第五伝(第七十伝)「高額報酬のバトミッション」
第五伝です。1と合わせると節目の第七十伝です。みなさんはバイトや仕事を探すときってやっぱり賃金に目が行きがちですよね。そういう話です。それではどうぞ。
俺の名は一撃龍。職業はバトラだ。
バトラというのは、特殊な能力、通称スペシャルを持つ者で、その能力を用い、普通の人達では遂行が不可能な困難な依頼をこなしていく職業なんだ。
俺がバトラになって一カ月が経った。
「えーと、これとこれ」
俺はダイバーシティの特産品である王樹の樹液と白米五キロとその他もろもろの調味料を食品ストアで購入した。
俺はレジ袋を重そうに持ちながら、民家が立ち並ぶ住宅街に訪れた。
「ここか」
俺はスクリーズのマップ機能とにらめっこしながら一件の古びた民家の呼び鈴を鳴らした。
「どなたかえ?」
古びた民家の玄関から出てきたのは白髪がチャーミングな七十代くらいと思われるおばあさんだった。
「依頼主の大取タヅさんですね? あなたの依頼『郷土料理エメリルを作るために材料を買ってきてほしい』を遂行しにまいりましたダイバーバトラの一撃龍です」
「おー、バトラの方だったのかえ。これまたお若い。実は最近足が悪くて、なかなか外に……」
「これが材料のキングツリーソースと白米五キロと調味料になります」
俺は依頼主のおばあさんに袋の中身を見せた。
「おー、ありがとうありがとう。これを台所まで持っていってもらえるかえ?」
「分かりました」
俺はおばあさんの家にお邪魔し、おばあさんの誘導のもと、台所に材料が入っている袋を丁寧に置いた。
「そうかえ。今日は本当にありがとうありがとう」
俺はおばあさんの笑顔を見ながら、家を後にした。
もう一度言う。俺の職業はバトラ。特殊な能力を使い困難な依頼をこなしていく職業。
って……。
こんな仕事誰でも出来るわい!!
依頼主の笑顔を見ることができるからやりがいは感じるけど、なんか思ってたのと違うなあ……。
☆ ☆ ☆
「バトミッション遂行ありがとうございます。報酬は監査が終わり次第、口座に振り込ませていただきます」
龍は今回のバトミッションの報告をセンターハウスの受付で済ませた。
龍はセンターハウスの三階にある透明な壁で覆われた休憩室でぶつくさと一人で文句をたれていた。
「はあ。報酬は1500geかー。これじゃあ早めに飢え死にしてしまうなあ。とにかくノーマルランクはいち早く卒業しなくては。はーあ。バトラは辛いよ」
「おい龍! 俺は一カ月我慢してきたけど、なんだこの生ぬるい仕事は! もう俺は限界だ! 早く暴れさせろ!」
全く闘えずに当に我慢の限界に達していた鳳助は、鳳凰剣越しにイライラをぶちまけた。
「鳳助、我慢してよ。今、報酬の高い骨のありそうなバトミッション探してるから」
そう言って龍はスクリーズを起動させ、ノーマルランクの受注可能なバトミッションの一覧を慣れた手つきで指を使いスクロールさせながら目を通していた。
「なになに、倉庫にて商品の搬入。引越しの手伝い。仕分け、検品……」
「なんだその日雇い派遣みたいな仕事は!」
「ん?」
スクリーズの通知画面に「新着バトミッション」という項目が表示された。
「なになに」
龍は早速、その新着バトミッションの詳細をクリックした。
「依頼名『私のペット、フェアルと一緒にアンシェル火山に行きたいのですが……』 依頼内容『私の愛すべきペット、フェアルを連れてダイバーシティ北部にあるアンシェル火山に旅行に行きたいのですが、アンシェル火山は危険な地と聞きますので是非、ダイバーバトラの皆さんに火山まで私とフェアルの護衛をお願いします。交通機関の使用は禁止させていただきます』 報酬『20000ge』 ん? 二万? 二万キタ―!」
報酬金を見るなり龍の目の色が変わった。すっかり金の亡者となり果ててしまった龍は、とんでもない手つきでスクリーズを操作し、このバトミッションを受注した。
「よっしゃー! 今月乗り切ったー! ノーマルランクも捨てたものじゃないね」
「んでおい! その仕事、闘えるのか?」
戦闘欲求不満になっている鳳助が、龍に深く切り込んだ。
「うーん。それは分からないけど、俺が今まで受けたバトミッションの中だったら一番その可能性は高いかもね」
「んだよそれ。闘えるのか分からねえのかよ」
歯切れが悪い鳳助に対し、龍の目は久しぶりに輝いていた。
