全員の場合
自殺サイトで募集してやってきたのは3人。俺の他にはB子さん、C男君だ。
周りに人がいるからと最低限の言葉しか交わさなかったが、樹海の奥に行けば不思議と口は軽くなった。
二人とも俺と同じようにやつれていて、目の下のクマがまるで使い古した鍋の底のようにこびりついていた。やつれ具合と目の下のクマだけを見れば兄弟だと言っても違和感がないかもしれないとおかしくなった頭で考え、ゲラゲラと笑う。
光のない目で不思議そうに質問されたためにそれを言うと二人もゲラゲラと笑う。俺も、B子さんも、C男君も泣きながら笑う。
俺は転がって笑い狂い、B子さんは涎を垂らしながら笑い狂い、C男君は引きつったような声と笑顔で笑い狂う。周りから見たら異常な光景だろう。
「いやあ、まさかあなた達のような人と死ねるなんて幸せですっ!」
「俺もです! あ、あっ……家族に捨てられるようなゴミ虫の癖に生意気言ってごめんなさっひ、ごめんなざい゛っ!!」
B子さんは涎を拭うこともせずに壊れた笑顔で無意味に手を叩いて喜んでいて、C男君は引きつった笑顔だったのが一瞬にして恐怖に顔を引きつらせて頭や腹部、金的を守るように丸く縮こまって泣きじゃくる。
俺はそんな光景を微笑ましく見守っていたが、やがて手を叩いて意識をこちらに向けさせる。
……C男君に手を叩く音は良くなかったのか、失禁してしまった。
が、まあ、どうせ俺たちは死ぬのだし誰も気にしていなかった。
「じゃあ、そろそろ穴を掘ろうか」
「はァーい! あっはは、C男くん、深く掘ろうね!」
「はい! 誰にも気付かれないくらい、迷惑にならないくらい深く掘りましょう!」
テンションの高い二人はシャベルを持つと勢いよく掘り出した。
シャベルは電車を降りて徒歩数分の場所にある店で購入することができた。
おかしな雰囲気でやつれた三人組がスコップを三個買うなんて、すぐに用途が悟られそうだが死ねるなら気にしない。
いや、面倒臭い事には関わりたくないと、気付かなかったふりをするだろう。
「A男さんも掘りましょー?」
「おー、そうだな」
既に膝下まで掘り進めたB子さんに促され、スコップを手に取った。
◇
「疲れたー! 頑張ったー!」
「だいぶ掘りましたね……」
「二人ともお疲れさん」
疲れの中に達成感を滲ませるB子さんとC男君は失敗したような笑顔を見せる。
俺はやることがあったから腰辺りまで掘り進めるのは手伝ったが、途中で地上に上がった。
C男君は健康診断で175cmと言っていたから、深さは大体2.5Mと少しだろう。二人は外からの助けがない限り、もう二度と穴の外に出られない。
「じゃあ俺もそろそろ準備するわ」
「えー? まだやってなかったんですかぁー?」
「すぐに終わるから安心しろー」
不満そうな、でもそれ以上に楽しそうなB子さんの軽口に軽口で返しながら笑みが浮かぶ。
首を吊るための縄はもうできている。あとは木に固定さえすれば良いのだから数分もかからずに終わらせることができた。
終わったと声を掛ければ穴の中から歓声が上がる。
「じゃあそろそろ先に逝っててくれ」
「はーい!」
「……」
テンションが先程よりも上がって、既に甲高い奇声になっているB子さんとは裏腹に、案外礼儀正しいC男君は無言だった。
不思議に思って土を被せようとしていた手を止めて穴を覗き見る。
「……ひとりは、寂しいので」
「んぁ?」
「ひとりは、寂しいので、死んだらA男さんが来るの、待ってます」
悲しそうな、苦しそうな、泣きそうな、痛みに堪えるような……それらが複雑に混じった、それでも短いとはいえ何度も見た笑顔の中でも一番あどけなく、狂気のない自然体なその笑顔と言葉に唖然とする。C男君のすぐ隣にいるB子さんも唖然としていた。
しばし無音になり、あははと笑い声をあげたのはB子さんだった。
「そうだね、ひとりは寂しいよね。ごめんなさいA男さん、私ってば独り善がりでしたね」
「い、いえ」
「私も、C男くんと一緒に待ってますね」
「……はい」
B子さんも疲れ切った顔に、それでも晴れやかで、そして遠足が楽しみで仕方がないという子どものような満面の笑みを浮かべた。
俺も自然と浮かんだ笑みを二人に向け、さようならと言い合う。
「さようなら、おやすみなさい。お疲れさまでした」
「おやすみなさい! じゃあ早く来てくださいね!」
「おう、お疲れ。あとおやすみ。少しだけ待っててくれ」
ザックザックと土を戻し……いや、二人のいる穴に土を被せていく。
途中から穴の外に土が出せなくなっていたから、元々ふくらはぎまで土で埋まっていた二人は、顔に、体に土を受けながら嬉しそうに笑っていた。
急いでかけてやらなければ余計な苦しみがあるだろう。いくら二人が土に埋められて死ぬのを望んだからと言って、苦しめたいわけじゃないのだから。
全身が汗まみれで疲労のせいで重い体に鞭を打って二人を埋めていく。
二人は笑いながら泣いていて、俺は歯を食いしばりながら泣いていた。
「……ふぅ」
汗を拭うと、穴がほとんど埋まったその場所を見下ろす。二人は無事に死んだのだろうか。それとも、まだ意識があるのだろうか。
もし意識があったら、死にたくないと思っているのだろうか。早く死にたいと思っているのだろうか。
「まあ、どうでもいいか」
早く死ななければ。二人が待っているのだから。
穴のあった場所の真上に調節しているロープの場所を確認してから木に登る。
体力的に脚立を持ってくるのがキツかったのもあるが、明らかに不審なのに脚立なんていくらなんでもアウトに決まってるから通報されるだろう。それに死んだ場所だってすぐにバレる。それは困るから苦しまずに首吊りで死ぬなら木に登って飛び降りる必要がある。
そういえば小さい頃はよく木に登って遊んでいたな、と昔を懐かしむ。
あの頃は楽しかった。嫌なことだってなかったわけじゃなくても毎日が輝いていた。自分は幸せになるのだと信じていた。
「いや、今もある意味幸せだな」
縄を固定した木の枝まで移動して首にかけて一人笑う。
なにせ今の俺には一緒に死んでくれて、しかも俺の死を今か今かと待ち望んでくれている二人がいるのだから。
何もかも失った俺たちは、だがひとりじゃなくなった。
「さて、B子さんは落ち着きなく待っていそうだし、C男くんはB子さんを宥めながらそわそわしてそうだ」
二人の体の埋まっている穴を見て目じりを下げて立ち上がる。
「じゃあ、お疲れさん」
飛び降り特有の浮遊感と、強い首への衝撃に視界が黒く染まった。
A男、B子、C男:最期に家族ができて幸せ♡死合わせ^^