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これは恋の話

「エリザベス、今日はお客さんが来るんだ。一緒に晩御飯を食べる約束をしている」


学舎から帰って来た私に父は嬉しそうな顔でそれを話した。


今日の夜、我が家にやってくるのは私と同い年の男の子。お客さんが来ると聞いたとき、最初は父の友人か村長でも来るのかと思っていたが、どうにも検討違いだったらしい。


父の話ではその男の子のご両親とは古い友人で、5年前に事故死したとか。何人かの大人はその子を引き取ろうとしたけど、その子は誰の世話にもならず、一人で生きてきたらしい。その引き取ろうとした大人の中に、私の父もいたと母から聞いた。


今まで何度も父はアプローチをかけたけど、その子はその度に断り続けてきた。

でもこの間、やっと食事の約束を取り入れたらしい。


父はそのことが嬉しいのか、1日中ウキウキと浮かれていた。


「ケビンくん、この子は私の娘のエリザベス。おとなしい子だから、内気な君とは合うんじゃないかな?」

「よろしくね」

「・・・・・・」


無口な子だなぁ、と私の第一印象はそんな感じだった。家の扉を開けたときも、父から紹介されたときも、食卓を囲んだときも、ほとんど彼は喋りはしなかった。美味しいとも、不味いとも、頷くばかりで何も喋らない。母は料理が気に入らなかったのかと心配はしていたが、私はそうは思わない。彼は喋りこそはしなかったが、料理だけはたくさん頬張っていた。しかも肉料理だけを食べ、野菜は手につけずに。おかげで私の分の肉が無くなってしまった。


「じゃあお父さんはお母さんと一緒に片付けをしておくから、エリーはケビンくんを家まで送ってきてあげなさい」

「わかった」


食事が終われば、すぐ帰宅。

わかりやすく早く帰らせろアピールをしてくる彼。父は嫌な顔をせずに笑顔で彼を送り出した。


しかし、一人で帰らせるのも寂しいと思ったのか私を同行させた。はっきり言ってその気遣いはありがた迷惑だと思う。


家の距離は近いとはいえ、夜道で異性と二人っきりとなれば互いに緊張する。それは私も例外ではない。


「ねぇ、君からもおじさんにもう話しかけないでって、頼んでくれない?」

「・・・え?」

「君のお父さんさ、毎日毎日僕に話しかけてくるんだよ。今日はいい天気だねとか好きな食べ物だとか・・・君の話とかね」


初めて声を聞いたと思ったら、ぺらぺらと流暢に口を開いてきた。


「同情とか、うざいんだよね。はっきり言ってありがた迷惑」

「・・・全然喋るじゃん」

「喋らない、なんて言った覚えないけど」


まったくもってその通りだが、釈然としない。


家族を失って口も利けないようになったのかと色々と配慮していたのに、なんとも我の強い本性だろうか。


いやしかし、こういう嫌味な言い方をする人間ははっきり言って新鮮でもある。毒を吐いているのに、先程から何一つ嫌な気はしない。


むしろ、家族の前では隠していたにもかかわらず自分にだけは本性をさらけ出してくれたことに不思議と喜びすら感じる。


「・・・好き!」

「・・・は?」



今日この日、私の恋は始まった。




■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



全身に寒気が走った。

毛穴から嫌な汗が噴き出し、犯罪者の顔色は青白く血の気が引いていった。


鼓動のリズムが加速する。

数年ぶりに味わう、動揺するという感覚。2ヶ月前、この女に見つかった時より遥かに焦りが出ている。


ーーーーーー結婚?


さすがの犯罪者もその発言には目を丸くした。この女は昔から突拍子もないこと、予測できないことを突然言う節が子供の頃からあったのだが、ここまで驚かされたのは本当に久方ぶりだ。


