第一章③ 兵たちとの戯れ~あるいはきっかけ~
「邪魔するぞ!」
食堂に入ってきた兵たちは、ハッコウとクラウドの姿を認めると、テーブルの前までやってくる。
「幸薄そうな顔の男と、ムカつく顔の子供……貴様らだな。博物館から魔導書を強奪したというのは」
兵たちの言葉に、周りの客がざわつく。
まさかこんな子供が、と半信半疑で遠巻きに眺めてくる。
ハッコウはと言うと、おろおろと兵と賢者の顔を交互に見やるばかりだ。
みっともないからやめろクソ弟子、とクラウドは思う。
「……見りゃわかんだろ」
兵たちの問いに返されたのは、クラウドの不敵な笑みだった。
そしてその手の中には、まさに奪われた魔導書が。
「貴様……我らは子供相手でも容赦はせんぞ! 捕らえろ!」
兵たちが一斉にクラウドとハッコウを捕らえようと手を伸ばす。
その瞬間だった。
「触んな」
クラウドに手を伸ばした兵が食堂から消え失せた。次いで、クラウド自身も消える。
転移魔法である。
行き先は食堂の外だった。
「な、何だ……!? 私は食堂にいたはず……何をした!?」
「簡単な転移魔法だよ」
突如同僚が消えたことに戸惑っていた他の兵たちも、彼らが外にいると気づいたらぞろぞろと出てきた。
ついでにハッコウも。
「これから飯を食うところだったからな。テーブルを壊されちゃたまったもんじゃない。場所を変えさせてもらったぜ」
「転移魔法だと……それも、自分だけでなく他人といっしょに……? そんな高度な魔法、どうやってーー」
「ウダウダうるせぇ」
問答無用とばかりに、クラウドは手を振る。
すると、手の振りに合わせるようにして炎が巻き起こる。
クラウドの背丈を超えるほどの高さの炎。
しかも、炎は時が経つごとに激しさを増していく。
「火炎魔法!?」
「馬鹿な! あんな子供が!?」
「魔導書を読んだのか!?」
「しかしおかしい! 魔導書を読んでもあれほどの威力にはーー!」
目の前の子供が、件の賢者が転生した姿だとは知らない兵たちは驚愕する。
賢者クラウドの時代はともかく、今では魔法が使えるのはそう珍しいことではない。
字さえ読めれば子供でも使えるようになる。もちろん、数は少ないだろうが。
だが、驚く理由には、もちろん魔法が使えていることもあるが、それよりも魔法の威力によるものだった。
兵たちも賢者の弟子が複製したという魔導書は読み、魔法を使えるようになっている。
しかし、彼らの使う火炎魔法の威力は、このムカつく顔の子供の振るったそれの足元にも及ばない。
誰もが魔法が使えるようになり、確かに世界は変革を迎えた。
だが、いくら魔法が使えるといっても、せいぜいが日常生活が便利になる程度のものだった。
火炎魔法一つ取っても、火を起こすのに道具を使わなくて便利になったというのが民衆の認識だ。
素質がある者で手の平大の火の玉が浮き、素質が低い者では指先にかすかに火が灯るのが関の山といったところ。
目の前の子供のように、手を振っただけで炎の壁ができるなど、これではまるでーーかの賢者の使った魔法ではないか!
だが、彼らの思考を驚愕が支配していたのはほんの一秒か二秒ほどの間だった。
燃え盛る炎を相手に、水魔法を発動させる。
クラウドの使う魔法ーー最も弱くても人を吹き飛ばすほどの水流を出せるものよりもはるかに弱い魔法。
チョロチョロという音が聞こえそうなほど弱い水流を出す。
しかし、数人がかりで彼らは燃え盛る炎を消したのだ。
その姿に、クラウドはひそかに感嘆した。
威嚇で弱めに放ったものを数人がかりとはいえ、弱い魔法で自分の魔法を相殺し得たこと。
そして、火炎が燃え続ければ周りの住民たちが危ないと即座に判断して消火を優先させたことが理由だ。
不審者の捕縛よりも、住民の安全を第一に動いた。
きっとこの兵たちは良い奴らなのだろう。
もし自分と同じ魔法が使えたなら、こいつらが戦ったほうがはるかにいい結果が出そうなんだけどな……などと賢者は他人事のように考えるのだった。
「この威力……我々と段違いだ」
「こんなにも強い魔法は伝説の賢者レベルではないか」
「聞いたことがある……賢者の弟子が配ったのは弱い魔法しか使えない偽物の魔導書で、本物の魔導書を他に隠していると」
「ということは、この子供はその本物の魔導書で魔法を学んだのか?」
「ではまさかコイツがーー」
傍らに立つハッコウに兵たちの視線が向く。
「賢者の弟子、ハッコウか!?」
「この幸薄そうな男が!?」
ギクッとハッコウが怯える。
ご名答。その幸薄そうな男が賢者クラウドの弟子兼パシリだ。
「なぜこんなところに! 本物の魔導書を隠して逃亡中のはずでは!?」
「へー、そういうことになってんのか」
