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チート・ギア  作者: 森野賢人
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車椅子の少年

初めての投稿です。普段から日本語が苦手な人間なので、読み辛かったらすみません。

小さなことや主観的な物でも、ご意見ご指摘をくださると、筆者の上達に繋がりとても喜びます。

 八月、日が傾き、向かいの家に影を落とす。

 それを窓辺から、俺は眺めていた。

 俺は、もう夕暮れだというのに、部屋の明かりを点けようともせず、かといって、それを後回しにするような用があるわけでもない。

 テレビから発せられる複雑な色の光だけが、俺のいるリビングを照らしている。

 背の方からガチャリと、ドアの鍵が開けられる音がする。

 そのすぐ後に、扉はギィと開かれ、今度はよく聞き覚えのある、男の声が聞こえてくる。



「ただいま」



 そいつは俺の――




 *****



『テン・フィスト』

 それは、超有名ゲーム企業と、超有名スポーツ企業によって合同で開発された超未来型のVR3D格闘ゲームである。

 このゲームにはほかのゲームと一線を画す特徴があった。


 このゲームでは、ゲーム内で操作する自分の分身に『ギア』と呼ばれるパーツを付け、その種類によって耐久力やスキルを得るのだが、『ギア』はゲーム内通貨では購入できず、現実のスポーツ選手がスポーツ量販店でスポーツウェアを買うのと同じように、現実の専門店に行き、対象の『ギア』のプリペイドカードを現実の通貨で購入することにより獲得できるのだ。(もちろんネットでも購入可能)

 さらに『ギア』はプレイヤー間でもやりとり可能で、つまりRMT(リアルマネートレーディング)が公式に認められているのだ。


『ギア』のデザインには現実のブランド会社に参加してもらっており、デザインを提供してもらう代わりに『ギア』の売り上げの一部を還元する方式をとっている。

 今まででのゲームではありえない値段が付けられた『ギア』は、やがて性能が悪くても持っていること自体がステータスとなり、大きなブランド力を持つようになったのだ。


 有名ゲーム実況者による「ハイブラギアで全身コーデしてみた」というタイトルの動画が再生回数2億を突破したのを皮切りに、たくさんの動画がアップロードされ、各所で話題となり、


「所詮は電子の情報」


と切り捨てられていたゲーム内アイテムに、異常な程の価値が付けられたということで各局で取り上げられ、さらにはSNSで多くのフォロワーを持つインフルエンサーや、ゲームとは縁のなさそうな人気テレビドラマの若手俳優・女優等による発信により後押しされ、大きな社会現象となり、今では日本でのアカウント数は総人口の3割ほどとも言われている。


 もちろん、その話題と同時並行的に対人格闘ゲームとしても開拓されていき、それから何回目かのオリンピックでは種目としてe-sportsが取り扱われ、ソフトに『テン・フィスト』が選ばれることとなった。

 今では常連種目となり、当時騒がれていた


「ゲームはスポーツではない」


「ゲームは悪影響を及ぼす」


「香川は一日一時間」


も、気がつけば消え去った。

 それどころか『ギア』専門のデザイン会社や、e-sportsの塾ができる等、まさに『テン・フィスト』は、社会を構成する歯車として無くてはならない存在となったのである。



 *****



 地下鉄の改札から隣接した商業施設に向けて伸びる長い通路に、並木のように設置されたデジタルサイネージに筋肉隆々の男が映る。

 ラットプルダウン、レッグレイズ、レッグプレス、チェストフライと、次々器具を変え筋トレを行うその男の足には、彼の着る地味なウェアとは対照的に、鮮やかな配色のシューズが履かれていた。

