九話 新たな罠
もうぷに子喋らせていいんじゃないかな?
ぷに子の最強が確定してからというものの……特に何かあるわけでもなく、ナオヤ達はまったりと過ごしていた。それもそのはずで迷宮にやってくる探索者たちに最奥まで辿り着くようなものがいるわけでもない。ナオヤ達がのんびりしている間にも迷宮の中では探索者達が必死で、あがき苦しんでいるのだが、ナオヤ達はそれを全く気に留めず過ごすしていた。
「あー、こうも暇だと堕落してしまうな」
迷宮の最も深いところ、通称管理室。そこでナオヤは少しこんもりと、横になりやすいように盛り上がった土、そしてその上に平たく引いてある赤い粘液質の物体。そのぷに子によって作られたベットで横になっていた。このぷに子によって作られたベット、と言うよりもはやぷに子の体自身であるベットは体を覆うように柔らかく包み込み使用者の体に合わせて変形する、それは非常に心地のいいものだった。
これ以上のベットが果たして元の世界にあっただろうかとナオヤは思う。
「こうしていられるのもぷに子のお陰だよ」
「♪」
その柔らかな丸い胴体に沿って何度も手を往復させる。ぷに子はそれが気持ちいいみたいで俺の手へと自身の体をすりすりと擦り付ける。その動作も俺の心をくすぐる。ああもう、ぷに子は可愛いなぁ。
ぷに子といちゃついているナオヤへと向けられる視線、その視線を辿るとそこには黒い大きな犬……本来は狼なのかもしれないが。普段は多くのヘルハウンドをまとめ、その群れの長として行動していただけあり中々に威厳のある佇まいなのだが、ナオヤの前ではただの撫でられたいだけの犬と化していた。羨ましそうにぷに子を見つめ、その撫でる主へと期待するような眼差しを向けている。
「あ、主殿よ。我も撫でてもらっていいだろうか?」
「撫でたいのは俺も山々なんだが……今はぷに子の番だからな」
「♪(ふふん、敗者は大人しくしいてね?)」
「くっ……」
俺としてはヘルも一緒に撫でてやりたいのだが今はそう言うわけにはいかないのだ。それは少し前の出来事である。ぷに子、ヘル、そしてミーちゃんの三人で争っていた。三人の間を飛び交う、雷や炎。今まで平和な世界に住んでいてこのような争いを見る事のなかったナオヤどころか、この世界の人間でさえ後ずさりしてしまうような戦い。肝心のその争いの内容はと言うと……最近ぷに子が俺の事を独占できていないというものだった。そして、たまには独占させろ! と言う完全に身勝手なものだ。
これに対し、ヘルとミーちゃんは、
「主殿は何もぷに子だけのものではないであろう……それにお前は十分に独占しているだろうが! 隙を見つけていつも主殿に絡みついて! たまには我にも独占させろ!」
「!!(元々ご主人様は僕のものだもん!)」
「昔はそうだったのかもしれぬが、今は我のものだ! お前にはないこの毛に主殿は夢中だからな」
「!!(それなら僕だってこのぷにぷにつるつるの体にご主人様は夢中だもん)」
「何をっ! お前の体が我の毛に敵うわけない」
うん、確かにヘルのごわごわの毛にもぷに子のぷにぷにとした体も俺は大好きだよ。ただ、どっちの方が好きかと言われると決めきれるものではないな。そもそも比べる方向性が違うというものだ。一人そんな事を考える俺を無視して二人の会話は更に加速していく。そして更にそこに加わる一匹の竜。
『そうだぜ、ぷに子。たまには俺達にも独占させろよ』
「ぬ、新参者は黙っていてくれないか?」
「!(そうだそうだ!)」
バッサリとミーちゃんを切り捨てるようなヘルとぷに子の発言に青筋を立てる。
『ああっ!? 俺様は竜なんだぞ!?』
「我に負けたであろう? 竜(笑)なのに」
「!(スライムに負ける竜(笑))」
『お前ら……たった一回勝っただけで調子に乗りやがって!! 今度こそ誰が一番かを分からせてやる!!』
「ほう、いいだろう。ならば勝ったものが今日一日主殿を独占できるという事でどうだ?」
「!(ふふん、ご主人様のためにも僕は負けないからね!)」
こうして俺を賭けた争いが始まった。勿論俺の承諾など関係なしだ。……私のために争わないで!! とでも言うべきなんだろうか? もし言ったとしても無駄だろうなぁ、と呑気に三人の争いを眺めていた。
……その結果は当たり前と言うか、分かり切っていたと言うべきか。勿論の事、ぷに子の勝利だった。そしてぷに子は言葉通りの意味で俺の全身全てを二人の視線を受けながら堪能しているのだ。
「一体いつになったらぷに子に……」
『俺様は竜……そう、下の方とはいえ最強種族の竜のはず……あはははは』
ヘルはまだしも、ミーちゃんに至っては二度もスライムであるぷに子にこてんぱんに負けて自分の存在を疑うまでに至ってるようだ。そんな二人を無視して、ぷに子は満足げに俺へとじゃれつく。それにまた反応する二人、俺の元へと今にでも駆けつけたいようだが先ほどの約束が邪魔している。
