32話 牢屋
一方、ナオヤが連行される、少し前、ミア達はと言うと……
「ん~……ヘルぅ」
「ミア殿……あまりじゃれつくのは勘弁してほしいのだが」
「ヘルが気持ちよすぎるのがいけない」
豪華な部屋の中でわさわさとヘルの毛を撫でまわすミアの姿があった。気持ちよさそうにヘルの毛を、体中を撫でまわすミア、それには若干、ナオヤに放っておかれているというせいもある。そして何よりも……ナオヤが元の世界の知り合いであると言う人物に不安を覚えていた。もしかしたら、ひょっとしたらナオヤが、セントールに、迷宮の主ではなくなってしまうのではないかと。私達の元から離れてしまうのではないかと不安に思っているのだ。
その不安をヘルの毛を撫でる事によって紛らわせようとしている、というのが 一番の理由だった。そのミアの心情に気付き、ヘルは慰める様に話す。
「ぬぅ、大丈夫だと思うぞ。我が主は我らの元から離れたりすることはないであろう」
「それでも……心配」
さて、こうずっと悩んでいるミア……我のもう一人の主をどう慰めようかと思案している中、突然の騒動。そして扉からなだれ込んでくる。
「魔族の味方め! その身を拘束させてもらう!」
部屋へとなだれ込んでくるなり意味の分からないことをほざく人間ども。殺していいだろうか? と思わないでもないが仮にも主の友人であるものがいる国なのだ。ここは殺さずに無力化しておくのがいいだろう。
「雷縛」
部屋中の人間達に瞬時にいきたわる電撃。それは体を痺れさせ自由を奪う。その電撃を受けたものは皆等しく地面へと這いつくばっていた。
「くっ!?」
「何があったか説明してもらおうか」
「お前らの仲間が迷宮に関与しているという事でとらえたのだよ!! その中まであるお前らは殺してもいいと命がでているのだ!!」
這いつくばりながらそんな事を言う人間。果たしてどちらが上か立場を分かっているのだろうか。しかし……主が捕らえられたという話。にわかには信じがたい。なんせ、今回セントールにやって来たのだが、それにはひっそりとぷに子も付いて来ているのだ。果たしてあの二人、我よりも強いぷに子、それに狡猾で思慮深い主殿がむざむざと捕まるとは思えなかった。それを考えるならば主は何かしら理由があって捕まったと思うのだが……
どうするべきかと悩んでいるところにやってくる赤色の丸い塊、それはぷにこの分身であろう。
「!!(ご主人様はなんかやることがあるから先に帰っていてくれ、だってさ!)」
「ふむ、理解した。では先に帰るとしようか、ミア殿」
「ん……」
ミア殿もこの会話で、それともそもそもある程度理解していたのか我の返事にあっさりと頷く。主には劣るだろうがミア殿も中々に聡明であるのだ。馬鹿では我が主にはついて行けないのである。さて、我は主の命を達するとしようではないか。
そう決めた我はぷに子の案内を受け、部屋の中に未だに入ってくる兵達をなぎ倒しながら外へと向かい始める。
――
薄暗い地下室、その中にナオヤはいた。無機質な地面、そして入り口は何本もの鉄の牢で防がれている。そして見張りの兵士が二人。しかし……はっきりいって暇だった。ここに連れられてきてからというものの、何かを問われることもなく、ただ単に牢屋の中へと入れられているだけなのだ。ナオヤの知らぬところでは王に報告がいっていたり、リョウがナオヤをどうして捕らえるんだ! と言ったような交渉があったりと様々な事が起こっているのだがそれはナオヤの知りえぬことであった。
あまり大ぴらにぷに子と触れ合うわけにもいかず、ナオヤは暇であった。一体どうしたものか……と悩む中、こつこつと階段を降りる音、やっと本題である何かが来たようである。
降りてきた人物、そいつは丸まると太った醜い……と言うのは少し失礼か、いやしかし元の世界でもここまで太った者は見たことがなかった気がする。一体どれだけ不摂生な生活を送っているのだろうと、どうでもいいことを考える。
「お疲れ様です! ロウド様!」
「どうだ、この男の様子は?」
「はっ! 今の所……」
突然の畏まった門番の挨拶に少し驚く。どうやら目の前の人物はそれほどまでにえらいものであるらしい。
「おい、お前。迷宮の主だそうだな。何故人間が迷宮を管理しているのだ?」
「……」
わざわざ、そんな事を聞くために俺を捕らえたのだろうか? いや、一番の目的は……
「まあ、そんな事はいい。迷宮に眠っていると言われている神具、それを渡してもらおうか」
まあ、だろうなぁ、と思う。ただ、そんなこと俺に答える義務はないわけだ。
「……」
「ふんっ、だんまりか。さっさと口を開いたほうが楽になるというものの。いいだろう、って、おいっ、早速……ってお主らは一体どうしたのだ!?」
と、この不摂生な男、何か先ほど名前を呼んでいた気がするがもう既に忘れたし、巨大なお腹でいいだろう。驚く、巨大なお腹。なんせ命令を出したのだが、それに答える者はいない。既に周りの見張り達の首と胴体は繋がっていない。自然に見張りの胴体と首が離れたわけもなく、ぷに子によって切り離されたのである。勿論、俺が指示したものだ。
もう少し面白い話を聞けるかと思っていたが、こんな予想通りの事を聞くために生かしていたというのであればもうここにいる必要も感じないしな。ただ、少し心残りなのはリョウともう少し話をしたかったことだろうか。とはいえ……あいつはあいつで別の道を行くみたいだし、これ以上話す必要も感じなかったが。
「お前! この国で一番偉い我輩にこのような事をして……」
と、巨大なお腹の言葉は最後まで紡ぐことなく、終わる。さてと……さっさとここを出て、迷宮に帰るとしようか。本当はもっとセントールでゆっくりするつもりだったのになぁ。やっぱり人間の町に行くと、というよりも外に出るとトラブルばかり起こるものである。これは果たして俺が悪いのだろうか?
