七話 転機
この世界の中央に位置する、最も大きな国ジュノー。そこにある魔物を狩るための組織、ギルドは大騒ぎだった。その理由は少し前に現れた三匹の龍にあった。大昔、災厄をこの世にもたらした龍達、それは迷宮の中へと封印されていると言われていた。その龍が北へと飛び去る姿が目撃されたのだ。この世界の伝説でもあった三匹の龍が現れただけでも大騒ぎだったというのに、三匹が眠っていたと言われる迷宮から帰ってくる者がいなくなったのだ。龍の出現によって活発になった魔物、そのの対処も迫られ、その原因と思われる迷宮の調査は一向に進まない。
そして王国が行った異世界者の召喚。その異世界者は迷宮へと向かったのだが……帰って来たのは一人だけだった。だが、帰ってくる者がいなかった迷宮についに帰ってくる者が現れたのだ。それだけでも大きな進歩とも言える。
その帰って来た本人である、サラこと石野沙良は目の前にいる、ギルドマスターであるグリーフへと説明を続ける。
「じゃあ、なんだ……あの迷宮、ファーヴニルは今までのような魔物で溢れかえっている迷宮じゃなくて罠だらけの迷宮になっていたと?」
「はい、入口の方までしか入れてませんが魔物は一切いませんでした」
「むぅ……」
グリーフは頭をかきながら頭を巡らせる。果たしてそのような事が本当にあるのだろうかと。確かに魔物狩り達は罠には慣れてはいないだろうがそれでも警戒する脳ぐらいは持っている。それ程までに秀逸に隠された罠なのだろうか。数々の経験を積んできた魔物狩り達が罠だけによってやられていく、とても信じられる話ではなかった。
だが、異世界者であり、転移魔法を扱うサラがこういっているのだ。そして同じく異世界者であるウルに、長年魔物狩りとして経験を積んできたヴルドが帰ってきてないのだ。ここまでくるとサラがウルとヴルドを殺して帰って来たと言われた方がまだ信じられるというものだ。だが、サラがそのような事をする者ではないことをグリーフはよく知っている。
「よし、分かった。随分と参考になった。ファーヴニルに向かう者達にはこのことを伝えておこう。サラ、お前はどうする?」
「私は……」
目の前に見える少女は明らかに憔悴していた。それもそうだろう、一緒にいたウルが帰ってこないのだ。
どうなったかは誰も口にしないが、結果は分かり切っている。
「存分に休め。どうするかはそれから決めろ」
その言葉を受け、暗い顔をして出て行く少女を見送りながらも考える。
迷宮ファーヴニルからやっと帰還者が出たのに先は暗いままだ。一方で他の迷宮、レギンやオッテルからの帰還者は未だにいない。ファーヴニルと違い、迷宮に辿り着くまでが困難という事もあるだろうが……
「はぁ」
一体これからどうなるのかとグリーフは頭を悩ませるのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・
あれからというものの迷宮は変わった。なんせ、どの探索者も落とし穴に引っかからなくなったのだ。
かといって、ここ、モニターの所までたどり着くものがいるかというとそんな訳はなかった。
落とし穴が破られたからと言って他の罠まで破られたわけではない。それにこの迷宮の守り主、ぷに子がいるのだ。ぷに子がいる限り、この迷宮の最奥までたどり着くことは不可能と言えるだろう。
さて、随分と広くなった一階層、その様子を見て行くとしよう。
ある一つの三人組のグループ。いかにも魔法使いと言った感じのローブを羽織った二人に、鎧を着た戦士。きっと本来は中々の強者なのだろう。この迷宮でなければ。
早速、三人組は落とし穴がある通路へとやってくる。パカッと開くように割れる足元、だが三人はそれに落ちるようなことは無く、穴の上に浮いている。ミーちゃんに聞いた所、風魔法の応用だそうだ。この迷宮の落とし穴に対する対策としてこれを使う探索者は多い。
