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DORAGON BATORA ―ドラゴンバトラ― 2  作者: 紫風 剣新
ツリーハウス編
41/42

第四十一伝(第百六伝)「アリサの決断」

 第四十一伝です。何事も決断する時は勇気が要りますよね。ではでは、どうぞ。

 アリサは意識が朦朧とするなかで、夢か現実か判別できない、不可思議な映像を目の当たりにしていた。

 ここはどこ……?

 アリサは気付くと身に覚えのない場所に立っていた。そこは、真っ白な背景が存在するだけの何もない空間。

 あれは誰だ……?

 そんな空間にある集団がいた。

 その集団の中にいる人たちは明るく談笑をし、なにやら温かな空間を構築している。アリサはその空間の中心に立つ一人の女性に目が入った。その女性は、この世の闇など一度も考えていないような、とびっきりの笑顔を振りまいて、集団と楽しげな会話をしている。アリサの一番苦手なタイプの人間だった。

 なんだ、あの平和ボケした女は……?

 アリサはその女性の正体に気付いた。

 あれは私……?

 その女性の体と自分はアリサそのものを表現していた。

 否、あれは私ではない。あれは、私が創りだした”アリサ先生”という架空の存在。虚像である。

 アリサは否定した。周りの人達に囲まれ楽しそうに過ごしている目の前の女性を。

 しかし、アリサの体は徐々にその女性に引き寄せられていく。

 制御できないその体をアリサは意識的に抑える。

 なぜ、私は仮初の姿に近づこうとする……?

 まさか、私は心のどこかであの人格を捨て切れていないのか……?

 否、そんなはずはない……。私の名は一階堂アリサ、レイサ様のかたきを討つために、ダイバーシティに復讐を成さん選ばれし姓を持つ圧倒的な存在……。


「なかなか、立派な先生になったのう」

 アリサは何者かに左肩をポンと叩かれた。アリサは反射的に視点を左方向に置く。

 ムッシュ校長……?

 そこには、立派なガイゼル髭を生やした戦校の校長であるムッシュが立っていた。

 なぜ、校長がここに……?

 校長はアリサの疑問を解決させることは無く、アリサの肩に手を置きながら、ガイゼル髭をもごもごと動かし話し始めた。

「アリサ君、君は私の言うとおりの立派な先生になった。あれを見てみい。生徒達が自分の意志でアリサ君のついてきているではないか」

 アリサは、”アリサ先生”の周りを囲う集団を、目を凝らしてよく見た。その集団の人達の正体は、龍や進、凛や剛といったかつての生徒達だった。

 またしても肩をポンと叩かれた。今度は右肩だ。アリサは振り向き、次に右方向に視線を送った。

 夢我師匠……。

 そこには、着古した黒の道着を身に纏いながらもキャップを被る、アンバランスな格好をしたアリサの師匠であり、現ダイバーシティの副本部長である黒猫夢我が立っていた。

 師匠まで……。それに、この格好……。 

 そう、なぜか夢我は師範時代の風貌でアリサの目の前に立っていた。

 ただでさえ、気付いたらどこを見渡しても真白な背景のみしかない謎の空間に身が置かれてるのに、そんな空間に次々くる来客。アリサは困惑を隠しきれずにいた。

 しかし、やはりそんな困惑は拭いきれることなく、夢我がアリサの肩に手を置き続けながら、口を動かし始めた。

「アリサ、お前の人生をこちらの都合でいろいろと振り回してすまなかった。だが、それはお前に対する私の期待の表れなのだ。許してくれ。だが、お前は私の期待通り、いやそれ以上の活躍を見せてくれた。お前は素晴らしいダイバーバトラだ。”拳撃の革命娘”なんて異名も生まれ、お前を尊敬するバトラもダイバーシティに多くいた。それに、お前は先生としても素晴らしいと聞くではないか」

 夢我は自分の言葉を証明するように、未だ生徒達に囲まれ和気あいあいに生徒達と触れ合っているアリサ先生なる存在を指さす。

「違う!」

 二人の言葉を脳に流し込んだアリサは激情した。衝動にかられたアリサは自分の肩に手を置き続けているムッシュと夢我の手を、まるでほこりを除去するように自分の手で振り払い、その手で笑いを絶やすことなく生徒達との会話を楽しんでいるアリサ先生を指さしながら、叫ぶような激しい口調で話し始めた。

「あれは、私などではない! 私はダイバーシティに憎悪の感情を抱いている一階堂アリサだ! 奴は、何の負の感情も持たない、生徒達と笑いあうことだけしか脳が無い平和ボケした”アリサ先生”だ! 私と奴は別の存在だ!」

 いつの間にか、ムッシュと夢我、両者の存在は、まるで最初からいなかったように跡かたもなく消え去っていた。


「いや、あれは貴様だ」

 この声は……!

