第八伝(第七十三伝)「高雄の本性」
第八伝です。人の本性って分からないものですよね。それでは、自分の近しい人は自分に本性を見せているのでしょうか。そんなことを考えつつご覧ください。
高雄のバトミッションを無事遂行した龍と透は、センターハウスに報告するために、着々と帰路を進んでいた。
不意に龍が歩を止めた。
「おい、何止まってるんだよ!?」
透は龍の一リアクションごとに、いちいちいら立たせていた。
「なんか、嫌な予感がするんだ」
龍の言葉通り、龍は自身の心が何かのウイルスに感染して消滅するような、そんな何とも言えない恐ろしい感覚に陥っていた。
そして、龍は自身の体を百八十度回転させ、高雄とフェアルが観光を楽しんでいるはずであり、今回のバトミッション目的地であるアンシェル火山へと行くために、元来た道を逆戻りした。
「あの馬鹿が!」
透は道端に無数に転がっている木の枝を思いっきり蹴った。透は龍の行動に煩わしさを爆発させていた。
☆ ☆ ☆
龍は再びアンシェル火山に舞い戻った。
すると、なぜか立ち入り禁止区域に高雄の背中があった。それも、先ほどよりも大きく強靭に見える。
あそこは立ち入り禁止区域のはずじゃ……。それに、フェアルの姿がどこにもない……。
目の前の奇妙な現象に嫌な予感がさらに募りながらも、龍自身も高雄がいる、立ち入り禁止区域の目印であるロープをまたいだ。
「高雄さん!」
龍はまだ背中しか見せていない高雄に、そして自分自身の心にも語りかけた。
自分の心の嫌な予感は何かの誤作動だ!高雄さん、あなたの優しい言葉で俺の心の誤解を解いてくれ!
龍はそんなことを自分自身に言い聞かせていた。
「どうしたんですか龍君。バトミッションは遂行されたから報酬はセンターハウスから支払われると思いますよ」
高雄はゆっくりと振り返った。その声は先ほどと全く変わらない優しいおじさんの声と顔だった。
良かった……。さっきの高雄さんと同じだ……。
龍は安堵した。この上ない安堵だ。自分の心の抱いた悪感というどす黒い闇が、誤解という名の光に浄化されるかの如く――。
「フェアルはどこにいるんですか?」
龍はここで自分の心に頑固までにこびりついている悪感を完全に消去しにかかった。
「うーん。ここで嘘を言っても意味ないか。正直に言いますね。”私はフェアルを喰らった”」
はっ……?どういう……?
龍は高雄の摩訶不思議な言葉を受け入れることは到底不可能だった。今の龍にとって、この言葉を飲み込むことには間違いなく時間がかかる。いや、永遠に飲み込むことは不可能かもしれない。
「喰らったってどういうことですか? 詳しく話してください!」
龍は激こうした。龍の大音声の影響で、活発に動いている火山が一瞬止まった、ような気がした。
高雄さんは冗談を言っているんだ!俺を笑わせるために!絶対そうだ!そうに違いない!
高雄さん、早く冗談だと言ってください!
龍は、ウジ虫のように湧いてくる悪感をかき消すような、高雄の解答を一刻も早く求めた。
「龍君、知っていますか? 論より証拠という言葉を。そろそろ時間ですので、見せてあげますよ」
そして、龍の悪感は正しかったことが証明された。
その、驚愕の高雄の姿に!
たくましい成人男性の大臀筋から飛び出す場違いなキュートな尻尾、これまた成人男性のがっちりした後頭部から生えたチャーミングな兎のような耳、そして成人男性のよどんでしまった目とは思えない人形みたいなくりくりとした可愛らしいお目目、極めつけは、そんな異形化した成人男性の大きく、そしていびつな体全体を覆うまん丸な緑色のシールド。
高雄の変化した姿は、あのフェアルの特徴を完璧に体現させていた。
これにより、龍の悪感は決して誤解なではなく、正しいものだった。
「素晴らしい! これがスペシャルか!」
そこには、あの優しい目をした高雄はどこにもいなかった。そこにいたのは、新しい力に陶酔した変質者だった。
「あなたにとってフェアルは大切な存在じゃなかったんですか!? 僕に嘘をついたのですか!?」
龍は憤った。
確かに、高雄は龍にフェアルは自分にとって大切な存在だと言った。
しかし、高雄はフェアルを喰らった。これにより、高雄の言葉が嘘だということが分かった。
つまり、だまされたのだ……!