などとクラウドがのんきに言っている間に、ハッコウは兵たちに捕まってしまった。
「師匠~」
「何あっさり捕まってやがんだ……」
「だってこの人たちには何の罪もないんですよ……」
「お優しいこって」
確かにその通りだが、ご丁寧に捕まってやる必要もないだろうに。
それはともかく、ハッコウを捕まえた兵たちはクラウドと対峙する。
「この男が賢者の弟子ならば、お前は賢者の弟子の弟子ということか!」
「だから本物の魔導書で強力な魔法を使えるようになったのか……」
「お前の師は捕まえた! おとなしく捕まるのであれば、悪いようにはしない!」
兵たちのその推論は完全に的外れではあるのだが、わざわざ訂正してやる義理もない。
そして、クラウドにとって、ハッコウが捕まったからというのは投降の理由にはなっていなかった。あれに人質としての価値は欠片もない。
そんな、全く動じないクラウドに、兵たちのリーダーらしき男が尋ねる。
「投降する気はないのか……?」
「まぁな」
「お前の師がどうなってもいいのか?」
「そいつも覚悟の上さ」
「……ものすごく首を振っているが」
「あれは『私のことはどうなってもいいから自分の道を行け』の合図だ」
もちろん嘘である。
だが、重ねて言うが、クラウドにとってハッコウの命が投降の理由になることはないのだ。
「くっ、何故だ……何故お前たちは自分たちさえ使えればいいと思っているのだ!」
「国王陛下は魔導書を独占して逃亡するお前たちに、たいそう心を痛められておいでだ!」
「俺たちも同じ気持ちだ!」
「もしあの賢者のような強大な魔法が使えれば、魔王との戦いで世界を守るために力を振るうというのに……」
「お前たちが本物の魔導書を渡しさえすれば……」
強力な魔法を使うクラウド相手に、緊張する兵たちが口々に不満を挙げる。
彼らのそれは誤った認識だった。
ハッコウは、まさに彼らに戦う力を与えるために魔導書を複製して配ったのだ。
だが、そこに写し間違いがあった。そのため、もともとよりも大幅に威力が落ちた魔法になってしまった。
それは意図したものとは大きく違った結果だ。
しかし、それを「偽の魔導書を複製した」と流布した者がいた。
国だ。国王だ。
彼らは、そんな国の嘘を信じてしまっただけなのである。
ハッコウの言う通り、彼らに罪はない。
「なぁ、お前たち」
「何だ!」
「強力な魔法を使いたいか?」
「使いたいに決まっているだろう!」「俺たちにも魔王の脅威からみんなを守れる力があれば……」「今すぐ俺たちにも使わせろ!」
「そうかそうか。なら使えばいいじゃないか」
「えっ……?」
そんなに使いたいなら、別に使えばいい。
クラウドは普通にそう思った。
そもそも、こちらはすでにそういう方針だ。
望むところである。それに……。クラウドはニヤリと笑う。
その邪悪な笑みに気づいたのは、ハッコウだけだった。
「お前たちの言う通りだ……世界を守るために魔法を独占するなど、もってのほか。世界中に正しい魔導書を配る!」
「な、何!? 本当か!?」
「あぁ、本当だとも」
クラウドがにこやかに笑いながら答える。
ハッコウはガクガクと震えていた。
「し、しかしーー何故こんな、突然……」
「お師匠様はそもそも偽の魔導書を配ったつもりはなかった。もちろん、逃亡なんてこともしていない! これは事故だったんだ! それに気づき、お師匠様は正しい魔導書を改めて配るためにやってきた! そのために魔導書の原本も必要だった!」
「ほ、本当か……?」
「もちろん本当だ!」
半分は真実だが、半分は真っ赤な嘘である。
しかし、兵士たちは熱のこもったクラウドの言葉にだんだんと傾いていく。
そして、疑問に思う。
これが本当だとしたら、国王陛下は賢者の弟子が逃亡したなどと言ったのは何故だーー!?
「……話を聞こう」
「隊長!?」
「賢者のお弟子殿がおとなしく捕まったままなのも気になる。彼がその気ならば、逃げることなど造作もないことのはず。我々と敵対するつもりがなく、本当に魔導書を何とかするために来たのだとすれば……抵抗しないのも筋が通る」
ハッコウが抵抗しないのは単に人よすぎるからだけどな、とクラウドは思う。
捕まったのが賢者なら容赦はしていなかった。
「……賢者の弟子のお弟子殿よ。本当に、我々が魔法を使えるようになるのか?」
クラウドは神妙に頷く。
「その言葉、信じよう」
こうして、賢者クラウドは思いがけず味方をーーより正確に表すのであれば、先ほど思いついたばかりの計画を遂行するための手駒を手に入れたのである。
何の計画か。
それはもちろんーー
王が自分から頭を下げてクラウドに従う計画だ。
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