……好かれるのはいい事だけれども三人仲良くと言うのは無理なのだろうかと思ってしまうのも無理はなかった。
さて、じゃれつくのもいいのだが俺は迷宮の管理もしなくてはならない。というもののぷに子達のお陰で探索者はここまでやってくることは無い。だがそれはあくまで”ぷに子達のお陰”なのである。
少し前まで猛威を振るっていた迷宮の罠、主に落とし穴は今や全く通じない。探索者の多くは罠をくぐりぬけ、二階層まで辿り着く。二階層に辿り着く事ができなかった探索者の多くは落とし穴のぷに子によって引きずりこまれたものである。確かに魔物、それもぷに子の分身だから死ぬようなことはないのだし、それで済むなら構わないよ? だけど俺にも意地というものはある。そうあっさりと一階層を抜けられては迷宮の主としてのメンツが立たないというものだ。早速俺は迷宮の改変を始める。
「何で俺達がこんなことを……」
「そう文句を言うなよ。支払いはいいんだぜ?」
新たに迷宮にやって来た二人組の男達。彼らは迷宮にやってくる者に多くいる、ギルドに頼まれた者、誰も踏破していない迷宮で名をあげようと言ったものとは違った。彼らはそう言った表で生きる者ではなく、裏で生きる者であり、金さえもらえればなんでもやるといったその筋の者には重宝されるような者だ。その中でも彼らは長年この仕事を務めている。それは様々な恨みを買い、危険も多いこの仕事をずっと成功させてきているという事である。
そんな彼らはこの迷宮は踏破できずともある程度の所まで行けると確信して中へと入ったのだが……
「おい、いくら何でもおかしくないか?」
「ああ、魔物もいないし、罠もそう難しいようなものではない」
探索者、否魔物狩りとは違い、暗殺や諜報に長けた彼らにとって迷宮の罠は大したものではなかった。だが、それも今までの迷宮ならである。この迷宮は今までの迷宮と違うのだ! と管理室の誰かさんは高笑いをしていた。
警戒しながら土に囲まれた無機質な通路を歩く二人。
「おい、後ろ」
「おっと」
軽く、それこそ隣人に挨拶するかのように手をあげ飛んできた弓矢をキャッチする。そしてその場からすぐに飛びのく二人。彼らがその場から飛んだ瞬間、彼らがいた場所の床はなくなっていた。落とし穴が仕掛けられていたのだが二人はそれを予測して、あらかじめ飛んだのである。
「連鎖して仕掛けるのは基本通りだな」
「このままなら楽勝じゃねえか。魔物狩り達は何をやっていたんだ」
「魔物狩りばかりに精を費やしているからここが弱いんじゃないか?」
「ちげえねぇ。今まで殺ってきた奴らもあっさりだったもんな」
軽口をたたきあい、お互いに笑いあう二人。だが、その余裕もすぐに消え去ることになった。ゴゴゴゴゴと迷宮内に鳴り響く音。その音の聞こえる方を見て二人は全力で駆け出す。そう、音の正体は迷宮の通路を埋め尽くすほどの大きさの巨大な岩石だ。それは二人の方へと勢いよく転がる。
「おい、どうするよ!?」
「兎に角、曲がる場所さえあればどうにかなるはずだ!」
全力で走りながらも二人は相談する。二人の言う通りただ直線的に転がる岩石なら曲がればそれだけであっさりと避けられるはずである。だが、走れども曲がり路は無く続くのは直線である。
そして……
「行き止まりかよ!!」
「ちっ、やるぞ」
二人を待ち受けていたのは他に道がない壁だった。これ以上逃げることができないと悟った二人はそれぞれの獲物を持ち、岩石へと向かい構える。
「はぁっ!」
男が気合いを籠めて放った一閃。その剣戟は空を切り裂き、その延長上にある岩石を真っ二つ、どころか粉々に切り裂く。砕かれた小粒の石が降り注ぐも二人は無事だった。
これをモニター越しに見ている一人と魔物達もあっさりと岩石を切断したその技術に思わず感嘆の声をあげている。
「油断するとこれだ」
「全くだ、早く違う道を探そう」
二人がそれぞれ己の得物をしまった瞬間だった。再び鳴り響くゴゴゴゴと言う音。お互いに顔を見合わせ再びその音のする方へと構える。
「何度来ても砕いてやろうじゃないか」
「これずっと来るわけじゃねえよな?」
二人の視線の先、そこからくるものは岩石ではなく……鉄の塊だった。
「「は?」」
二人は声を合わせて同じ言葉を発した。だが、そのまま固まっているわけではない。このままでは押しつぶされると全身全霊の力を込めてその鉄の塊へと技を放つ。
けれど二人をあざ笑うかのように鉄の塊は無情にも攻撃を受け入れずそ、そのまま二人を押しつぶした。
後に残るのは二つの血だまりだけだった。
感想、批評、評価等是非お願いします。やる気出ます。