友人の顔を殴れるか?
殺風景な部屋がドットに分解され、崩れ去って行く。
崩れたドットは色を変え、再び繋がり始め、やがて平原へと姿を変えた。
そこはどうやら先ほどメニュー画面などが表示されていた場所と同じようだった。
しばらく経つと、今度は5m程先にワープホールのようなものが現れた。
ワープホールの中からはこれまた大量のドットが吐き出され、ワープホール直下に積もられていき、やがて人型を作った。
「あー、あー、聞こえてる?」
ヘルメット内部のスピーカーからビニール袋の少年の声が流れる。
「ああ、聞こえるよ」
「通信は良好のようだな」
『..2...1...FIGTH!!』
トレーニングモードを行った時と同じ文字が画面に表示される。
それと同時に視界の上部に緑色のバーが二本現れた。
左のバーのすぐ下には「GUEST」の文字が表示されており
マキナリは少ないゲームの経験から、なんとなく左が自分の体力を表しているのだろうと察っし、そこから、右側のバーは相手の体力バーで、その下に表示された名前は相手のものだろうと考えた。
「ダイナ……っていうのか、お前の名前」
「違う違う、俺の名前はツノル! ゲームキャラに本名なんてつけないって」
「ああ、そういうもんなのか。俺の名前は――」
「マキナリだろ?」
「えっ、何で知ってるんだ?」
「クラスの人の名前覚えるのなんて常識だぜ?」
俺は常識人ではなかったのかとマキナリは小さくショックを受けるが、気を取り直して話題をゲームに戻す。
「で、どうやって戦えばいいんだ?」
「基本的には総合格闘みたいな感じで、相手を蹴ったり殴ったりすればダメージを与えられる」
「なるほどな……コントローラーは使わないのか?」
「コントローラーは、基本的にはVRを使わない場合にキャラクターを動かすためのもので、ヘルメットを被ってプレイする人にとっては、戦闘中の『ギア』の変更と、『EXスキル』を発動させるための入力に使うくらいかな」
新たな単語や概念が出てきて少々混乱するマキナリに、ツノルが続ける。
「『ギア』ってのは上にある自分の体力とは別に固有の体力が設定されていて、戦闘中にダメージが蓄積されると壊れて使えなくなるのさ。当然スキルも発動しなくなるし、壊れた部位への攻撃は致命傷になる」
「なるほど、だから戦闘中に消耗した『ギア』を替える必要があるってことか」
「そういうこと! でも『ギア』にはそれぞれコストってのも設定されていて、『ドール』に設定された許容量を超える量の『ギア』は持ち込めなくなっている。因みに許容量は多い順にディフェンス、パワー、トリック、オールラウンド、スピードって感じになってる。左手薬指あたりにあるボタンを押してみ」
「左手薬指……?」
「いや、ゲームの中ではなく、現実の」
ゲーム内で薬指を一生懸命動かすマキナリに、ツノルが笑いながら言う。
馬鹿にされたような感覚を覚え、ムッとするが、言われた通りにしようと一旦頭の中で現実世界の身体の感覚を探し、左手側にあるボタンの一つを押した。
するとゲーム内に頭部、右腕、右脚等といくつかのウインドウが現れた。
それぞれのウインドウの中には先ほどプリセット選択時に見たような横文字が並んでいた。
「そのウインドウの中から替えたい部位の『ギア』を選択すれば、別の『ギア』に付け替えることができるってこと」
「なるほど……今装備しているのはノーマルばっかか、じゃあこの『パージ』ってのを装備してみるか」
「あっそれは」
コントローラーで右腕ウインドウ内の『パージ』を選び、手元のボタンを押すと突如マキナリのドールの右腕が吹き飛び、白く細い腕が露わとなった。
「うおあっ! なんだこれは!」
「あー『パージ』ってのは、自分が装備している『ギア』を自分で破壊する自爆ボタンさ」
「なんでそんなのが付いてんだよ!」
「スキルによっては『ギア』が無くなって初めて発動するものもあるんだよ。ま、玄人向けだから採用率は低いけど」
「サイヨウリツ……? まあいい、そのスキルってのは、さっき言ってたEXスキルってのと同じって認識でいいのか?」
「ややこしいところだけど、『スキル』と『EXスキル』は別物なんだ。『スキル』ってのは『スキル』が設定されている一部の『ギア』を装備することによって発動するもので、時間経過で徐々に回復したり、
