三話 落とし穴最強説
最初の探索者がきて、それからすぐに次の探索者はやって来た。
やって来たのだが……俺が何かするまでもなく、最初に来た探索者と同じように落とし穴に落ち、ぷに子の餌食になったのだ。中々に強そうな二人組だったのだが、結果は最初と同じだった。当のぷに子本体と言えば、当初の青色から橙色へと変化している。強い探索者(本当に強いか定かではないが)を取り込むことによって成長したようである。
二組連続で落とし穴へと落ちて行ったわけだが、流石に今まで来た探索者が間抜けだっただけで、次来る探索者はそんなものではないだろうと気を引き締める。
気を引き締めていたのだが……
三組目に来た探索者、それは男二人と女一人のパーティーだった。二人の戦士と一人の魔法使いと言った具合だ。三人は今までの探索者と同様に迷宮の変化に違和感を感じ、話し合っている。
「おかしいな、以前と違って魔物の気配が全くしない」
「ですね……一体どういうことでしょうか?」
「まあ、この迷宮だ。油断はせずに行こう」
凛として言い切る言葉に少し期待を寄せる。いや、落とし穴に引っかかってくれるのが俺としても一番楽なのだけれども苦労して考えた他の罠が使われないのは少し悲しいものがあるじゃないか。
三人は警戒しながらも、大胆に進んでいく。そうして、三人は落とし穴がある扉へとたどり着く。
慎重にゆっくりと警戒しながら扉を開く。そして、いつものように割れる地面。
「は?」
「ん?」
「えっ?」
……え?
なすすべなく落ちて行く三人。
あの、あの。仕掛けた本人が言うのもなんですがあっさり引っかかりすぎではないですか?
ひょっとしてこの世界には罠なんて概念がない? いや、そんな訳は流石にないよな?
……まあ、この疑問と不満は置いておくとして、ひっそりと楽しみにしていた女性探索者だ。ほら、男ならさ……スライムに取り込まれる女性って何かこう少し来るものがあるじゃない。ない? 俺だけ? いやきっとそんなことないはず。まあ、いいだろう。期待をこめてモニターを穴の中へと移す。
ただ、そこには俺の期待していたような光景は無かった。鎧を溶かされた後、悲鳴を上げ、体を溶かされゆく姿。そこに写るのは恐怖と、苦痛に脅かされる三人の姿だった。うん、見なければよかった。すぐにモニターをいつもの場所に移す。
モニターから目を離し、考える。やはりこの世界に罠は存在しない? それならば俺の迷宮はかなり難しいものとかすのではないか? もしそうならば……ここでのんびりと働かずにまったり暮らすことができるだろう。何もしなくていい夢のニート生活。それならここで暮らすのも悪くない。それにぷに子を前に出さないで済むのは助かる。俺はぷに子を死なせるようなことはしたくない。この迷宮にやってきてからずっと一緒にいるぷに子、もう随分と愛着を持ってるし、こいつも大分懐いている。まあ、用心しておくに越したことは無いし、さらなる準備をしておくとしよう。
それからというものの、特に困ることもなく、やってきた探索者達は落とし穴へと沈んでいった。果たしてこんな簡単に探索者を倒してしまっていいのだろうかと思うほどだ。こちらとしては楽でいいし、まったりぷに子と遊べるからいいのだけど。当のぷに子と言うと探索者を取り込んで段々と強くなっている。
増やせる分身の数もかなり増えたし、溶かすも随分と早くなっていっている。ただ、そのぷに子の強さも比較するものがいないので、どれほどのものかはさっぱりなのだが。いくら強くなったとはいえスライムだ。これからも探索者の前へと出ることは無いだろう。
そして俺はというと……だいぶ魔力が増えた。
どうやらこの迷宮で探索者が死ぬと増えるようだ、というか迷宮取扱書にそう書いてあった。探索者が死ぬことによって俺の力が増えることを考えるとどうかと思うものもあるが……俺が生きるためだ。設置できる罠の上限も増えている。迷宮も少し広くなり、二階層となった。まあ、迷宮が一本道なのは相変わらず変わりないのだが。やはり道を増やしても無駄な罠が増えるだけという結論だった。探索者を分散できればいいのだろうが、そのように動くものがいるとも考えにくい。結局は一本道でいいだろうという結論だ。
