八話 第二回迷宮内闘争
ちょっと長め
小さな部屋の中、向かい合う、ヘルとミーちゃん。いつもののほほんとした様子はそこにはなく、二人は睨みあい、今にも食い掛からんとしている。俺の宣言と共に、それは始まった。
「では、第二回迷宮内闘争。一戦目、ヘル対ミーちゃん。始めっ!」
事の始まりはミーちゃんの一言、俺の漏らした言葉。
『しっかし、探索者共も弱いのばかりで楽しくねえなぁ。なぁ、ヘル』
「うぬぅ、確かにの。我が昔居た頃はもっと……」
ぶつぶつと言いあう二人。
「ぷに子はどうなんだ?」
「!!」
ぷに子は撫でられているだけで満足かな、と言っているような気がする。最近は何となくぷに子の言いたいことが分かるようになった。はたしてそれが本当にあってるのかは定かではないが。
しかし、
「そんなに手ごたえがないならお前らで戦えばいいんじゃないか?」
『!!』
「む!!」
言った後にに自分の迂闊さに気付いた。こんなことを言ったらどうなるかは火を見るより明らかだ。
『いいじゃねえか、今日こそ俺様が一番強い事を証明してやるぜ』
「ふん、何を言っている。こんどこそ我が前の屈辱を……」
どうやらヘルは前ぷに子に負けたのを未だに気にしていたようだ。ヘルは可愛いし、十分に強いのだから気にすることないと思のだけど。きっとそう言う問題ではなく、魔物として格下であるスライムに負けたのが気に食わないのであろう。
「はぁ……」
ため息をつきながらも準備する。
それになんだかんだ言ってこの中で誰が一番強いのかは俺も興味がある。
流石にミーちゃんだよな? ぷに子がミーちゃんに勝つことなんてないよな流石に。そんな事が普通にありそうで怖い。何はともかく、迷宮内闘争が始まったのだ。
初戦はヘルとミーちゃんだ。ぷに子は前回王者という事で後からである。
そのぷに子は俺の腕の中に収まりモニターを見つめている。
さて、どうなることか……
取りあえず牽制とばかりに、魔法を撃ちあう二人。既にこの時点で常人にはついて行けないものと化している。ただ、このままでは埒があかないとミーちゃんが動き出す。
『竜息吹!!』
口から吐き出される炎のブレス。この間とは違い、それはきちんと吐き出される。ミーちゃんの顔が真っ赤になることもない。その圧倒的な竜の力を持つ息吹は、先ほどまで拮抗していたヘルの魔法をあっさりと打ち破り、その体へと迫る。
「ちぃっ!」
悪態をつきながらも、迫りくるミーちゃんの息吹をどうにかするために魔法を放つ。随分に前にぷに子と戦った時に、放った雷球。それは以前とは比べ物にならない大きさであり、内在する魔力も段違いだ。
だが、それでもミーちゃんの息吹を止めるには至らず、体へと命中する。
「ぐうっ」
『ふん、その程度かを』
「何をっ!」
ヘルが電光を穿つ。俺では目に見えないその雷をミーちゃんは何ともないようにあっさりと弾いた。そしてこれ程度かと見下す。その視線を受けてヘルの攻撃は激化するがどれもが通じない。
もう既にヘルはほとんど手の内を晒してしまっている。だが、それでもヘルは諦めない。何しろ敬愛する主人がモニターの向こうで見ているからだ。主に褒めてもらうため、そしてその主の一番を取っているぷに子へとリベンジをするためにもミドラを倒さなければならない。
その為の作戦を必死に練り続ける。
『諦めてもいいんだぜ? 俺様に通じるような攻撃も、もうないだろ?』
その様子を見て万策が尽きたと思ったのかミーちゃんは挑発するように言う。
だがヘルはそれに食い掛からず、必死に頭を巡らせる。
どうにか……目の前の竜に勝つ手段はないかと。そして思いつく一つの手段。
「迅雷!!」
再びミーちゃんに向かって雷を放つ。
だが、それはミーちゃんによってあっさりと弾かれてしまう。
『悪あがきなんてせずに大人しく……なっ?』
ミーちゃんが視線をおろすとそこにヘルはいなかった。だが、いくら小竜とはいえ、竜であるミドラはそれで焦るような事はない。即座に後ろから迫るヘルに気付き、爪突き立てる。
『ごらぁ! あっ?』
再び漏れる驚きの声。ミーちゃんの爪はヘルの体を切り裂くことなく、ずぶりと柔らかな感触と共にそのまま体の中へと埋もれたのである。爪を抜こうと試みるが、深くまで刺さったそれはそう簡単に抜けるものでもない。そして、ヘルの体だったはずのものを流れる電気が確実にミーちゃんへと蓄積されていく。
