1章 白い学園-1
コツコツコツ・・・
「ほわー…」
白のレンガで丁寧に造られた道を歩きながら目をきょろきょろ動かすと、緑の芝生に合わせて赤いバラや黄色いバラ、色とりどりのバラ達が所狭しと咲き誇っている。
中庭の中心には噴水が、その向こうには洒落た屋根付きテラスが。そのまた反対の向こう側にはリゾートプールのようなものまで用意されていた。
「お気に召しましたか?」
「はっ、はい!もちろん…こんな綺麗なところ、見たことなくて…。」
「ふふ。それはそれは光栄です。ありがとうございます。」
燕尾服の彼女は、前を向いたまま足を止めずに言う。
「そういえば、ここってどこなんですか?日本…じゃないですよね。」
「ええまあ…白玉様は日本の方なのですか?」
「はい。生まれも育ちも…。」
「そうだったのですか。私は日本の四季が好きなんですよ。桜、向日葵、コスモス、スノードロップ…季節ごとに花が変わって行くのが素敵です。」
「まぁ…確かにそうですね…。…それじゃあ、あの…お姉さんは――」
「“お姉さん”?…ああ、すみません申し送れておりました。私、案内人の“チェルダ”と申します。皆は私の事を“案内人”と呼びますが、チェルダでも構いませんよ。お好きにお呼びください。」
「じゃあ…その…チェルダさんはどこの国の人なんですか?」
先ほどから彼女の後ろを歩くたびに、さらりと銀の髪が揺れ動く。
私の髪とはかけ離れたその綺麗な色の髪に、私とは住む世界が違うのだとなんとなく感じていた。
「そうですね…、私の出身国は確かイタリアですかね?…遠い昔の話です。」
声色を変えずに彼女は言う。
「イタリア・・・なるほどスパゲッティの国・・・」
「ふふ。それは少々偏った印象ですね・・・。」
「えへへ・・・私、英語もイタリア語も話せないからチェルダさんが日本語が上手で助かりました!」
「日本語?申し訳ありません、私日本語は…」
「えっ?でも今私と言葉が通じて…」
チェルダさんの言葉には申し訳なさが混じっていて冗談ではないように見える。
てっきりチェルダさんが日本語ぺらぺらなんだと思っていたのに。
やっぱり何かがおかしい。
私はまだここがどこなのか、私がどうしてここにいるのかも、何も知らないのだ。
やれやれと言った風にチェルダさんは微笑むとそんな事より、と切り出しこちらに体を向けた。
「そんな事より白玉様、私はただの案内人ですよ。丁寧な言葉や私を“さん”付けで呼ぶのもお止めくださいませ。案内人の名が廃ります。」
「そっ…そんな事?!」
「ええ。私にとってはそんな事です。案内人としての役割が薄れてしまう事のほうが、私にとっては大切なことですから。」
二人の間をさらりと風が吹き抜ける。
チェルダは銀の髪をなびかせながら、曇りのないにこやかな笑みで強く言葉を発した。
「わ、わかった。じゃあ敬語も“さん”付けもやめま・・・やめる。だから教えて欲しいの。どうして日本語が話せないチェルダと言葉が通じるの?ここは一体どこなの?…もしかして私の記憶がないのも何か知――」
ゴーン・・・ゴォーン・・・
その時、重く響く鐘の音が響き渡った。
「な、なに!?」
「まぁ。これは授業が終わったことを知らせる音ですよ。」
「すごい音…。」
「そうですか?私はこの音しか聞いたことがありませんから。それとさっきの質問の答えですが――」
ゴーン・・・ゴォーン・・・
鐘の音が響く中でチェルダの声が届く。
「――“1年後”嫌でもわかる時が訪れますよ。」
その声はとても冷たく感じた。