「そんなに驚かなくてもいいのに」

「いやいやいや、驚くを通り越してドン引きだわ。てめぇ自分が何を言ってんのかちゃんと理解できてんのか?」

「勿論。私は君にプロポーズをしたんだよ」


この女の情緒は、もはや幼なじみである犯罪者にすらも理解できない。何故なのか、何故この女はこんなにも幸せそうな顔で笑うのか、それが犯罪者には全くわからない。


「てめぇ、俺が何をして、何をやった人間なのか知ってんだろ?しかもてめぇの親を殺したのも俺だぜ?なんとも思わねぇのか?」


俺は10歳の頃、村を守る魔除けの札を全て剥がし、魔物に村を襲わせた。


魔物たちが村を荒らし、避難が遅れた老人たちを屠っている間に、俺はこの女の両親を撲殺した。


別に恨みがあったわけじゃない。

でも、いつも親のいない俺に優しくしてくるのが気にくわなかった。本当の本当に、優しい人間だったと心底思った。


だからそこが気に入らない。

大人二人を殺すのは肉体的に無理があったので大変だったが、工夫に工夫を重ねれば不可能な話ではない。


この女はその俺がどうやって殺したかも、知っているはずだ。普通なら怒り狂い、俺を殺したいほど憎むはずなのだが、もしかしてこの女は両親を嫌っていたのか?


「別に嫌ってないよ?私はお父さんもお母さんも大好きだったし、今も週に一度の墓参りを欠かしたことはないよ」


「じゃあ、なんでお前はそうしてられる?俺が憎くないのか?復讐は?てめぇの親以外にも腐るほどぶっ殺してきたんだぜ?」


子供も、赤子も、老人も、女も、何もかも壊してきた。ただむしゃくしゃした、というだけで殺したことも何度かある。


学舎で世界中の皆が大好き、なんて謳ってる狂人には、とても許せるものじゃないだろう。


「確かに人をたくさん殺したことも、私の両親を殺したことは許されることではないね。でもそれ以上に、私は君を愛してるんだよ」


「・・・・・・は!?」


「私はずっと、君を愛してるんだよ。昔から、子供の頃から。」


理解不能。


「私は許すよ。これから何人人が死のうと、殺されようと、世界が滅ぼされようとも、私は君を許す」


なにを言ってやがる。


「君が好きだから」


「やめろ」


犯罪者の身体に再び悪寒が走る。


「でも、私が許したとしても、世界は君を許してくれない」


「当たり前だろうが。俺は世界を恐怖のどん底に陥れた大罪人だぞ。俺が殺しちまったやつの息子娘恋人親に友人、遺族たちは今でも俺への憎しみを忘れちゃいねぇえ。」


「そうね。だからなんとしても、許してもらいましょう」


話が噛み合っていないようで、噛み合っていない。つまりは全く通じていない。


「まず君が殺した121人、それと君の部下が殺した5986人、その方々が感じた痛み。それら全てを君に背負って貰います」


この男は今まで殺した数を決して覚えてはいない。だが、この女はハッタリや虚言を言わない。確証なんてないが、この女は嘘をついていない。まさか調べたのか?今まで襲われた村を、集落を、国を



「・・・言ってる意味がこれっぽっちもわかんねぇな」

「君にやってきた2ヶ月の拷問は、ちょうど被害者30人分の苦痛に匹敵するほど。だからペースアップ、1日10時間にしよう、えいっ」

「ーーーーぁぁああああああっ!!」


エリザベスは持っていた松明を犯罪者の顔に当て、焼いた。


肌が、眼球が焼けていく音が筋肉繊維を通して鼓膜に流れ込んでくる。

皮膚が焦げる臭いが鼻孔を満たしていく。不快、不愉快極まりない。気が狂いそうなほどの激痛が、男の神経を騒ぎ立てた。


「これで右目と左目、両方火傷痕がついたね。前々から左右対称じゃないのが煩わしかったのよ」

「はぁ・・・はぁ・・・イカれ女が・・・」

「これも君のためよ?今まで殺してきた人々の痛みを肌で感じ、相手の気持ちを理解する。そしてそれが終わったら襲った村に謝りに行きましょう。」


「ちょっと、待てや・・・」


「大丈夫、石を投げられようと殺されそうになっても、後から治癒魔法をかけるから、思う存分、報復を受けましょう」


爛れた瞼が上がらない、だがうっすらと見えるこの女の顔は、本当に綺麗だった。


「君が世界から許されたとき、私たちは本当の意味で愛し合える。ね、だから、頑張りましょう」


「絶対に、ぶっ殺してやる」




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