その状態のミーちゃんへと放たれる複数の雷撃。それは”本物”のヘルから放たれる雷撃だ。今、ミーちゃんへと絡みついている液状のヘル。それは普段は迷宮の中にいる、ぷに子によって作られたぷに子の体で出来たヘルである。
『ふん、だがこれくらいッ』
片腕にぷに子によって作られたヘルをぶら下げながらももう片方の腕でヘルの雷撃を弾いて行く。
片腕が使えないとはいえ、ヘルの攻撃はミーちゃんには未だ通じない。これでもまだヘルの方が分が悪いのではないか? そう思った矢先だった。動きが止まる翼、支えるものがなくなったその体は物理法則にしたがって地面へと落下していく。
『なッ?』
ミーちゃんは体を動かそうと試みるも動くことは無い。先程から繰り返し受けていた雷撃、それはダメージは通らなくとも確実にミーちゃんの体を蝕んでいた。そして、更には微弱とはいえヘルの分身に流れている電流。その中に片腕を突っ込んだのだ。その蓄積された電流は体の動きを阻害し、ついには動きを止めるまでとなった。
攻撃をほとんど受けずに無傷だとはいえ、動けなくなってしまってはどうしようもない。
これはヘルの勝ちでいいだろう。
「えーと、一回戦はヘルの勝利!!」
「うぉぉぉぉん!!」
ヘルの勝利の遠吠え。そりゃあ、格上である竜へ勝ったのだ。ヘルだって嬉しいだろう。
戻ってくる二人、その様子は対照的でヘルは尻尾を振りながら爛々と。一方ミーちゃんはこれ以上がないぐらいに俯き、落ち込んでいる。
取りあえずは褒めてもらいたそうにしているヘルを褒めてやるとしよう。
「凄かったぞ、ヘル。正直勝てると思ってなかった」
頭を撫でてやるとヘルは気持ちよさそうにする。
「あそこでぷに子の分身の力を借りなければ敵わなかったのも事実。精進いたします」
そうは言いながらも尻尾はぶんぶんと横に振られている。それでも十分嬉しいようだった。あれはもはやぷに子の分身と言うよりもヘルの分身だからヘルの力と言っていいんじゃないだろうか。それに分身を使わなくてもヘルの雷だけで動きを止めるまで行けたのではないか?
「いえ、我が力だけでは竜であるミドラの動きを止めることはできませんでした。それにあのような事が出来たのも分身だからこそと言うもの。やはり我だけではどうすることもできなかったでしょう」
凛とした顔で言い切る。うん、そうは言っても嬉しいんだな。後ろでぶんぶんと勢いよく振られている尻尾を見れば分かるよ。
『この俺様が負けるなんて……嘘だ……』
「ほら、そう落ち込むな」
落ち込むミーちゃんに声をかける。が、それでも暗いままだ。
だが、今回の負けはヘルが頑張ったというのもあるが一番大きいのはミーちゃんの油断だろう。
何も警戒せず、相手の攻撃を弾いたこと、それにミーちゃんならさっさとヘルを追い詰める事ができたはずだ。のんびりと攻撃を弾いて無ければこんな事にはなっていなかったはずである。
「まあ、なんだ。いい教訓になっただろう? たとえ相手が誰であろうと侮るんじゃない」
『……おう』
そっぽを向きながらも頷く。どうやら自分でも自覚しているようだった。これなら、恐らくこれからヘルがミーちゃんへ勝つことは中々ないだろう。
「さて、次はどうする? ヘルとミーちゃんどっちがぷに子とやる?」
『俺様にやらせてくれ』
ミーちゃんは落ち込んでいるし、ノリノリであるヘルの方がいいかと思ったのだがミーちゃんがそう言うのであればそうしよう。ヘルに視線を送ると頷き返す。ヘルも別に構わないみたいなので早速始めるとしよう。
「では、二回戦。ミーちゃん対ぷに子。始め!」
さて、始まった二回戦。果たしてどうなるのだろうか。流石にスライムであるぷに子が竜であるミーちゃんに勝つような事は……ないよな? でもぷに子はミーちゃんに勝ったヘルに勝ったんだしなぁ。あり得てしまいそうなのが怖い。
俺がそんな事をまったりと考えている間にも戦いは進む。
先程とは違い微塵の油断もないミーちゃんは相手の攻撃を待つようなことは無く、苛烈な攻撃を仕掛けていく。一方、それに対しぷに子はと言うと……それらを体で受け止め何ともないように飲み込んでいる。
『なっ!? これならどうだ、風刃ッ!』
