1章 白い学園-3
宙が回転し私は見事にお尻から着地した。
「いたたた…。」
「だ、大丈夫ですか?」
「ここ…どこ?」
「こひめ様!まさか打ち所が…!ここはあなた様のお部屋!そして私はこひめ様の案内人でございます!すぐさま医者を用意し―」
「いやいや!そこまでしなくていいから!寝ぼけてるだけだからーっ!!」
「ああ。そうでしたか。安心致しました。」
長い睫に大きな銀の瞳。白い肌にふっくらとした唇。
起きて早々、目の前にあったら誰だって驚くに違いない。距離が近すぎる。
チェルダは大げさに驚いたあと、にっこり微笑んだ。
「それではこひめ様こちらへ。お召し物を着換えましょう。」
「え?着替えくらい自分で・・・」
「いいえ。これも私の仕事ですから。」
転げ落ちた場所に突っ立っている私を促すようにチェルダは言った。
仕事なら・・・まぁ、しょうがないか。
「じゃあ・・・お願いします。」
人に何かしてもらうには少し抵抗がある。
それも、自分がいつもやっていることをしてもらうのは・・・恥ずかしい。
ふかふかのベッドにもう一度腰掛けるとチェルダは私の前に跪き私が着ていた服のボタンを丁寧に外し始めた。
お姫様っていうのはこういうのが当たり前で、恥らったりはしないものなんだろうか。
「それにしてもこひめ様は素晴らしい方ですね。」
「な、なにが?」
急な声かけに動揺してしまった。平常心平常心。
「いえ。ここのベッドは少し大きめに造られておりまして、ですからベッドから落ちた方は今まで一人もいらっしゃいませんでした。初めての事です。さすがです。」
「チェルダ・・・私、あんまり褒められている気がしてないのだけど・・・。」
「すごく褒めてますよ。さぁ、脚を上げてください。」
長い綺麗な指が時々素肌に触れる。昨日初めてあった人に私はなんて事をさせているんだろう。
伏せた目、紡いでいる口。私とはかけ離れた美しい人。
意識すればするほど、なぜか心臓がうるさい。
ただ着替えているだけなのに。
「こ、こういうのも案内人がしなきゃいけないの?」
とりあえず会話を続けようと少し上ずった声で問いかける。
「ええ。そうですよ。」
「なんか案内人って言うより執事みたい。」
「確かに仕事の内容的に似ておりますね。まぁ、私には部下がいませんので執事というよりは従者な気がしますが…こひめ様が言う意味合い的には同じです。」
「そうなんだ…従者って言うともうちょっと位が下なイメージだけど。」
「いえいえ。こなしている仕事は執事も従者も大差はありません。ですので大きな優劣はございませんよ。違いと言えばただ一人にお仕えするのが従者、お屋敷に仕えるのが執事です。けれど私にはどちらも正しい意味では当てはまりません。ですから案内人なのです。似ていたとしてもそれは似ているだけに過ぎないのです。」
「へー…」
よくわからないがとりあえず相槌だけ打っておく。
「さ、用意ができましたよ。ご確認くださいませ、こひめ様。」
「なんか脚がスースーする…。」
「そのうち慣れてきますよ。この身なりが基本ですから。」
ベッドから立ち上がり、部屋の壁にある大きな鏡に向かって歩く。
腰から広がったスカートは長めに作られているのに想像してたより軽い。
歩くたびにふわふわと脚に触れるがそれも羽みたいに柔らかく気にならない。
高級そうな絨毯の上をゆっくりと歩き、こひめは鏡の前で足を止めた。
そして真っ直ぐ前を見つめる。
「・・・え。」
「いかがですか?初めての正装は。」
いかがもなにも、これじゃあまるで――
「―――“おひめさま”みたい・・・。」