 青を基調とするその靴は、映像に対してどこか浮いているような印象を受ける。

 斜体で書かれた文字が大きく画面映る。


『MaximuMの最新モデル『スペースボーイ2』 本日発売!』


「やばい……!」


 誰かに追われるかのように改札を抜けた高校生ほどの少年が呟く。

 デジタルサイネージに映る広告を見て、その声は徐々大きくなる。


「やばいやばいやばい!」


 アドピラーを避けるように歩く人々の間を、少年は縫うように走っていく。

 運動神経はさほど良くないようで、時々、向かいから来る人にぶつかってしまっているようだ。


「くおー売り切れないでいてくれ!」


 向かい来る人の川を遡上していき、駅に隣接した大型商業施設に入る。

 入ってすぐにある『歩かないでください』と張り紙の張られたエスカレーターを、2階、3階と駆け上がっていく。

 途中でエレベーターを使えばよかったと後悔しつつ、6階まで登ったところでエスカレーターを降りる。

 ぜえはあ、と息は完全に上がってしまっているが、腰に手を当て、前のめりになる身体を支えながら目的の場所に向かって歩く。


「……あぁ、くそ……! 頼む……!」


 とぼとぼと歩き、入り口上部に『ミス・スミス』と書かれた店の前につき、ようやく足を止める。

 少年は一旦呼吸を整え、改めて店に向き直ると、意を決したかのように足を踏み入れていく。

 フロアの角一帯が店になっているため、店内は広く、しかし、装飾に寒色が多いためか、解放感は感じられない。

 むしろ、人がギリギリすれ違える程度の幅になるよう設置された棚のせいか、秘密基地のような閉鎖感を受ける。

 鉄筋の棚の上にはシューズやグローブが展示されており、その下には大量のカードがフックに掛けられている。

 しかし、それらには目もくれず、少年はどんどん奥へと進んでいく。

 平日の午前、開店時刻からすぐということもあってか、人足は控えめ。

 そして、奥まったところに構えているカウンター近くの棚の前で少年は歩みを止める。

 棚のすぐ後ろに迫る壁には『新作ギアコーナー』と書かれており、フックの殆どには何も掛けられていない。


「うっ」


 目の前の現実に、少年の血の気は引いていった。額には先ほどの運動でかいた汗とは別の汗が流れる。

 諦めかけるも、自分の目が誤っている可能性を考え、再度棚を見まわす。

 すると、棚の中心より少しほど上に位置するフックに、『スペースボーイ2在庫アリ』とかかれたカードが一枚掛けられていた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 少年はあまりの感激に映画『プラトーン』の有名な1シーンのように膝からくずれ、腕を高らかに上げ、大声を上げた。