そんな事を悩んでいると再び聞こえるここ、地下牢へとつながる階段を降りてくる足音。
「ナオヤっ! 無事か……って、えっ?」
それはリョウだった。それに先ほどのリョウに師匠と呼ばれていた老人。赤く染まった地面、そしてそこに横並ぶ死体に驚きの顔を浮かべている。
「ああ、俺達は迷宮へと帰らせてもらう」
「ナオヤ……? これはナオヤが?」
「ああ、わざわざ痛い事をされる趣味もないしな。邪魔をするというのであれば……たとえ
お前でも手加減はしないぞ?」
対面するリョウはナオヤの言葉に絶句する。親友が、何もためらいもなく、人を殺したこと、そして長い付き合いであった自分へと向けられる殺気がその言葉は嘘ではないと証明する。
「一体どうして……」
「どうしてってそりゃあ、捕らえられたら誰だって逃げようとするだろ?」
リョウが言いたいことはそう言う事ではない。それを分かっていてナオヤはそんな返答を返す。二人を包む沈黙、その沈黙を破ったのは師匠と呼ばれていた老人であった。
「悪いですがナオヤ殿、貴方に逃げてもらっては困るのですよ。今なら命までは奪いません。大人しく牢の中へと戻ってもらえませぬかな?」
「それは無理な相談だと分かっているだろう?」
「ならば……仕方あるまい」
リョウが止める暇もなく、その腰にさす剣を抜き、ナオヤへと振りぬく。それは洗練された一撃、たとえどんなものであろうとその首を切り落とす。
実際、リョウの師匠であるこの老人、昔は魔物狩りとして活躍し、その等級は金級の更に上である白銀等級まで上り詰めた猛者であるのだが……
その剣戟はナオヤの首の直前で止まる。その剣先には赤色の液体がくっついている。それに気づき、というよりも手ごたえがなかった時点でもう一本の剣を抜き、次の攻撃に移ろうとしていた師匠。それはこの場の誰の目にも止まらない動き、そう、一匹のスライム以外には。そのスライム、ぷに子は次の攻撃がでるまえに誰の目にも留まらない速度でその体を細く、鋭く伸ばし師匠の首をはねる。あっけなく飛ぶ、元白銀等級である師匠の首。
二人には何が起こったのかすら全く理解できていない。ただ二人に分かったのはナオヤの首元へとたどり着いた剣、そしてそれと同時に飛んだ師匠の首だった。
「し、師匠……?」
自分より遥かな強者であった師匠。彼が死んだことを未だにリョウは認められないでいた。そんなリョウを傍目にナオヤはのほほんとぷに子を撫でる。
「ありがとう、ぷに子。守ってくれたんだな。じゃあ、帰るとするか」
「♪」
勿論、ナオヤをリョウが放っておくわけもない。
「おい! ナオヤっ!」
「あのな、お前は昔なじみだし、同じ道を行くと言うのであれば歓迎する。だが……敵対すると言うのであれば容赦するつもりはない。たとえ、それがリョウ、お前であろうともだ。今回は見逃してやるから国王にでも伝えておけ、これ以上迷宮に手を出したら容赦しないと」
もう既にナオヤの中ではリョウは大切なもの、ではない。ナオヤが大切なのは自分の周りにいるぷに子達だけ、昔の存在などどうでもいいのだ。
その言葉にリョウは……何も言えず、苦しげに頷くだけだった。