「受注を確かに承りました。一撃龍様のバトラ情報を依頼主に送り、依頼主の了承を得次第、正式にバトミッション受注は完了となります。依頼日などの詳細は決まり次第、スクリーズに通知いたします」
龍は受付で、この大きなバトミッションを受けるための手続きを着実に済ませていった。
「ありがとうございます」
「一撃龍様お待ちください」
受付を済ませ新居に戻ろうとした龍だったが、意外にも受付嬢によってその進行を阻まれた。
「なんでしょうか?」
「実はもう一人このバトミッションを受注された方がいらっしゃいますので、バトミッションはその方と一緒に遂行していただくことになります。バトミッションを行う前に、その方とコンタクトをとったほうが良いと思うのですが、どうでしょう? 良かったら今こちらにその方をお呼びしましょうか?」
「え、あ、まあ」
龍は受付嬢に言われるがままに、これを了承した。
やべっ……。これ二人以上のチームバトミッションなのか……。
いまだに初対面の人とかかわるの苦手だから今まで極力、一人用のソロバトミッションを選んできたつもりだったが……。報酬金にすっかり目を奪われてそういうところ見るの忘れてた……。
まあ、こういう人見知りも直していかないとな……。どんな人だろうな?怖い人は嫌だな……。出来れば同期の美少女長髪女流バトラと……。
あれ、このパターンは……。
「ピーンポーンパーンポーン。”蔵持透”様、いらっしゃいましたら至急、一階の受付までお越しください」
「だあー! やっぱりー!」
龍は思わず大きな声を出してしまった。
「どうされましたか?」
「いえ、なんでも……」
よりにもよってなんでまたあいつなんだよ……。もし、神様がいるのなら教えてください。なぜ、私にこのような試練を与えるのでしょうか?
龍が神への対話を試みていると、早速龍にとっての天敵が受付に姿を現していた。
「何の用だ?」
透は自分の時間を邪魔されたことの対してなのか、不満げな顔を見せ、受付嬢に向かっても乱暴な態度で話しかけた。
「実は先ほどの依頼、あなたのほかにももう一人いらっしゃいまして。その方と一度コンタクトをと思いまして」
受付嬢は透の圧におされ、顔をひきつらせながら答えた。
「なんだそんなことか。んで俺と同じバトミッションを受注した男は誰だ?」
透の問いに受付嬢は、目の前にいる男、龍を紹介した。
「またお前か。俺の足を引っ張るなよ!」
くそ……。俺は言われっぱなしでいいのか……。
でも言い返せば、百倍の力で返されそうだ……。
「よ、よろしく」
これしか言うことができない俺は情けない……。
二人は、何の話もしないまま、互いに背を向け、受付からいなくなってしまった。
「貴様達は本当に仲が良いな」
鳳助はそんな二人を見て、茶化していた。
くそー、最悪だ。バトミッションなんて破棄されてしまえばいい……!
そんな龍の願いはむなしく、夕方頃、無事の契約は成立してしまった。
☆ ☆ ☆
三日後の朝六時頃。龍はいつもより早めに起床した。
この日が、あの護衛バトミッションの遂行の日だからだ。集合場所は依頼主の家、集合時間は朝八時。詳細は事前にスクリーズに送られていた。
龍はすっかり慣れた手つきで、朝食を作り、それを自分で食べ、ダイバーバトラの制服に袖を通し、身支度を済ませていく。
「おい! いるんだろ!」
朝から不快な声とともに、玄関の扉をガンガンと蹴る音が聞こえてくる。
このバトミッションは龍を合わせて二人で行われる。そのパートナーとは龍の天敵であり、隣人でもある蔵持透だ。
朝っぱらから龍の玄関を蹴る者は、透を除いていないだろう。
「ふー、パートナーはあれだけど、初めての高額バトミッションだ。気合い入れていくか」
龍は透とバトミッションをこなす覚悟を決め、ふうっと大きな深呼吸をし、昔からの相棒である鳳凰剣と新しい相棒である水晶玉をもち、玄関の扉を開いた。
龍と透はスクリーズのマップを頼りに、集合場所である依頼主の家に向かった。
この国の名物の交通機関であるブライトカーを使って四十五分くらいだろう。依頼主の家の近くに到着した。高級住宅地らしく、普段ではお目にかかれないような立派な家が立ち並んでいる。
「どうやら、ここみたいだな」
透はそう言って一つの家を指さした。その家は周りにある高級な家に負けず劣らずの豪邸だった。庭に生えてある整った芝が特徴的だ。
「はい……ろうか?」
