、貸してやるからもう一回対戦してみようぜ」
ツノルはそう言って再びマキナリの向かいの席に戻った。
どんどん話を進めるツノルに、マキナリはとりあえず気が済むまでは付き合ってやることにした。
「貸すって、どうやって?」
「まあ待ちなさい」
ツノルが向かい側で何か操作すると、マキナリの筐体の画面にウインドウがポップアップする。
「『ギア をレンタルしました。<<1試合>>』?」
「このゲームはこうやって『ギア』の貸し借りができるのよ。まあ、連続で貸せなかったり色々制限はあるんだけどね」
「ふうん。で、これを装備すればいいって訳か」
「持ち込む『ギア』の変更の仕方は教えたっけ?」
「教わってないけど、多分大丈夫」
そういってマキナリはヘルメットを被り、それらしい文言を見逃さないよう気を付けながら先ほどと同じ流れで選択肢を選んでいく。
途中、ストーリーか対戦かを選択する画面の左下に『編成確認』と書かれた選択肢があることに気付き、それを選択した。
現れた部位毎のウインドウの中で、右腕の中に変更できる『ギア』があったのでそれを入れ替え、選択画面に戻り、また進めていく。
そうして全ての選択肢を選び終わり、ようやく平原に降り立った。
『The time has come !』
先ほどと同じ文言が現れ、先ほどと同じようにツノルのドールが姿を表す。
「俺もまだ使ったことないんだからな? 大切に使えよ?」
「ゲームなんだから別に消えてなくならないだろ」
「そうだけれどもさ、気持ちの問題!」
友人間の貸借に関する謎の持論を展開するツノルだったが、少ししてマキナリのドールに違和感を感じたのか、顎に手をやる。
「……あれ? 『ギア』はちゃんと装備した?」
「ん? したけど」
「あれっ、ゲストプレイだとデザインは反映されないのかな。人が付けてるの見たかったんだけど……」
その発言によって、『ギア』を貸したのは、交渉ついでに装備した新作『ギア』が他人からどう見えるのかを確認するためだったのか、と、マキナリは理解し呆れた。
「まあ、いいか。ほら、使ってみろよ!」
そんなマキナリの表情はドールから読み取れるはずもなく、ツノルはマキナリに『ギア』の使用を催促する。
いや、もしかしたらもう新しいドールの破壊力を身をもって体験したいだけかもしれない。
マキナリは大きなため息を吐き、思いっきり顔面にかますことにした。
「じゃあ……」
左脚を下げ、つま先に力を入れる。若干体勢は前のめりにし、拳を軽く握る。
「行かせてもらうぜ!」
つま先で地面を蹴り飛ばし、すぐさま最高速に達するよう腕を全力で振る。
わざわざ走る必要はなかったが、体力も脚も気にせず全力で走れるこの快感に病みつきになっていたのだ。
「うお、すごい勢い! だけど……あれ? 『スペースボーイ』のスキルが発動していない? なんでだ?」
全速力で向かってくるマキナリを見て、不思議そうに首を傾げるツノル。しかしそんなことには目もくれず、速度を保ったままツノルとの距離を詰めていく。
パンチの届く一歩手前となったところで、ストロークの幅を調節し、着弾の準備を開始する。
最後の一歩となる軸足をできる限り相手の近くに置き、右肘を後ろに引き、上体を反らし胸を大きく開く。
「え、待って何でパンチしようとしているの」
左手には、右拳を到達点へと導けるよう簡易的な照準の役割を担わせると同時に、発射直前の『ヒキ』によって腰の転回を補助させる。
背中の筋肉を後ろから腹に覆いかぶせていくよう動かしていき、腰を転回と同時に前に押し込む。
「ちょ、待ってしかもまた顔……」
インパクトの瞬間まで脇から肘が離れすぎないよう肩でコントロールし、最後に一気に胸筋を緊張させ、腕を更に加速させる。
「ぉぼ」
マキナリの拳は正確にツノルの顔面を捉え、先ほどは壊すのに2、3発要したマキナリの頭部の『ギア』を一撃で破壊した。
吹き飛ばされたツノルは3、4メートル程のところでようやく止まり、その場で上体を起こし、マキナリに指を指しながら怒り始めた。