ピンチ時に攻撃力が上がったりと、その種類は多岐にわたる。『EXスキル』ってのは『ドール』のタイプ毎にいくつか用意されていて、『ギア』に左右されずいつでも発動可能だ。今度は中指か人差し指あたりにあるボタンを押してみ」
マキナリはボタンを押そうとし、ドールの中指と人差し指をピクリと動かしたところで先ほどと同じ過ちを犯していることに気付き、自分の身体に意識を戻す。
少し間が開いた後、マキナリのドールの左腕が赤く光り、蒸気を発し始めた。
「な、なんだこれ!? また、爆発するのか」
「それがオールラウンドタイプのドールが持つEXスキル……その名も『奥義』さ!」
「お、オウギぃ?」
「『奥義』を使うと、使った部位の運動性能や攻撃力が一時的に上昇するんだ」
「攻撃力に、運動性能上昇……?」
すでに自分の身体のように動いているドールの運動性能が上昇するとはどういうことかと思い、左腕をぐるりと動かしたり、ジャブを打ってみたりする。
すると、さきほど走った時より肩周りが柔らかく、関節の運動も滑らかになっていることを感じられた。
「お、おおおっ、すげえっ」
「すごいよな!途端に身体能力が上がっても、ちゃんと脳が追いつくように作られてるんだぜ? 一体このゲームを作ったスタッフはどんだけ優秀なのか」
ツノルのドールが腕を組みながらうんうんと頷く。
ツノルからはみ出たオタクな部分には特に触れず、マキナリは更に質問する。
「これ、他の部位にも適用できるのか?」
「もちろん!脚に使えば早く動けるし、頭に使えば視野が強化される。一度の試合で三回まで好きな部位に使えて、効果は10秒間だ!」
マキナリは早速右脚と頭部に『奥義』を使用してみる。
すると腕の時と同様、適用した部位が赤く光り始めた。
走ってみようとするが、右脚のみに適応したせいか、バランスが取れずこけてしまう。
そんなマキナリをみてツノルが笑うが、マキナリは楽しむのに精いっぱいで気にかけない。
何度も転がりながらゲームを満喫する。
「めっちゃ遠くまで見える……このゲームすげえな……!」
「ハハハ……いやーやっぱすごいよねこれ! こりゃ世界が全部VR上で済まされるようになるのも時間の問題だよねえ」
「いや、それはないと思うが」
「そこは乗れよ!」
ゲーム内に二人の笑い声が響く。
マキナリは久々に心行くまで運動ができた快感に感動していた。
が、その幸せな空間をぶち破るかの如く、突然、マキナリのドールの左腕が先ほどと同じように爆発し、腕を覆っていた『ギア』がどこかに消え去った。
「……んあ?」
突然のできごとに、情けない声がマキナリの口から漏れる。
それを見てハッと、何かを思い出したかのようにツノルが口を開く。
「あ、言い忘れてたけど、10秒経過すると使用した部位の『ギア』とドールの体力の30%が消し飛ぶ」
「先にそれ言えよ!!」
「あー……ゴメン」
ツノルのドールが前で手を合わせながら軽く頭を下げるが、表情を持たないドールからは一切謝罪の意を感じられない。
その点において、やはりまだVRは"face to face"に敵わないとマキナリは思った。
「ってか頭にも適用しちまったんだけど! 頭に衝撃がきたりしないよな!?」
「いや実は、俺もそれが怖くて実際にやったことはないんだ」
「おま」
『Knock Out!!』
拳を震わせるマキナリが何かを言いかけたところでマキナリのドールの脚部と頭部が爆発し、そのままツノルのKO勝ちとなった。
マキナリは被っていたヘルメットを外し、筐体の向こう側で爆笑しているツノルを横から身を乗り出して睨みつけた。
「初心者相手にこんな勝ち方して面白いか?」
「わるいわるい、中々説明に集中すると、その辺難しくて、ま、仕切りなおそうぜ。せっかくルールも理解したんだしさ」
ツノルに悪気がないのは一応分かっていたので、マキナリの怒りは直ぐに収まった。
「当然だ。このままで終われるわけないね」
「お、意外と負けず嫌い? いいね、勝負はお互い本気じゃなくっちゃ」
お互いヘルメットを再度被る。さっきと同じように設定を選んでいき、再び平原で顔を合わせる。
