背中合わせの真実
2・・・・背中合わせの真実
「いいよ」「何言ってんだよ」
「だって・・・分かってたでしょ?」
ユリカは後ろに居る僕の固くなったものを握ったままだった。
「昔よくやったじゃん」
「・・・・・」
僕は首をそっと横に振りながら、ユリカの甘い笑顔からゆっくりと離れた。
「ねっ、誰?」
付き合う前から振り向かせる事が得意だったユリカは、プールの中を歩く僕を立ち止まらせた。
「誰って?」
「彼女」
ユリカは僕を見つめたままそう言った。
(何処まで気付いてるんだろう・・・)
(昨日からだとまずいな・・・)
(だからちょっと仕掛けて来たのかな・・・)
(やばい・・・焦った目になってるかも・・・)
(サングラスを掛けたままプールに入ってて良かったな・・・)
“何の事?・・・”
言葉ではなく、僕は水面で両手を広げた。
「・・・だって、昨日も見てたでしょ?」
ユリカはユリカなりに気を遣っていた。
声を張らない代わりに、強い瞳で怒っている事を訴えていた。
「・・・そうだったか?」
僕は芝居の下手な役者のように、そんな声で、そんな顔を作った。
(全部気付いてたんだな・・・)
(動物園で彼女に見惚れてた事・・・)
(何でユリカはその時何も言わなかったんだろう・・・)
◇
「前沢牛が食べたい」
「ははっ、気持ち分かるけど、ここ、ハワイだぞ」
「叶えて」
「おいおい」
「だって食べた事無いんだもん」
「ふっ、ユリカさ、最近ちょっと正直過ぎやしないか、俺に」
「だって好きなんだもん」
「何だその答えは」
オアフに来て3日目、ビーチコマーでルームサービスを取るつもりだった僕は、ユリカに拒否されてシェラトンモアナのコンチネンタルクラッシックでディナーの最中だった。
長い休暇を取っていた。
ユリカの指には僕が贈った婚約指輪が光っていた。
「コーヒーは?」
「いらない」
「・・・・・」
「ねっ、DKNYに寄って帰らない?」
「・・・コーヒー飲んだらホテルに戻るよ」
「・・・・・」
「買い物終わったら電話しろよ、店まで迎えに行くから」
僕はそう言って彼女にクレジットカードを渡した。
「・・・健二って、優しいのかな?・・・」
ユリカは笑顔で席を立ち、質問なのか疑問なのかそんな思いを僕に投げ、踵を返した。
「ごめん、お待たせっ!」
ユリカの後ろ姿から目を離し、席を立とうとしていた僕の背中をそんな日本語が通り過ぎた。
何秒か遅れて素敵な香りも通り抜けていた。
「友里っ、また会ったんだって!?」
「そう!また会っちゃったの!」
振り向いたら目が合いそうな後ろ辺りで始まった会話は、僕の耳にはっきりと届いていた。
「圭から聞いたんだけど、プールだったんでしょ?」
「そうなの」
「じゃ、絶対ビーチコマー泊まってんね」
「だと思うんだけどな」
「一人だったの?」
「ううん、彼女が居た」
「だよね、いるよね普通」
「ドキドキしながら彼の前を通ったんだけどなぁ」
「ふーん」
僕は敏感に反応していた。そんな事は有り得ないと思う疑心と、そうであって欲しい期待と、もしそうならば動物園では探し得なかった、一緒に来ている仲間に男性が居るのかどうか確認したいと思う欲望が心を貫いていた。
気にしなければ気付かない絶妙な位置関係なんだと信じ、僕はコーヒーをもう一杯そっと頼めるタイミングを計っていた。
「・・・ケンジって呼ばれてたなぁ・・・仲良さそうだったなぁ」
「ねぇ友里、そんなにど真ん中だったの?」
「なんだよね・・・昨日動物園で見た時から・・・」
「そうなんだ・・・でも相当だね、友里がそんな風になっちゃうなんて」
「プールの中でいちゃいちゃしててさ・・・何だかちょっと羨ましかったな・・・」
「ごめん、遅くなっちゃった!!」
「遅いよ圭、あんた化粧長過ぎるよ、いつも」
「ごめんごめん・・・綾、聞いた?!」
「うん、今聞いてたとこ」
僕の願望は希望を遥かに超えた場所で解決していた。そしてその事実は新たな渇望を生んでしまっていた。
二杯目のコーヒーは空になっていた。
友里: 「動物園じゃ彼女居ない感じだったんだけどなぁ・・・」
圭 : 「人多かったもん、分かんないよあれじゃ」
綾 : 「ねぇ、友里も彼の視線感じてたんでしょ?」
友里: 「うん・・・だと思うんだけどな・・・」
綾 : 「彼も気になってたんだよきっと。友里は黙ってたら結構美人だから」
友里: 「何よそれ」
圭 : 「奪っちゃえば?」
友里: 「・・・もう一度どこかで会わないかな・・・」
綾 : 「会ったらどうすんの?」
友里: 「・・・奪う」
圭 : 「ははっ、相当だね友里」
綾 : 「結婚してたら?」
友里: 「・・・奪う」