「なんでまた顔なんだよ! ってかなんで『スペースボーイ』を使わないんだよ! もしかして本当は装備の仕方分かんなかったの!?」
怒るツノルに確かに顔を殴る必要はなかったかと反省しつつも、『スペースボーイ』は装備し使ったため、その点について誤解を解こうとする。
「わ、悪かったよ。でも『スペースボーイ』は使ったぞ? まさかこんなに強力とはな」
「いや発動していなかった! 本来は脚部が光って一瞬全身が消えるはずだ。それが『スペースボーイ』のスキル!」
「脚部が光る?」
「ああ、脚部だ。装備したろ?」
「いや、『スペースボーイ』は右腕にしか装備できなかったぞ」
「えっ、そんなはず……あれ、ってかなんで俺の頭部の『ギア』が壊れてるんだ?」
「それは俺が殴ったからだろ? 『スペースボーイ』で」
「だから『スペースボーイ』は脚部の『ギア』だ! それに『ギア』が一撃で壊れるなんて普通ありえない。いくつものスキルが重なってできるかできないかってレベルだ」
誤解を解くためにも実際に装備しているところを見せたほうが早いと思い、ツノルに来てもらうよう声を掛けようとするが、見せる前に自分でも確認しておいたほうがいいだろうと思い、『ギア』の編成画面を開く。
するとやはり借りた『ギア』は右腕に装備されており、声を掛けようと思ったその時だった。
「ん? なんだこれ……」
『ギア』のステータスをよく見てみると、他の『ギア』と違い名前がなく、更に攻撃力の値が文字化けを起こしていたのだ。
「ツノル、ちょっとこっち来てくれ」
「もう来てるわ」
「わあ!」
前方にいるはずのツノルの声が突然右側頭部から聞こえ、驚く。
「やっぱり装備してないじゃないか。いいか『ギア』の編成の仕方は……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、これを見ろ」
「ん? 何度見ても『ノーマルレッグ』だ」
「違う! 右腕だ!」
「……うん?」
画面に映る無名の『ギア』を指さし、ツノルに確認させる。
しかしツノルも何が起こっているのか分かっていないらしく、目を細め、首を傾げる。
「……なんだこれ……」
「よく分からないけど、これ、ちゃんと『スペースボーイ』だって自分でも確認したのか?」
当然の指摘にツノルは「うっ」と声をあげ、自席に戻る。
画面を鋭い目つきで眺めながらガチャガチャとレバーを動かし、少しして手を止め、ここがゲームセンターでなくても聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
「『スペースボーイ』じゃない……」
「ん? なんか言ったか?」
「不良品掴まされた……」
「?」
声は聞き取れなかったものの、相当に落ち込んでいることだけはマキナリに伝わり、なんとなく不良品だったんだろうと察した。
どう励ましたものかとマキナリは頭を抱え、少し考えたところで、励ましとは全く関係の無い、先ほどのツノルの発言が心に引っかかった。
「一撃で壊れるなんてあり得ない……?」
マキナリはヘルメットを被り、体育座りでうずくまるツノルのドールに近づいていく。
そして拳を握り、ゆっくりと左腕に近づけていき、軽くたたく。
すると一発でツノルのドールの『ギア』が壊れ、割れた破片が音を立てて散らばる。
その音が聞こえたのか筐体に顔を突っ伏していたツノルは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、画面の向こうで行われているその光景を見た。
「……なにやってるんだ?」
気力の無いツノルの声にマキナリは返事もせず、右腕、右脚、左脚と、ツノルの『ギア』を壊していく。
一通り壊し満足したのか、ようやくマキナリが口を開く。
「……なあ」
「なんだあ?」
「……大会に出てもいいぜ」
あまりにも想定外なマキナリの発言に、ツノルの鼻から鼻水が勢い良く噴出された。