1章 白い学園-0
ぱち。
私はふと目を開けた。
どうして?って・・・
これが私の物語の始まりだから。
横たわった身体に伝わるひんやりとした固い地面の感覚。
「う…うう、ん・・。」
目を覚ました私は、手を地面につき、ゆっくりと身体を起こした。
そして瞬きをする。ぱち。ぱち。
「…ここ、どこ…?」
視線を上げると、そこは上も下も右も左も真っ白で何もない大地が広がっていた。
そしてもう一つ、視界に映ったのは端がどこにあるのかわからないくらい大きな柵に囲まれた白い建て物。そしてその柵の前にはこれまた大きな門がある。こんな建物、今まで見たこともないし、知らない。
ぱち。ぱち。
「…なんで私、こんなとこで倒れてるんだろう…」
だんだん頭の働きが戻ってきた。
――私の名前は“白玉こひめ”(しらたまこひめ)。
お父さんとお母さんが子供を“ひめ”と呼びたい、という理由だけで付けられた名前だ。
年齢は17歳、血液型はA型。誕生日は…3月3日のひなまつり。
「・・・そういえば、よく“ひめまつり”とか言ってからかわれてたっけ・・・。」
姫なんて柄じゃないのに。私はどちらかというと小さい頃は女の子とお家でままごと遊びするより、男の子と外で遊ぶほうが好きで楽しかったし、花見だって花より団子派。おしとやかで大和撫子なお姫様のイメージなんて私にはまったく持ち合わせていなかった。
『白玉さんって全然“お姫さま”って感じじゃないよね!どっちかっていうと…白玉…白玉団子!』
好きな人にまでこんなことを言われてしまったのだから。
この一件があって私は、やんちゃな女の子を卒業し、出来るだけ女の子らしく振舞うようになったのだ。
はぁ。っとがっくり肩を落とす。
…って今はそれどころじゃない!
自分の事はわかるのに、何処に住んでいたのか、何故ここで倒れているのか、親の名前さえ思い出せない。
「どどど、どういうこと・・・!?私、どうしちゃったの!?もしかして…記憶喪失!?」
手が震えて寒気がする。これも記憶喪失のせいなのかな。
どうしよう、帰る家もわからないし頼れる人もいない。
一旦深呼吸して回らない考えをめぐらせる。
だけど、右も左もわからない世界で一体どうしたら…
「お待ちしておりました。」
「えっ?」
「お待ちしておりました。」
急に声が聞こえた。知らない人の声。
視線を少しあげると私の目の前に燕尾服の女の人が立っていた。
慌てていたせいだろうか、その人が目の前に来たことに全然気づかなかった。
宝石みたいな銀の長髪。スラリとした長い脚に長い腕。そして指先まで綺麗に揃っている美しい手。
左手を胸元にそっと当てながら私に向かってゆっくりと会釈をする。
「お待ちしておりま」
「わかった!!わかりましたから!!」
永遠にループするかの如く同じトーンで同じ言葉を話す彼女をとりあえず制止した。
「えっと、あなたは…?」
「お初にお目にかかります。私はこの学園で案内人を務めている者です。」
「…学園…え、この建物学校なんですか!?」
「はい。」
そういうと彼女は頭を起こし、にっこりと微笑む。
「ど、どんなお金持ち学校なの…。」
「白玉様も明日から通われるのですよ。」
「あはは、まさかぁ!…って!え!?そ、それは、どういうことですか!?」
にっこりと微笑む彼女と対照的に、不信感が募っていく。
と、いうかなんで私の名前まで知ってるの!?
「白玉様は新しくこの学園に通われる生徒様で、本日この学園前におみえになるとの事でご案内するように理事長から言いつかっておりますがひょっとして人違い…でしょうか?」
「えっ、いや・・・」
そう言われると困る。白玉なんて珍しい苗字はなかなかいないし、私はさっき倒れていた時より前の記憶がない。私の名前を知っている、という事はもしかすると私が忘れてるのかな…?彼女の顔をちらりと見るとだんだんと曇った顔に変化していく。
「やはり私は、人違いを――」
「い、いえ!白玉は私で間違いないと思います!!」
「そうですか。それはよかったです!では白玉様、学園内をご案内させていただきますね。」
綺麗な顔立ちがにっこりと笑顔に戻る。
ギギギギィ・・・
笑顔のまま彼女がくいっと首を曲げると、その後ろにあった大きな門がゆっくり音を立て開いていった。それはまるで私を歓迎してくれてくれるかのように。
「――それでは白玉様、行きましょうか。」