「初心者だからって手加減しないからな」
「いいのか? 負けた時、言い訳できないぜ?」
「さすがに始めたてには負けねえって」
『...1...FIGHT!!』
大分遠回りして、ようやく二人の対決が始まった。
「さっそく仕掛けさせてもらうぜ!」
ツノルが上体を前かがみに大勢を低くして、レスラーのような構えをしながらツノルに突っ込んでいく。
それに対しマキナリは膝を軽く曲げ、顎を引き、軽く握った拳を顔の前に構えた。
「くらえ!」
逃げようとしないマキナリに、ツノルはそのまま突っ込んでいき、下腹部めがけて飛び掛かる。
捕らえた、と、ツノルが確信したその刹那、目の前のマキナリが消え、勢いの行き場を失ったツノルの身体はそのまま地面に飛び込んだ。
「いてっ……あ、あれ」
実際には痛くないのだが、反射的に声が出る。両腕で身体を起こし、突如消えたマキナリを視界に捉えようとするが見つからない。
「こっちだよ」
後ろからマキナリの声が聞こえ、すぐさま振り返るが、振り返ったと同時に目の前を大きな影が覆う。
一瞬何が起こっているのか理解できなかったが、次の瞬間前面に強い衝撃が走り、影の正体が分かった。
「ぅうおおぉおああああ」
それはマキナリの拳だった。ツノルが地面を削りながら後ろに吹き飛ぶ。
想像以上の破壊力だったのか、マキナリが申し訳なさそうに言う。
「ゲームとは言え、友人の顔面を殴るのは多少罪悪感があるな。でもゲームだからこそ許される体験でもある」
「ゆ、友人認定をいただいたのは嬉しいが、なんというか複雑な感情だぜ」
「この物騒なゲームに誘ったのはお前だろう。それに、やるからには本気、だろ?」
「ふっ、そうだった。俺としたことが本気を出すのを忘れていたぜ」
「先制仕掛けてきたくせによく言うぜ」
「それとこれとは……別だ!」
再び全速力でマキナリに突っ込んでいく。
しかし、相変わらずツノルの攻撃は直線的で、横に避けられては後頭部を殴られ、避けられないよう直前で止まってみると膝を顔面に喰らい、だったらと普通の体勢で突っ込んでみると顔面ストレートをお見舞いされた。
それが何度か繰り返され、頭部の『ギア』の替えがなくなったところで地面に顔を突っ伏したツノルが音を上げた。
「ちきしょう! どうしてそんなに執拗に顔を狙うんだよ!」
「え、お、お前が顔を殴りやすい位置に持ってくるんじゃねえか」
「くそ~ってか強いな君、ほんとにやったことないのかこのゲーム」
「やったことねえよ。今日が初めてだよ。逆にお前はいつからやってるんだ?」
「……前のバージョンも含めたら一年以上……」
声を震わせるツノルに、マキナリはなんとかフォローを入れようと試みる。
「あ、ああそ、そうなのか。ま、まあ、そうだな。対戦ごとでいえば、俺の方が歴が長いかもしれない」
「……そうなの?」
「ああ、中学の頃、ボクシングをやってたのさ、本格的な奴に比べたら可愛いジュニアのだけど、一年ちょっと」
「……一年ちょっとだけ?」
「約二年! やってた」
少し待つと鼻を啜る音が聞こえなくなり、説明を受けていた時と同じ調子の声が戻ってきた。
「なるほどな!通りで強いわけだな」
「だろ!?」
マキナリは彼の性格の一片を垣間見、面倒くさい奴だと思う反面、安堵でホッと、胸を撫でおろす。
「でも強いのは事実だな。ゲームは、ほとんどやったことないんだろ?」
「強いのかどうかはよくわからないが……まあ、さっき言った通り経験は少ないな」
「なるほど……認めざるを得ないようだな、君の才能を」
お前が弱いだけでは、という言葉が頭に思い浮かんだが、同時に彼の泣く姿も思い浮かび、開きかけた口を抑えた。
少しばかりの沈黙の後、探るような声でツノルが切り出す。
「……なあ、マキナリ」
「ん?」
「頼みがあるんだが」
「頼み?」
言い辛いのか、ツノルは再び沈黙する。その沈黙を受け、そこまでのことなのかとマキナリは軽く身構えた。
「……たいかいに……」
「大海?」
「俺と大会に出てほしいんだ!」
マキナリは脳内で『たいかい』の文字を何種類かの漢字の組み合わせに変換してみる。
そして、今までの流れからそれが『テン・フィスト』の『大会』であることを理解した。
「はあーーー!?」