四話 ゆっくりな時間
右からはぷにぷにとした感触、そして左からは舐められる感触。その二つで俺は目を開く。
俺の顔の右にはぷに子が、左はヘルが顔を舐めている。
「ぷに子、ヘル、起こしてくれるのはいいんだが……」
嬉しくはあるのだが、ヘルに舐められたところはべとべとするし、ぷに子が乗っかっているところも謎の液体が残る事がある。一体何の液体か分からないがあまり心地の良いものではない。そんな俺の心の中を知らずに、ぷに子は構ってほしそうにこちらを見てるし、ヘルは起こしたご褒美にと頭を撫でてほしそうに尻尾をぶんぶんと振っている。取りあえず二人の要望に応えて撫でてやる。
二人が満足するまで撫で終わった後、二人へと言う。
「あのなぁ、ぷに子、ヘル。起こすのは構わないんだが舐めたり、頭に乗るのは止めてくれないか?」
その言葉に二人とも不満そうな態度をとる。ぷに子は首を振る真似なのかプルプルと震えているし、ヘルは露骨に嫌そうな顔だ。
「主殿よ。我は尊敬する主殿のご尊顔を起きた時、綺麗でなければならないと思い、舐めているのだ! 決して我がじゃれつきたいからと言うわけではないのだ」
うん、本音が漏れてるね。というか懐きすぎじゃないですかね? ぷに子も何かを訴えているようだが俺には分からない。代わりにヘルがぷに子の言葉を伝える。
「ぷに子は『頭がだめならどこに乗ればいいの? 股間?』と言っておるぞ」
「それはだめ。色々とだめ。どうしてそうなった」
「『だってご主人のいっつも朝大きくなっているから……鎮めないといけないかなぁって』と」
「それはそう言うものなの! 放っておいていいから!」
全く……ぷに子は純粋だと思っていたのに。これは完全に意味を分かってて言っているよな。
ぷに子が可愛い女子だったら……全然かまわないのになぁ。むしろ毎日鎮めてもらいたいとか少し思ってしまうのは仕方ないことだ。
「兎に角、起こすにしてもどっちかだけにしてくれ」
それなら少しはましになるだろう……きっと。
俺はずっと洞窟の中にいて昼夜の感覚は既になくなっていた。だが、睡眠がいらないというわけではない。だからなるべくこまめに睡眠をとるようにしているのだ。ヘルとぷに子は睡眠がいらないと言うので俺の代わりに見張りをしてもらっている。何かあったらいつでも起こすように言ってある。ただ、大抵は何かあることは無く、ただぷに子とヘルが構ってもらいたいがために起こされることが多いのだが。今までは俺が寝ている間は今までぷに子は暇していたみたいだが、ヘルが来てからそれもなくなった。
どうやら俺が寝ている間は二人で遊んでいるようである。なんだかんだ言ってぷに子とヘルは仲がいいのだ。
ぷに子とヘルがいてくれるお陰で俺は退屈することなく、ここで過ごせている。不満があると言えば食べ物だろうか。いつも探索者が持っている携帯食料などを食べているのだが……これがまた美味しくない。良くて干し肉である。
流石に迷宮の中に美味しい食べ物を持ち込むようなものはいないのだ。仕方がなく、俺は美味しくない携帯食料をもしゃもしゃと食べていた。
外に出て、人間の町に行ってみたいとは思うのだが、ヘルやぷに子を連れていけるかも分からないし、迷宮を出てもいいのかも分からない。困ったものだ。あれからあの神からの連絡もなく、いつまでこうしていればいいのかも分からない。まあ、いつも通り、考えても仕方がないと考えることを放棄した。
さて、何だかんだ起きてしまったのだが何をするとしようか。ヘルは遊んで欲しそうにこっちを見ている。ぷに子も同じだ。しかし、こうやって尻尾を振っている姿を見るととても魔物には見えない。図鑑には凶暴で、好戦的と書いていたのになぁ。ただの犬にしか見えない。
「じゃあ、何をして遊ぼうか」
そんな俺の言葉に予想外の答えを返すヘル。
「我は、探索者とやらと戦ってみたいのだが……」
どうやらずっと探索者と戦いたくてうずうずしていたようだ。先程の認識を改める。やはりヘルはヘルハウンドと呼ばれる魔物なんだな。
しかし……俺としてはできれば戦ってほしくない。ヘルがどのくらいの魔物かは分からないが、万が一探索者に負けるようなことがあったら俺はヘルを失う事になる。それだけは絶対避けたい。
うーん、でもヘルは戦いたそうにしているしなぁ。
「ん、どうしたぷに子」
俺の胸に抱きかかえられているぷに子が震える。
何かを訴えているようだ。もしかして……
「お前、ヘルと戦いたいのか?」
「!!」
その通りであるようだ。元気よく胸の中で跳ねる。ヘルはと言うと、いい度胸だと言った具合にぷに子を見ていた。流石にぷに子がヘルに敵うとは思えない。なんせ、スライムとヘルハウンドだ。誰が見てもヘルハウンドが強いと思うだろう。
「主殿、戦ってもいいだろうか。どちらが上かを分からせてやらないといけないのでな」
「お、おう……」
その威圧に押されてつい頷いてしまう。ぷに子はと言うとこっちこそ分からせてやろうと言った具合に睨みつけている。ああもう、これ大丈夫なんだよな?