龍は自分をだました高雄に、そしてまんまとだまされた自分に同時中継で怒ったのだ。
「それは本当のことですよ龍君。フェアルは私にスペシャルを与えてくれるための大切な存在ってわけですよ。順を追って説明します。この種の妖精には不思議な力がありましてね。それは、バトラだけが持つ特殊能力”スペシャル”をもっている。そして、取りこんだものに自分が持っているスペシャルを与える」
高雄はすぐにでもイヒヒと笑い声をあげそうな口の形を作りながら、こんな状況にもかかわらず、悠長に解説してみせた。
「フェアルはどうなったんですか?」
「勿論、死にました」
「そんな……」
龍は高雄の”死”という言葉を受け、絶望した。
死。それは、そんな生易しく口にしていい単語ではない。
死という単語の意味は、人のいや全ての生命に宿された命が尽き朽ちててしまうこと。
龍は身近なものの死を初めて経験した。
その経験は心の中にぽっかりと穴が開くほどの、壮絶な想いだ。それも、自分になついていたフェアルだ。想像を絶する。
龍はフェアルとの想い出がまるで走馬灯のように駆け巡っていた。
そう言えば……!
龍は想起中にフェアルの行動を思い出した。
フェアルは昨晩、そして今日、つまり別れる日。悲痛な叫びをあげていた。最初は俺と別れることを悲しんでいるのだと思った。でも、それは俺も同じこと。俺はフェアルを幼いと思った。
でも違った。フェアルは気づいていた。自分の命が尽きること。だから、俺に必死で助けを求めた。
俺はそれに気付けなかった。幼いのは俺の考えだ。
俺の考えは幼すぎる……。
「しかし、こうも貴方がたが馬鹿正直に私の指示に従ってくれるとは思いませんでしたよ」
龍が自分の甘い考えを憎んでいる最中に、おしゃべりの高雄は口を挟んできた。
「僕達はバトラですからね。高雄さんの指示に従うのは当然ですよ」
「それもそうですね。しかし、ここまですんなりアンシェル火山にたどりつくとは思ってなかったですからね」
「なぜ、アンシェル火山なんですか?」
ここで龍は冷静に疑問を呈した。昔の龍なら感情任せに暴走していただろう。
しかし、龍は手に職をもった一人前の男である。ここは一旦、感情を押し殺して冷静に状況を整理し始めたのだ。
そして龍が疑問に思ったことはアンシェル火山までの護衛というバトミッション。高雄の目的がフェアルを喰らいスペシャルを得ることならば、全く無関係に思えるのは至極当然であろう。
「まず、フェアルの行動範囲を飼い主の半径二十メートル以内に制限する”契約”を交わしています。そして、フェアルは熱に弱い。この地域で最も熱をもつ場所はアンシェル火山。そこに行けば必ずフェアルは弱ります。この二点から推測できるように、私がアンシェル火山に行けば、私の目的は当確で達成できる。しかし、アンシェル火山は危険な場所。バトラではない私が安全にアンシェル火山に行ける可能性は低い。現に、昨日のああいう輩に遭ってますからね。だから、貴方たちバトラを雇ったんですよ。二人にしたのも成功率を上げるためですよ」
「どうやら本当みたいですね」
龍がそう言って堪忍したのも無理はない。残念ながら高雄の今の発言は、全て辻褄が合ってしまうからだ。
「そんな……。あんな優しかった高雄さんは……」
龍は知ってはいけないことを知ってしまった。
それは、高雄の闇なる部分!