さて、ここからが本題だ。魔物図鑑をめくる。そこには初めてめくった時とは違い、数々の魔物が描かれている。流石にこの迷宮の魔物がぷに子だけなのは不安がある。ぷに子は俺が魔物図鑑を開こうとする度に邪魔をしていたのだが、度重なる説得をし、やっとのことぷに子の理解を得た。
どうやら俺の近くにいるのは自分だけでいい! みたいなことを思っているようである。可愛いやつだ。
で、問題は何の魔物を召喚するかなのだが……取りあえず一匹ずつまとめていくとしよう。
まずは、オーク。
見た目は茶色の毛に包まれている。酷い言い方をすると豚が二足歩行している感じだ。
特徴としては接近戦に強く、性格も獰猛で戦い向きと言えるだろう。オークには失礼だろうけど、豚みたいな魔物はいいかな……どうせなら可愛い魔物がいい。そして俺は魔物に戦わせる気はないので近距離で戦える魔物はあまり必要ない。ぷに子を召喚してから思う、俺はこいつに死んでほしくない。
きっとこれからの魔物にもそう望むだろう。だからなるべく遠距離をできる魔物がいい。
まあ、万が一ここまでやってくるものがいる場合を考えて接近戦をできる者も考えておくべきだろうけど。
次は、フェアリー。
小さな妖精。魔物だと言うのが不思議な可愛らしい見た目。どちらかと言うと人間側についてそうなイメージがある。例にもれず様々な魔法が得意で、接近戦は苦手なようだ。まあ、この大きさでどうやって戦うって話だが。小さく、相手にも見つかりにくいだろうし、俺の主旨にもあっている。それに魔法の幅が増えると迷宮に設置できる罠にも幅が増えるかもしれない。フェアリー……ありだな、候補に入れておこう。
さて、次は……ヘルハウンド。
見た目は普通の真っ黒な犬だ。だが、やはり名前の通り獰猛で、素早い動きに、凶悪な牙。それに加え雷魔法を使うらしい。黒々とした見た目に雷を使う、まさに地獄の犬と言った感じだな。ふむ、中々いいかもしれない。そして何よりも一番の理由は犬可愛いじゃない。本当犬可愛い。
最後は、ワーム。はい、即却下。無理、とまでは言わないけれども止めておきたい。
だって、この迷宮にミミズがでかくなったようなのが這い回る……うん、考えたくないな。
何を召喚するとしようか、と考えるまでもなく俺の中ですぐに結論は出ていた。さっそく本に手を当て、召喚したい魔物を念じる。目の前に生まれるのは黒く、ふさふさとした毛を持ち、大きな牙をもつ犬、ヘルハウンドだ。呼び出した瞬間、その可愛らしい姿に俺はいてもたってられなくなり抱き付く。
ああ、本当に可愛らしい!! それにこの気持ちのよいふさふさとした毛! もうこれだけで俺は満足だ。
「主殿よ……そう抱き付かれると我もどうしていいのか分からないのだが」
「えっ?」
驚き、目を見開く。今、喋った?
「何を驚いている主殿よ」
「え、だって話して……」
「我ぐらいの魔物になると普通に話すぞ? そもそも話さない魔物の方が少ないぐらいであろう」
ちらりとぷに子を見る。ぷに子はスライムだ。つまり、最低ランクの魔物のはず。
だから話せなかったのか。てっきりぷに子は話すことができないから魔物は話すことができないものだと思っていたのだが……これは非常に嬉しい。
「……」
じっとこちらを見つめる視線。その視線の主はぷに子だった。恨めしそうに、悲しそうにこちらを見ている。嫉妬してくれているのだろうか?
「ああ、ぷに子。大丈夫だ、たとえ話せなくても俺の一番はお前だからな」
飛び込んでくるぷに子を胸で受け止める。
その様子にヘルハウンドは少しムッとする。
「主殿よ、我はそのぷに子と言うスライムよりも役に立って見せよう」
どうやら俺がヘルハウンドよりもぷに子を構っているのを見てプライドが傷ついたようである。
ぷに子も対抗するようにヘルハウンドを睨む。全く……これからずっと一緒に過ごすことになるのだし仲良くしてほしいものなのだが。ただ、俺としては可愛らしい仲間が増え、とても満足だった。