理不尽な衝撃
7・・・・理不尽な衝撃
「７時半か・・・。」
僕は恋愛の必然を待っていた。
（・・・やっぱり無理かな・・・）
（いや、必ず来る・・・）
ホテルパシフィック東京で開催された経済セミナーに参加した僕は、その後行われる親睦会を予定通り欠席し、予定には無かった諦めや自己暗示をホテルのアトリウムで繰り返していた。
（・・・楽しちゃいけないな・・・）
ワイキキのダイナーで格好付けて申し込んだデートが、しかも最初のデートなのに仕事の“ついで”の様にしてしまった自分を僕は責めていた。
（・・・恋愛の神様が怒るのも当然だな・・・）
天井の高い、何処までも広く長い空間で僕は容赦なく時間に押し流されながら、不埒な自信だけで自分を支えていた。
（・・・今日はユリカが家で待ってるって言ってたな・・・）
（・・・今更親睦会に戻れないしな・・・）
（・・・よしっ、帰ろう）
僕は日比谷線に揺られていた。途中、品川駅から恵比寿まで向かう山手線の中で、ユリカに“もうすぐ帰る”とメールを打っていた。
「！！・・・」
「・・・本当かよ・・・」
僕は熟視したまま人波に押されていた。
（神様は僕に最後のチャンスを与えてくれてんのかな・・・）
降り立ったホームで友里香の横顔が目の前を通り過ぎた時、僕はワイキキ動物園で初めて友里香を見た時の胸の鼓動を蘇らせていた。
「長谷川さん」
改札を出た後、友里香を追う様に歩いていた僕は声を掛けた。
「！！・・・」
振り返った友里香は現実を整理しようと、瞳で取り込んだ情報を思考回路に送り込んでいるような表情を見せていた。
（・・・どんな事があっても会わなきゃいけない二人だったんだよな・・・）
（これはチャンスだよな・・・ピンチな訳が無いよな・・・）
僕達は駅から少し離れた筋に在るダイニングで飲み始めていた。
「ホテルまで行ったんです。でも勇気が無くて・・・」
“勇気が無くて”と言った友里香が、“ほっ”としているように見えていた。
僕達の会話は、まだ少しぎこちなかった。
「しかし中目黒に住んでるとはなぁ・・・」
「・・・・・」
「地元なんですか？」
「いえ、越して来てまだ一ヶ月位なんです」
「そうなんですか、じゃぁ同じ感じですね、僕もまだ２ヶ月経ってないんですよ」
店内の賑やかな雰囲気に乗せられ、酒が進むにつれ、友里香と僕の会話は成立するようになっていた。
「健二さんって、気障ですよね」
「えっ？」
「自信家だし」
「そうですか？」
「だってハワイで何も聞かずに居なくなっちゃうんだもん。映画じゃないんだしとか思ってた」
「ははっ、勇気要りましたよ」
「今も何だかちょっと格好付けてる」
「・・・友里香さんが目の前に居たら誰でもそうなりますよ」
「ほら、やっぱり気障っ」
友里香はそう言って席を立った。
（どれぐらい二人の相性は合ってるんだろう・・・）
（どれぐらい二人は相性が合い続けるんだろう・・・）
僕達の会話は滑らかさを増していた。
“ブルルルル・・・ブルルルル・・・”
“ブルルルル・・・ブルルルル・・・”
（ヤバイな・・・３度目だよ・・・言い訳考えなきゃ・・・）
（先輩にバッタリ会って飲んでたって言うしかないな・・・）
「健二さん」
レストルームから戻って来ていた友里香は、僕のポケットの中の振動に気が付いたかの様な真面目な声を発した。
「はい」
僕は少しだけ背筋を伸ばした。
「私、そろそろ帰らないと」
「あ、そっか、そうだね・・・じゃ送ってくよ」
「いえ、いいですよ。私の家ここから歩いて直ぐだから」
「じゃぁ尚更送ってくよ」
「・・・やっぱり気障」
（・・・友里香の正直な笑顔、罪だな・・・）
「ははっ、大丈夫、僕は気障で下心充分なスケベだから」
「ふふっ・・・紳士だって言うより安心出来るかも」
（・・・友里香の罪な笑顔、正直だな・・・）
きっと友里香もまだ見慣れていない中目黒の街並みに僕達は紛れていた。
「この辺でいいです。もう直ぐそこだから」
「・・・了解」
「待ち合わせ・・・ごめんなさい・・・楽しかった・・・」
「こちらこそ」
「・・・・・」
「・・・メールしてもいいかな？」
「・・・いつ？」
「・・・今夜」
「やっぱり気障」
「？・・・」
「何も聞いてないくせに」
「ははっ、そうだったね、ごめ・・・」
「私も婚約してるんです」
「・・・・・」
僕の言葉を制し、友里香が放ったその一言は僕の体に衝撃を喰らわせていた。
（・・・ショックを受けるなんて・・・）
（理不尽な男だな・・・）
僕達は街灯の下で、意外と長い間立ち尽くしていた。
