監禁生活2ヶ月目
「~~~♪」
とある辺境の山奥、大きな洞窟の奥から聴こえてくる陽気な鼻唄。ここは普段人気がなく、大昔に山賊が商人を襲うために身を潜めていた住み処と言われている。
そのため、周辺に住んでいた人間もここを離れ、今じゃ誰も近づかない。
だがそれは、逆を言えば誰にも見られたくないことをするには、かっこうの場所とも言える。
「~~~~♪」
無造作に伸ばされた黒髪に、痩せ細った身体。
焼けた左目も相まって痛々しい容姿。男は繋がれた鎖を鳴らしながらケタケタと薄気味悪く嗤った。
その直後、洞窟の出入口から輪とした鈴の音が響いた。徐々にその音は近づき、ついには男の目の前にまで距離を縮めた。
「あらあらあらあら、随分ご機嫌ね。何か良いことでもあったの?」
愛らしい女の声だ。
女は松明に火を灯し、その光で男の顔を照らした。
明るみになった男の顔はとても満足そうににこやかだ。
口元が裂けていて両頬から歯茎が剥き出しになっている。
そのため、本当に笑っているのか、不機嫌なのかは判断がしにくいが、鼻唄を唄っていたということは機嫌がいいのだろう。
女が訊ねると、男は顔を上げ、口を開いた。
「いいことぉ?良いことねぇ・・・はひっ・・・はははっ」
笑いが止まらなくなっている男に女は興味津々。気になってたまらなくなり、女は男の傍に駆け寄った。
「そんなに愉快なことなの?ねぇ、ねぇねぇ、私にも教えてよ」
「そうだなぁ、聞いてくれるかい?ははは・・・ーーーーーーーーかッ!!」
「!?」
男は口から何かを勢いよく飛ばした。
不意打ちに加え、視認できない程の速さに常人ならば肉体への直撃は避けられないだろう。
だが、それはあくまで常人ならという仮の話に過ぎない。
「おっと危ない」
彼女は、軽く何かをキャッチするかのように吐き出されたモノを受け止めた。掴んだ拳を開くと何か鋭利なものがあった。
「あらあらあらあら、こんな鋭利なもの・・・どこで仕入れたの?」
「昨日の夕飯の肉の骨。カジカジして削ったんだよ」
「まぁ、器用だこと」
「ちっ、やっぱ駄目かよ~~、やっぱ両頬から空気抜けちまうからなぁ・・・」
男はにかっと歯を見せて嗤う。
「相変わらずこーゆー小細工が上手いね。私、君のそういうとこ好きだよ」
「ははは、るせぇよ。そんな褒めてくれんだったら素直に脳天に食らってくれればよかったのによ」
ふふふ、とお上品に笑って女は受け流す。
しかし男は別に冗談で場を和ませたわけではない。本当の本当に、心の底からこの女にはとっととくたばってほしいと願っている。
ーーーーーかれこれ、2ヵ月ほどこの洞窟に監禁されている。
犯人はこの女。
この女は俺を2ヶ月もの間縛り続けたのだ。
食事も体力が回復しないように最低限のものしか与えられず、便すらも処理する手段がない。つまりここで垂れ流すしかないので、衛生的にどうなのかって話だが、ちゃんと毎日掃除してくれる。それがまたかなり気持ち悪い。
そして毎日8時間の拷問。
鞭で打たれ、火で焼かれ、皮膚を何枚か剥がされた。
元から痛みには慣れているが、長時間の痛みにもなると別だ。
この女はいつもいつも、俺をいたぶって楽しんで、それの繰り返し。
いったい何が目的で俺をーーーーー。
「さっきら好き放題言ってくれるねぇ。確かに私は君を監禁してるけど、その説明じゃまるで私が悪人みたいじゃない」
「いやいやいや、人の心を読んでんじゃねぇよ」
「そりゃあ幼なじみといえど、君は世界を恐怖のどん底に陥れた大罪人だよ?用心を怠るなんて馬鹿なこと、私がすると思う?」
女は可笑しそうに笑う。
そりゃそうだ。世界を救った、もとい俺様と死闘を繰り広げ、もとい俺様を倒したこの女がそんな警戒を解くなんてことはありえない。
戦ったからこそわかっている。
俺への警戒を解けば、死ぬことになると。
だからこの女・・・《大英雄》エリザベスは常に俺の心を覗いてる。
「ーーーーーー。」
この女はかつて世界を救ったとされる《大英雄》エリザベス・ラズベリー。
そして俺はかつて世界を壊そうと企て、この女に邪魔され、半殺しにされた。
別に俺が弱い訳じゃない。
俺は世界で2番目に強い。
これは過信ではなくもちろん謙遜でもない。真実だ。でもこの女、一番との差はかなり深い。
もうひとつ面白い情報を言えば、俺とこの女は幼なじみで、同じ村で生まれて、同じ村で育った。
冗談じゃない、本当だ。
なんで同じ環境でこうまで生き方に違いが出たのかは謎。
半殺しにされたあと、俺は身を潜めてこの女からの追跡を逃れたはずだったんだが、どうにもあいつはこの5年間、ずっと俺を探し回っていたらしい。
そしてつい2ヶ月前、俺は捕まり、この洞窟に今日までずっと監禁されてきた。