普段ならば、ここで穴の中からぷに子が襲いかかるのだが、今はそれはない。ぷに子の分裂体には穴の中で大人しくしてもらっている。なんせ、ぷに子が出てしまったら一瞬で終わってしまうからな。ぷに子が出るのはもっと下の階層だ。と、話がそれた。探索者の様子を追うとしよう。
三人はと言うと、落とし穴の次にやってくる罠、それは弓矢だ。
単純な罠だが、本来、落とし穴を避けたばかりの探索者には効果的なのだ。ただ、最近先ほどのように風魔法を使って避ける者が多いせいで空気と化している。何かしら改良を加えないとな。
さて次の罠は……ってそうだった、ここにあるのはアレだった。
「ん? 行き止まりか」
「みたいだな、仕方がない引き返そう」
探索者が止まり引き返そうとした瞬間、光りだす地面。
そして三人は別の場所へと飛ばされる。
正方形の部屋、その中央にいるのは体が液体で作られている小さな竜だ。
その竜は三人を見下ろし威厳をたっぷり籠めて言う。
『ふふ、よく来たな。竜の力を思い知りながら死ぬがよい』
それに対し三人は……
「竜? ちっさ」
「ちっちゃい」
「何か、可愛らしい見た目だな」
小さい、それはミーちゃんに対しての禁句だ。体をぴくぴくと震わせ、憤るミーちゃん。
『お前ら……絶対に殺す!!』
ミーちゃんによる三人の蹂躙が始まった。
「風刃!」
「炎舞ッ!!」
迫りくる風の刃と炎の渦、だがそれをミーちゃんは何ともないように、ひらりと躱す。
そのことに驚きながらも、大きく息を吸い込む、目の前の小竜の攻撃に備える。
『竜息吹………………あっ』
「ん?」
「なんだ?」
息を貯めるだけ貯めておいて、何も起こらない。そしてミーちゃんの何かを忘れていたかのようなと言う声。向かい合う三人はいつまでも来ない攻撃に首を傾げている。その様子を見て、モニターの前で見ていた俺達はミーちゃんに生暖かい視線を送っていた。当のミーちゃん本体は顔を赤くし、恥ずかしそうにそっぽを向いている。
きっと、ぷに子の分身体という事を忘れて、いつも通りに攻撃しようとしたら、いつもと体が違い思ったように攻撃できなかったのである。このことからミーちゃんが久しぶりに来た探索者にどれほど浮かれているかが分かるというものである。全く……ミーちゃんは可愛いなぁ。
『がああああッ! 風刃!!』
その理不尽な八つ当たりは探索者へと向けられる。先程の間抜けな吐息とは違う攻撃。探索者と同じ魔法だが、中身は全く違う。その大きさ、数、何もかもが違った。探索者も慌てて魔法を撃ち返すが、ミーちゃんの風刃の勢いは変わらない。先頭にいた、戦士の構える盾を切断し、鎧ごと体を切り裂く。
後ろにいた二人もあっさりとミーちゃんの風刃によって切り裂かれた。
切り裂かれ、散らばる四肢。あっという間だ。
モニターから目を離し、ミーちゃんへと顔を向ける。未だに恥ずかしいのか顔を赤くしているミーちゃんへと一言。
「まあ、ドンマイ?」
『うわああああああ』
その言葉でついに耐えられなくなったのかどこかへと飛び去ってしまった。
ミーちゃんはおっちょこちょいだなぁ。
落とし穴がばれる原因となった探索者、サラ。その時の転移魔法をまねて作ったのが転移の魔方陣だ。
というか、普通に設置しようとしたら設置できたのだけれども。迷宮の罠は何も考えずに設置したいと思ったものを設置できるし、魔法の事とか考えてないのである。その転移先、それは二階層で待ち構えているぷに子、ヘル、ミーちゃんの部屋だ。三人が戦いたいと言うので仕方なく作ったのだ。だけれど、戦っているのは本体であり、本体ではない。ぷに子が、分身でヘルとミーちゃんの体を作り、そこに意識だけを移したものだ。簡単に言うのであれば、自分の分身ができたようなものだ。
これならばヘル達が死ぬことは無いので俺も許可したわけだ。なんと便利な……と思うがもうぷに子なら何でもありだと思うようになってきた。俺の中でぷに子最強説が段々と定着してきている。