27話 逃走
GWですね、大変ですね、ああああ
モニターには迷宮へとやってきた探索者とぷに子の戦う姿が映っている。そして不満を隠そうともせずに、管理室、俺の膝の上にいるぷに子へと文句を言い立てるヘル達。
「仕方ないだろ、今回はぷに子じゃないといけないんだから」
そう、誰があの探索者達と最初に戦うという話になったのだが、それは勿論の事、皆、自分が! となったわけである。ただ、俺が思いついた作戦を実行するにはぷに子に動いてもらわなければならなかった。なので否応なしにぷに子を送り出したのだ。
だから、今不満が出ている訳であるが……それでも納得できない所があるようである。まあ、なんといっても説得は無理だし、取りあえず放っておくとしよう。今はそれよりも探索者達のことだ。
やってきた探索者の二人、筋肉質な男と転移魔法使いである女。驚く事に分身体で、本体はヘル達の相手をしているとはいえ、ぷに子と互角にやりあっている。とはいえ……万が一にもぷに子が負けることはないだろうと疑う事はないのだった。
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目の前のスライムは明らかに異様な存在であった。スライム……それは身体の中にある核を壊せばあっさりと崩れ落ちるような魔物だ。だが……目の前のスライムには核が存在しない。その半固形の身体しかないのだ。
核がないスライム……もう何度も攻撃は当たっているのだが相手はそれを気にしていない、全くきいていないようである。それに加え、まるで竜のような強力な攻撃。
それを私はかろうじて防いで……いや、それもこの男が私に来る攻撃を防いでくれているおかげでなんとか生きている。一人だったらもう既に死んでいるだろう。しかし、このままでは男の力が尽きるとともに私の命も終わるのは明らかだ。しかし、そう簡単に打開策が思い浮かぶわけでもない。
「むぅ……流石にこのままでは不味い」
目の前の男も同じことを考えているのかそう口にする。ただ、そのあとに取った行動はサラの予想もしていないものだった。
「ふんっ!!」
勢いよく、己を鼓舞するような力強い掛け声と共に、一瞬で男はスライムの元へと距離を詰める。勿論の事、サラと男には絶え間なく、様々な魔法がスライムから飛んでいる。その魔法をものともせず、体で弾きながら 接近しているのだ。そしてスライムに逃げる暇を与えず、その体へと自らの拳を突き入れる。
度重なる男の攻撃に段々とその体を飛び散らし、小さくなっていく。
作戦とも言えない強引な方法にサラは驚いて、ぽかんと呆けたように口を開ける。普通ならば、竜のような強力な魔法をその身で受け止めるなど考えられない。常人であればあっという間に耐えられず、どうなるかは明らかである。あまりにも現実離れした目の前の男が本当に人間なのかが疑わしくなってくる。
そんなサラの驚きを知らない男は目の前の飛び散り、元に戻らなくなったスライムを見て満足げに頷く。
「うぬ、これでいいいであろう。先に進むとしようではないか」
「え、ええ」
まともに返事を返さないサラを不思議に思いながらも男は先に進もうとする。だが、この程度でこの迷宮最強であるスライム、ぷに子が終わる訳はないのである。
「ぬ?」
「えっ!!」
二人の前に再び振って飛び出たように現れる二匹のスライム。それは先ほどと全く同じ外見で、同じ魔物であった。思わずサラは後ろを振り返る。そこには確かに先ほど倒したはずのスライムの残骸とも呼べる半固形の液体が散らばっている。それは……このスライムは先ほどと別のものという事を示していた。
それを見て、サラは絶望する。一体でさえ、あれほどの力を持つこの魔物、それがまだ存在しているなんて……一体この迷宮にはあのスライムがどれだけ存在しているというのだろうか。
「ふむ」
困惑するサラとは対象に男はいつものように落ち着いていた。そしてじっくり目の前の魔物について考える。目の前にたたずむ二匹の魔物、それは確かに先ほどのスライムと同じ見た目、同じ空気を纏っている。核を持たないという魔物としておかしな性質。そして、昔男が一度だけ目にしたことのある魔物……それもスライムであったが自身の体を分ける事ができるという性質。それらから考えられることは……
男は一つの結論をだす。
「あれは、魔物の本体ではないのであろう。恐らく分身体と言ったところであろうか」
「なっ、そんなわけ……」
男の言葉にサラは咄嗟に否定の言葉を発する。それも当然だった。なんせ、分身体、自らの体を分けるような魔物は地上には存在していない。話に出ることはあるがそれは空想上、伝説のような話である。そしてなによりもその分身体が同じく竜と同じような力を持っているなど信じられることではないのだ。
「しかし……うむ、そうだな。サラ殿、我は逃げる事を提案しよう」
「何故っ!!」
状況が悪い事は分かっている。なんせ、先ほどのような力を持つスライムが二匹。それもサラでは全く敵わない相手である。それに加え、恐らくあのスライムは本体ではなく、分身体と言うのだ。であるなら本体にサラが敵うことなどありえないことなのだが……
ついに恨みを果たせるかもしれない。一階層をあっさり抜けた時からのその思いが逃げる、と言う選択肢を邪魔する。
「サラ殿よ、命ある限りは何度でも挑戦できよう?」
「くっ……転移魔法!」
その言葉に渋々頷くサラは苦しげな顔を隠そうともせずにその魔法を唱えたのだった。
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モニターから消える二人の探索者の姿。恐らく女の転移魔法で逃げ出したのであろう。
「よし、よくやったぷに子!」
「♪」
褒める俺、撫でられ、飛び跳ねる様に喜ぶぷに子。そう、これは予定通りの事なのだ。元々転移魔法を使う事の出来るあの女をそう簡単に倒せるとは思っていなかった。いや、別にぷに子であれば抵抗する暇もなく、殺すこともできるのだろうが……それよりも返した方がいいと考えたのだ。勿論、ただでかえしたわけではない。戦いの最中、ぷに子が相手の体へと潜んだのだ。
その理由は主に情報収集である。あまり地上と関わる気はないがそれでも今回のような事が毎回あるのは面倒である。相手の事を知れて困ることは無いのだ。あいつ等であれば探索者の中でもそこそこの地位にいるのだし、必然といろんな情報も手に入るであろう。
しかし……迷宮の壁を壊し、ぷに子の攻撃をも防ぐあの男、一体何者なんだろうか? あんな人間がいるとは驚きである。そもそも人間であるかも疑わしかったが。
『あーあ、俺も戦いたかったなぁ』
「うぬ、またこないものだろうか」
どうして二人はこう血の気が多いのだろう。俺としてはもう二度と来てほしくないんだけどなぁ。そんなナオヤの考えをよそに意気込むヘルとミーちゃんであった。