ミーちゃんが放った風の刃。うん、人の体をその鎧や盾ごと切り裂くそれは普通であれば受け止められるものではないんだろう。そう普通であれば。残念ながらぷに子は明らかに普通ではないのだ。
「♪」
全く効いてない、それどころか嬉しそうにミーちゃんの放った風刃をその体の中へと取り込んだ。
これには俺とヘルも驚く。先程からミーちゃんの攻撃を取り込み続けたこともそうだが、一体ぷに子は何の攻撃なら通じるんだろうか。
遠距離だと分が悪いと、距離を詰めるミーちゃん。スライムであるぷに子は体の中心である核を破壊しない限り死ぬことは無い。普通の、普通のスライムであればミーちゃんが放った魔法でもう既に死んでいるのだろうけれど……
ぷに子は体の一部を伸ばし、迫るミーちゃんを狙うが、数々のぷに子の細くとがった触手のようなそれを躱していく。躱し続け、ついにその爪がぷに子の体に当たるかと言う瞬間、ぷに子の体がその場から消える。
『は?』
本日何度目か分からないミーちゃんのあっけに取られた声。
その原因になったぷに子の本体はと言うと、先ほどの伸ばした触手を伝って移動し、ミーちゃんの後ろへと移動していた。そして、振り向く前にミーちゃんを覆うように展開する。
『ふん、竜息吹!!』
先程までとは全く違う威力の竜息吹。これには流石のぷに子も取り込むことができなかったのかミーちゃんを覆いかぶさっていたぷに子が離れる。
してやったりと言う顔のミーちゃん。だが、この時点で既に勝負はついていた。
足元にいた、ぷに子の分身。それがミーちゃんの体に触れた瞬間にミーちゃんの体は動かなくなる。
『は……?』
「!♪」
機嫌良さそうにぽんぽんと跳ねる。ミーちゃんは必死に体を動かそうとしているが、動く気配はなさそうである。これは終わりでいいのかな?
「えーと、二回戦はぷに子の勝利!」
何をしたのかがさっぱりだけどこれはぷに子の勝ちでいいだろう。
戻ってくる二人。ぷに子はいつも通りだが、ミーちゃんはさきほどよりも落ち込み、この世の終わりみたいな顔をしている。
「ぷに子はすごいなー。しかし、何をしたんだ?」
「!!、!!」
「何だと?」
ぷに子曰く、使ったのは毒だそうだ。それにより、ミーちゃんの動きを止めたと。
いやいや、小竜とはいえ竜の動きを一瞬で止めるような毒ってどんな毒だよ!
もはやぷに子はスライムと言えないと思うのだが。どうでしょう。
一方、ミーちゃんはと言うと……
『スライムに負けるなんて……俺なんてどうせ……』
隅っこで俯き、ふてくされていた。先程とは違って、油断もしてらず、全力でやって負けたからなおの事ショックが激しいのだろう。それに、相手は最弱と言われるスライムだしなぁ。ぷに子とはいえ。
「まあ、なんだ……うん」
慰める言葉が見つからない。仕方がないので、膝の上へと連れてきて撫でてやるのだった。
「さて、三回戦、否決勝戦。ぷに子対ヘル、始めっ!」
さて、気を取り直して三回戦。ぷに子対、ヘルだ。
だけど、もうこれはぷに子が負ける未来が見えない。どうあがいてもヘルが勝てるとは思えないのだが、どうなのだろうか。
そんな俺の考えなど知らず、ただぷに子に勝つ気しかないヘルは対面するぷに子を睨み付ける。
対面したまま動かない二人、どうやらお互いに相手の動きを待っているようだ。仕方がないなぁ、と言ったように動き出すぷに子。いつものように体を変形させ、ヘルに襲いかかるのかと思いきやぷに子が放ったのは魔法だった。
「!!」
初めて見るぷに子の魔法。さっきの戦いで、ミーちゃんが放った風刃と全く同じ……いや、速度も大きさも全く違った。もはや風刃、と言うよりも竜巻と言っていいそれはヘルを襲う。狭い部屋の中では避けるような場所もない。ヘルは必死に魔法を放つが、その竜巻は受け来る魔法などびくともせずに、あっという間にヘルへと迫った。
「……っ?」
ヘルに直撃する寸前、その竜巻は消える。どうやらぷに子が途中で魔法を消したようだ。
確かにあれが直撃していたらヘルは無事ではなかっただろう。ヘルもそのことが分かっているのか、潔く負けを認める。
「う……分かった、我の負けだぷに子よ」
こうして決勝戦は先程よりもあっさりと終わった。
ぷに子の恐ろしさを垣間見ただけの第二回迷宮内闘争だった。