「なんか君は私が化け物みたいに言ってるけど、あのときは私も80%の力を使ったんだからね?油断してたら負けてたのは私の方かもしれないよ?」
そりゃあ裏を返せば、油断しなければ負けやしないってことだろ。
「そうは言ってないよ」
「たがら読むなよ」
【恩恵】:《心理把握》というものらしい。
大英雄様は歳が15になったとき、神々から5つの【恩恵】を授かったらしい。
噂では天候を操れるだとか、命を生み出せる、巨大化できる等々、根も葉もない噂が飛び交っていたが、その噂の中には人の心を読めるのだと聞いたことがある。
真実だとは夢にも思わなかったが、この分だと他の噂も本当ということもあり得る。
まったくもってけしからん反則級の能力だ。
「なぁ、俺をこんなとこに監禁してどうしようってんだ?殺すなら殺すで、国に引き渡すならさっさとしてほしいんだけどねぇ」
「まさか。国に引き渡したら、確実に死刑になっちゃうじゃない。あなた、大罪人なんだから」
ですよね。俺は軽く余裕そうに笑う。
「史上最悪の犯罪者、ケビン・シュタイナー。国を転々としては村や街を略奪、虐殺の限りを尽くし、総勢100人の凶悪犯を従え、7年前には世界を恐怖のどん底に陥れた【コルド王国王族惨殺事件】を起こして全世界指名手配・・・」
「あ?なんだどうした急に」
「それから2年後に《大英雄》の私と《大賢者》に討伐軍、それらでやっと貴方を討伐。世界に平和が訪れた・・・」
悲しそうに俯くエリザベス。非常に嘘臭い。
「ははは、そんな有名人な俺だが、大英雄【エリザベス】の前じゃこの様よ。俺の渾身の不意打ちも避けられちゃぁ、プライドもボロボロさ」
こうして鎖に繋がれ、飯を与えられ、糞の始末をされ、いたぶられる。プライドなんて1ヶ月前からどこかにいったさ。
「んで、本当にどういうつもりだ?俺をどうしたいんだ?お前」
俺を追跡し、見つけたのなら、何故国に引き渡さないのか。俺が殺されて、こいつに何か不都合があるのか?
「そんなの単純明快。私はただ愛しい幼なじみを改心させたいだけだよ」
「・・・は?」
本気で言ってんのか?この女は。
いや、この女のことを知っている俺だからこそ言える。
この女は冗談や嘘などという戯れは好まないし、本人もそれを苦手としている。
この状況でそれを言うはずがない。
「改心?ははは、本当の本当に頭お花畑の女だなぁ。ガキの頃から一緒だったお前には俺がどういう人間か、わかんだろ?」
そう、この女とは同じ村で生まれ、同じ村で育った。育てられた環境は同じはずなのに、こんなにも違うと笑えてくる。
この女は知っている。
俺の糞のような性分を。
村中の猫を殺したのも俺。
村長の飯に殺鼠剤を入れて殺したのも俺。
村の周りに貼られていた魔物避けの札を剥がし、魔物を村に呼び寄せたのも俺。
そして、こいつの両親を撲殺したのも俺だ。
普通、自分の親を殺した相手に怨みを抱かないなんて、ありえない。
あぁ、そういえば説明し忘れていたが、俺は会話している相手の心の色を読める【恩恵】を持っている。
この女の心を読む力とは別だ。
俺は悪意、憎悪、喜怒哀楽を見分けるだけで、正確に何を考えているかはわからん。はっきり言って、こいつの力の劣等型だ。
だからわかる。
この女が俺に対して憎悪やそれに近い感情は一切抱いていない。
その心の奥に在るのは、無償の愛そのものだ。
俺をただ、愛している。
その心の色は言い表せないほどに、清らかだ。
俺が正真正銘のクズやろうだと知っているのに、だ。
この女は全て知っているうえでその言葉を口にしている。こいつのことを聖人だとか宣うやつもいるらしいが、俺から言わせれば俺よりコイツのほうがよっぽどイカれてる。
「じゃあどうすんだ?拷問か?洗脳か?何をしたってそんくらいじゃ俺の穢れた心は浄化できないぜ?」
「俺がどれだけ人を殺してきたと思ってる?女子供、年寄り、男、全部だ。子供の前で母親の頭をぶっ殺したこともあるぜ?」
「償おうよ」
「償い?ははっ、謝って?ボランティアして?これからは清く正しく生きるってか?」
今のは本気で面白かった。
冗談で言っていないと分かっているぶん、なにぶん面白い。
「笑わせんなよ。罪ってのはな、プラスマイナス=ゼロじゃねぇんだよ。」
「そうなの?」
「人を殺した人間は、いくら人を救おうが、いくら善を積もうが、地獄行きだ」
だから俺は、償いなんて絶対にしない。
別に罪が消えないからしないというわけじゃない。悪人は最後まで悪人として生きるべきだと、そういう信念が、俺にはある。
だから俺は改心などしない。
だから無駄なことはしない。
償いなんてするわけがないのだ。
だから何を言ってもーーーーー。
「ケビン、私と結婚しよう」
「・・・・・・あ?」
今日から俺の、狂った監禁生活が始まる。