正方形の無機質な部屋で向かい合う、ヘルとぷに子。この部屋はぷに子たちが戦うために今作った部屋だ。普段いるモニターがある部屋の隣にあり、見渡せるように作ってある。これならぷに子たちを見ながら、すぐにモニターも確認することができる。やってくる探索者のお陰でこれぐらいの部屋を作るぐらいには魔力に余裕ができているのだ。
「一応言っておくが、殺すなよ?」
「勿論だ主殿」
「!」
俺の言葉に返事をする二人。まあ、ヘルなら上手く手加減するだろうし大丈夫だろう。
「じゃあ……始め!」
合図と共に二人は動き出す。先に攻撃を仕掛けたのはヘルだ。
ヘルの前に浮かぶ、ぷに子の小さな体の三倍以上ある三つの雷球、それはヘルの言葉と共にぷに子へと向かっていく。
「飛べ」
ちょっ! 大丈夫なのか!? と心配するがぷに子は難なくそれを躱し、ヘルに向かっていく。
ぷに子の体の一部が細く、鋭くなり、分裂する。数え切れないほど、無数に分裂した槍のようなぷに子の一部がヘルを襲う。
「ちぃっ!」
悪態をつきながらもぎりぎりの所でぷに子の攻撃を躱し、隙を伺う。だが、ぷに子の攻撃は途切れることはなく、終わりが見えない。むしろ、ヘルを段々と追い詰めていく。このままでは押されるだけだと思ったのか、ヘルも攻撃に転じる。
「雷雨!!」
部屋中を荒れ狂う雷が埋め尽くす。あっという間に部屋は雷に包まれ何も見えなくなる。
「ちょっ!!」
つい、声をあげてしまう。ヘルは恐らく放った本人であるだろうし、大丈夫だろうが、ぷに子は無事なのか!? 心配しながら雷が収まるのを見つめていると、雷が収まった後、そこにいるのは先ほどの雷によって傷ついたヘル、そして何事もなかったように立っているぷに子だった。
これにはヘルも驚きが隠せないようで、呆然としている。
「なっ!? くっ!」
先程のようにぷに子は体を変形させ、ヘルへ襲いかかる。先程よりも動きの悪いヘル、恐らく雷雨とやらで魔力を大分使ったに違いない。ただ、それでもぷに子の攻撃はヘルを完全に追い詰めるにはいたらない。
むしろ、ヘルはぷに子の攻撃になれてきたのかぷに子の攻撃をよけながら距離を詰めていく。このままヘルが距離をつめ、ぷに子へとその牙を届かせるかと思いきや……
ヘルの後ろに突如として現れる、橙色の液体。それはヘルの体を包み込んでしまう。
部屋を見ると部屋の四方にぷに子がいた。いや、ぷに子の分身と言うべきか。一体いつの間に展開したのか、それは恐らくヘルが雷雨を放った時には既に展開していたのだろう。
ヘルがぷに子に包まれ、動くことができなくなったことを決着として戦いは終わった。
戦いが終わり、ぷに子とヘルが戻ってくる。ぷに子は褒めて欲しと言った具合にいつものように俺に飛び込んでくる。ヘルはと言うと落ちこみ、うなだれている。
「主よ、不甲斐ない姿をお見せいたしました。ぷに子が我が魔法を吸収してしまうとは……それにあの展開速度に、分身数……まさかぷに子がここまでとは」
ヘルにそこまで言わせるほどなのか。とはいえ、この世界でどのくらいのレベルのものかは俺には分からないが、ヘルの魔法もとんでもないものだったと思うのだが……
それをあっさりと吸収してしまったぷに子。それに、ぷに子は迷宮の中にいくつも分身を残したままである。一体、本気になるとどれほど強いのだろうか?
俺の知らないうちに育っているぷに子に驚愕しながらもこの調子だとどれだけ強くなるのだろうかと少し、怖くなるのだった。