龍にとって優しい人は、すなわち善であり味方である。
しかし、高雄の次なる言葉で、その思いこみは儚くも砕け散った。
「誰しもが優しいからと言って、それがその人の本性を表しているとは限らない。むしろ、優しい人ほど裏があると思った方が良いですよ。龍君もこれから大人になるのだから、こういうことを覚えておいた方が良いですよ。とはいっても意味ないか。私の秘密を知ってしまった貴方はここでフェアルと同じ運命をたどるのだから」
鳥のように飛んでみたい――。
人間なら誰しもが見るその夢を、バトラではないただの人間が実現させていた。
高雄の二本脚は本来接しているはずの地面がら離されていた。
高雄の鍛え抜かれている幅広い肩から生える二対の羽のお陰であろう。その羽はフェアルのように可憐。しかし、今の状況下からは怪奇なものにしか思えない。
「貴様、くだらないことを考えるなよ。そいつはフェアルを喰らった対処すべき”敵”だ」
「分かってる」
龍は、鳳助の言葉を受け、あふれ出そうな涙を瞬きで切り、元依頼主である高雄と闘う覚悟を決めた。
「妖風・緑麗」
高雄の怪奇なる二対の羽から風が発生した。火山がゆえに体を焼くような熱風が龍の体に吹き付ける。
龍の体は風の影響により、勝手に後退を始めてしまった。
「ぐっ……」
「おい貴様、闘う覚悟を決めたのではなかったのか? バトラでは無い人間に先手を取られるとは情けない」
「知ってるよ! うるさいな! 分離して鳳助!」
自分が一番分かっていることを誰かに指摘されると腹が立つ。龍は、いら立ちを隠しきれずに、若干やけくその指示を出してしまった。
鳳助は相棒の粗雑な態度に舌打ちをするも、そこはさすが龍の正妻。指示通りに分離し、鳥型の球体に変化した。
「鳳助、鳥風圧を追い風にするように発生させて」
鳥風圧。それは鳳助から解き放たれる強力な風圧。過去には、交流戦で黄河の体をいとも簡単に吹き飛ばして見せた。
「分かったよ!」
鳳助は龍の背後に立ち、鳥風圧を発生させた。それは地べたにのんきにも転がっている石を、強引に起こしどこかへ吹き飛ばしてしまうほどの強風だ。
これにより互いの風が吹きつけ合う形となった。両者の風はほぼ互角。これにより互いの風を相殺させ、無風状態と同じにする龍の思惑は成功した。
しかし、ここで問題となるのは敵の風が吹きつけている間、鳳助はずっと鳥風圧を発生続けなくてはならず、闘いに参加できないことである。
「火の玉・魂!」
龍は仕方なしで威力が数段に劣ってしまう、鳳助抜きの単独での火の玉・魂を決行した。
この闘いの戦闘距離は相手が浮遊していることを考えれば、遠距離である。つまり、龍の攻撃の核となっている鳳凰斬は届かない。
空中に存在する高雄に火の玉・魂を放ったは良いが、高雄を覆うフェアル特製の緑の円形シールドにより簡単にはじかれてしまった。
「弱い。弱い。こんなものですか、バトラというのは!」
もっと私を愉しませてくださいよ……!
この世界においてバトラとは強さの象徴。高雄はバトラの力を肌で感じたかった。現時点ではそれを感じさせない龍の力に落胆した高雄は、龍を煽った。
「高雄さん、バトラをなめないでくださいよ」
龍の発言は思ったよりも強気。これは戦校の教えだ。闘いにおいて劣勢でも、いや劣勢であればあるほど言葉や態度では優位に立て。
その教えを龍は……。
忠実に守る!
強気な態度をとった龍は今度は行動で示した。龍は駆けだして、高雄の真下のポジションを取りにかかった。
龍の思考を整理すると、ここで距離を詰めてなんとか中距離の戦闘距離へ持っていきたい。中距離戦闘は龍の主攻撃である鳳凰斬が使える戦闘距離。龍が一番得意とする距離だ。
バトラの闘いにおいて一番優先される事項は自分が得意とする戦闘距離で闘うこと。龍はその定石通りに動いたのだ。
「鳳凰斬!」
龍は鳳凰斬を高雄がいる真上に向けてジャンプしながら発動した。しかし、瑞々しいシールドによってまたも龍の攻撃が阻まれてしまった。
鳳凰斬まで……。とにかく、あの緑のシールドは厄介だ……。あれを突破するには鳳助の力を借りないと……。でも、鳳助を参戦させると奴の風でまともに動けなくなってしまう……。
どうすれば……。
考えれば考えるほど自分の劣勢が手に取るように分かってしまい、龍は次第に焦燥感にかられてしまう。
「これで終わりですか? だったら次は私から行きますよ」
自分のターンを確信した高雄は、ここで新たな行動に移った。今まで不気味にも待機業務をまっとうさせてきた宙ぶらりんの愛らしい尻尾をここで使役した。
尻尾の先のとがった部分が、龍の体に一直線。ここで中距離に詰めた龍の行動が裏目に出た。
尻尾のスピードはなかなかに速い。転法等、優秀な回避法をもたない龍に回避できる時間はなかった。
「十字守!」
ここで頼りになるのは、アリサ先生直伝の十字守。応急処置的に腕を十字に交差させるだけだが、この技は幾度となく龍の身を守ってきた。
しかし、フェアルのいや高雄の鋭利な尻尾は十字守越しから龍の腕を貫いた。
「くっ……。あれ……? 痛くない……」
腕を貫かれたのだ。龍は相当なる痛みを覚悟していた。
しかし、意外にも龍の痛覚は機能しなかった。
「これは……!」
だが、龍の体に、感覚は痛みの代わりに妙な感覚を与えた。
「これが、龍君のスペシャルですか……! 素晴らしい!!」
高雄はくりくりな目を輝かせて高らかに叫んだ。