 そのあまりの声の大きさに、カウンターで作業をしていた店員が小さく引いた。



 *****



 夏、凄まじい日射が土を跳ね返り、日陰日向問わず人を襲う。

 蜃気楼立つグラウンドの上では、生徒たちが体育会に向けてリレーの練習を行っている。

 グラウンドのそばにある立派なケヤキが作る影の中に、それを眺める少年がいる。

 連日の晴れ模様にも関わらず、その少年の腕は彼の頭髪のように白く、長い間運動していないことが伺えた。

 少年の目は疲れ切った社会人のような色をしており、元気よくバトンを受け取り走るアンカーを眺めるその目はどこか羨ましげに見えるが、同時に諦念も感じられる。


 彼の名前はマキナリ、この物語の主人公の一人である。


 練習が終わったらしく、生徒が片づけを始める。

 遠くで指導をする先生が少年に向かって手を振る。

 それを見て授業の終わりを察したマキナリは、ブレーキを前に倒し、日射によって熱せられた肺の中の空気を外へ出し、校舎に向かう。


「マキナリ、手伝おうか?」


「大丈夫です」


 マキナリが皆に追いついたところで先生に声を掛けられるが、マキナリは素っ気ない返事を返し、校舎に入っていく。

 前方の生徒達が階段で上っていくのを横目に、廊下脇にあるエレベーターのボタンを押す。

 エレベーターが着き、扉が開く。入り口は広く、マキナリの乗る車椅子でも楽に入れるようになっていた。

 エレベーターが三階へと向かう間、マキナリは器用にその場で方向転換をし、扉へ向いた。

 三階に到着し、ドアが開く。すると、目の前を焦ったように走っていく少年がいた。


「えっ! あっ……」


 少年はエレベーターがこの階で停まったことに気付き、声を上げる。

 大事そうに持ったビニール袋から察するに、この時間までサボってどこかへ行っていたらしい。


「お、おはよ!」


「あ? ……ああ、よう」


 二人は互いを知っているようだが、どこかよそよそしく。

 顔見知り程度の関係のようだった。


「えっと……先生もう来る?」


「ああ」


「やっべえ! 四限なんだっけ!」


「選択科目だから……化学か生物」


「ありがとう!」


 ビニール袋を持った少年は食い気味にお礼を言うと、逃げるようにどこかへ走り去っていった。

 突然のことに驚いたのか、マキナリは走り去る彼をしばらく不思議そうに眺めていたが、エレベーターが閉まりかけたところで我に返り、慌てて迫る扉を腕で防ぎながらエレベーターから降りる。

 そして走り去った彼とは逆方向にタイヤを転がしていった。



 *****



 授業が終わり、生徒たちが帰り支度をし始める。

 賑わぐ教室。そこかしこで放課後の約束を取り付ける生徒達の声が廊下に響く。

 それを後目に、マキナリはさっさと支度を終え、窓際の届く位置に立てかけた松葉杖をとり、帰ろうとした、その時。


「なあ!」


 突然、誰かに声を掛けられた。

 マキナリが声のする方を見ると、先ほどのビニール袋の少年だった。


「さっきはありがとな!」


「……あ、ああ?」


 お礼を言われたマキナリは何のことか理解しておらず、若干気味が悪そうだった。


「あー……じゃあ」


「まって!!」


「な、なんだよ声がでかい」


「この後暇?」


「…………は?」


 ビニール袋の少年から立て続けに発せられる謎の言葉に、マキナリの眉間に深い溝ができた。


「だからこの後、予定はあるのかって!」


「な、ないけど」


「おっしゃ! じゃあさ、この後俺と遊びに行こうぜ!」


「はあ?」


「決まりな! 俺帰りの支度するから少し待ってて!」


「ちょ、ちょっとまて!」


 マキナリの制止も聞かず、ビニール袋の少年は自分の席へと戻り、帰り支度を始める。

 それを見た少年は、再度松葉杖を取り、教室の後ろに停めておいた車椅子まで移動。

 車椅子に乗り、ビニール袋の少年のそばまで行く。


「なあ、わりいけど俺、いいとは言ってないぜ? それになんで初対面の人間を誘うんだよ。」


「? 初対面ではないだろ? 同じクラスなんだから、顔くらい毎日見てるじゃないか」


「そ、そうだけどそうじゃない! 同じ条件なら、クラスに他にも暇そうなやつたくさんいるじゃねえか。それに友達を誘うという選択肢もある。なのに、なんで俺なんだよ。」


 マキナリは、要は、面倒くさいから俺以外の人間を誘えと言いたかったのだ。しかしビニール袋の少年も食い下がる。


「理由なんてどーでもいいじゃん? そんなこと一々考えてたら一生友達作れないだろっ」


 一瞬、また訳の分からないことを、と思いかけたが、マキナリが初めて友人と呼べる関係を持った時のことを思い出すと、うむ確かに、と納得してしまったようだった。


「け、けど」


「いいから行こうぜ! 時間もったいないし!」


「おい!」


 車椅子の後ろについたハンドルを握られるとマキナリは無力だった。

 抵抗むなしく無理やり教室から出され、校舎の入り口へと押されていく。

 でもこれが、この後、世界中を沸き起こすことになるコンビの誕生の瞬間で、彼の人生を変えるきっかけとなるのだった。



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