透との接し方が全く分からない龍は、ぎこちないしゃべり方をしてしまった。
それが気に入らなかった透は、龍を睨みつけ、舌打ちをしながら依頼主の家のインターホンを押した。
くそー……。なんでこんな奴と……。
龍は早くもパートナーの嫌気がさし、途端に仕事を抜け出して、家でごろごろしていたい気持ちになってしまった。しかし、仕事は学校と違っておいそれと丸投げすることはできない。
「お待ちしておりました。ダイバーバトラの蔵持透さんと一撃龍さんですね。センターハウスから貴方がたの情報は受け取っております。依頼をさせていただきました丸井高雄と申します。今日はよろしくお願いします」
悠長な言葉を話しながら、依頼主の家であろう玄関から出てきたのは、四十代くらいの中肉中背で、スマートな眼鏡が特徴ないかにも出来るビジネスマンと言った感じの男だった。
「話が早いな。失礼だが、あんたの情報が少なすぎる。経歴を教えてくれ」
透は初対面にも関わらず、臆することなく、ずかずかと依頼主である高雄の懐の中に入ってきた。
こいつ依頼主に対してどんな態度をとってるんだ……。そう言えば、あいつ俺にも経歴聞いてきたよな……。
高雄は透の失礼な質問にも物腰柔らかく対応した。
「会社を経営しております」
「会社……ですか?」
透は高雄の言葉を聞くなり、動揺しているのか目をくるくるさせていた。そして、言葉づかいも変容させていた。
「はい、こちらが名刺になります」
高雄は二人に名刺を手渡した。名刺には堂々と「株式会社ウィット 代表取締役 丸井高雄」と書かれてある。
「だいひょう……とり……? 何て読むんだ?」
龍は今いちこの名刺に書かれてあることの意味を分かっていないようだ。
「お前は馬鹿か? 代表取締役。正真正銘の会社のトップだ。ダイバーバトラで言ったら小門秀錬さんと同じだ!」
対して、いち早く名刺に書かれてある意味を理解した透は、失礼なことをのたまっている龍を厳しく注意した。
え……。このおじさんそんな凄い人なの……?
龍は名刺と高雄を交互に見て、金魚のように目をまん丸くさせた。
「まさか会社の社長とは思いませんでした。いままでのご無礼お許しください」
透は今まで見せた事の無い綺麗な言葉使いを見せ、これまた見せた事の無い綺麗な斜め四十五度の礼をして見せた。
透がこんな態度をとるなんて……。高雄さんパねえっす!っていうか透の奴、敬語とか礼儀とか知ってるんだ……。
龍は高雄の凄さを実感すると同時に、ほんの少し、ほんの一ミリだけ透のことを見直した。
「丸井さん。フェアルというペットというのは……?」
龍はここで、このバトミッションの一番の核であり、一番の疑問を尋ねた。
「高雄さんでいいですよ。それはですね……。出ておいでフェアル!」
高雄は口笛を吹き、フェアルを呼び出した。
犬なのか?猫なのか?
それは龍の頭の中で思い描いたものとは、まるで違うものだった。フェアルは、玄関から浮遊しながら悠々と現れた。
その小さなお尻から飛び出たキュートな尻尾、頭から生えたチャーミングな兎のような耳、人形みたいなくりくりとした可愛らしいお目目、浮遊の原動力であるけなげで可憐な羽、そして体全体をまん丸な緑のシールドに覆われた、手のひらサイズのまさに妖精と呼ぶにふさわしいその生物が、高雄のペット、フェアルのようだ。
「フェアリーですか?」
すっかり敬語が板についた透は、腰を低くさせ高雄に質問した。
「はいフェアリーです。最近うちの社内で流行っているんですよ」
高雄は手で頭をさすりながら、照れ笑いして答えてくれた。そこには、社長の尊厳などなかった。
「クウーン」
フェアルは可愛らしい鳴き声をさせながら、龍のことが気に入ったのか、龍の周りをくるくると旋回した。
「へー、なんか可愛いですね」
フェアルに気に入られたのがよほどうれしかったのか、龍はまんざらでもないような顔をして言った。
「そうですよね、そうですよね。可愛いですよね?」
高雄は龍の理リアクションにお気にを召したのか、嬉しそうに自分の顔をぐいぐいと龍の顔を近づけた。本当にただの優しいおじさんという感じだ。
「そ、そうですね」
龍は若干、高雄の対応に困りつつもなんとか対応して見せた。
「よし、透君、龍君、アンシェル火山へ向かうぞ!」
『はい!』
新人バトラの一撃龍と蔵持透に加え、会社経営者である丸井高雄の三人という摩訶不思議なパーティのアンシェル火山までの長旅が始まった。