 小さくもよく通る声がどこからか聞こえてきた。アリサは、はっとした。明らかに聞き覚えのある声だったからだ。

 その声の主はアリサの目の前に現れた。

 なんで……!?

 アリサは目を疑った。自分の目にありえない光景が広がっていたからだ。死んだはずのレイサが、この得体の知れない無の空間に光を与えるかのように神々しく降臨したのだ。

 このありえない事象により、ようやくアリサはここは自分の意識の中の世界だと言うことに気付いた。そして、久しぶりに最愛の存在と再会したアリサは心を弾ませ、会話をせずにはいられなかった。

「レイサ様、見ていてくれましたか? 私の、そしてレイサ様が持つ姓に見合った活躍を!」

「ああ、見ていた。そしてアリサ、貴様は見事に一階堂アリサという名にふさわしい人間に”なった”」

 大好きなレイサ様との会話にも関わらず、アリサの顔はなぜか冴えない。アリサの表情筋は降下し、不安な面持ちを表現した。この不安を解消するには訊くことしか選択肢は無かった。

「”なった”ってどういうことですか? 私は生まれながらにして一階堂の姓を持った特別な人間……」

「いや、生まれながらにして決まるのは姓だけだ。人の価値は生まれながらにして決まらない。人の価値は”どこで生まれたか”ではなく”どう生きたか”で決まる。それは、貴様の人生が教えてくれたのだ、アリサ。アリサは、残念ながら歴代の一階堂姓を持つ者の中では能力自体は劣る方だ。だが、貴様は我を含めどんな歴代の一階堂姓を持つ者にも負けない向上心と行動力を持っていた。一階堂姓に恥じない人間になろうと、高い向上心を持ち、道場に休まず毎日通い己の力を一生懸命研鑽した。そして、我の死後、ダイバーバトラになり、教師にもなった。すごい行動力だ。おそらく、こんな経験をするのは今までもこれまでも貴様一人だ。その唯一無二の経験こそがアリサが常に誇っている”特別”さだ。今の一階堂アリサという人間の特別さを構築しているのは、貴様がその足で踏み、その手で掴み、その目で見てきた全ての経験だ。だから、我を慕う貴様も、道場に通い夢我を師匠として慕う貴様も、ダイバーバトラになり活躍する貴様も、先生になり生徒から慕われる貴様も、全て一階堂アリサそのものだ。そこに嘘偽りなどない」

 ここでレイサの演説は終わった。演説中、レイサの目はアリサの目、ただ一点を見つめていた。

 アリサは硬直していた。アリサは偉大なる人の偉大なる演説に、自分の人生観を百八十度変えられたような気がしたからだ。

 そして、レイサの見解に確かに思い当たる節があった。それも、そのはずである。自分のことは自分が一番よく知っているからだ。

 アリサは一つの選択肢を見つけた。しかし、それを実行するには一人ではあまりにも心細かった。だから、アリサはこの機を逃すまいと心のもやというべき本音を全て吐きだした。

「レイサ様、私はどうすれば……。レイサ様のかたきを討たなければ……」

 レイサにアリサの問いを考える必要はなかった。レイサは、すぐさま回答を述べた。

「言ったはずだ。ツリーハウスの舵取りを担うのは貴様だと。それに、我は死んだ身だ。いまさら、我がどうだとかなんの関係もない。最後にもう一つ。我も腐っても一階堂の姓を貰った存在。アリサと同じく特別な力を持っているようだ。それは、先見の明だ。アリサ、良い”指導者”になったな」

 レイサの肉体は光輝いた。いや、そうではない。レイサの肉体自身が光と化したのだ。その光はやがて薄くなり、レイサの肉体も認識しにくいものとなる。そして、レイサという存在をかろうじて構成していた光は、天へと召されるように、儚く消え去った。

 アリサは目にうっすらと涙を浮かべながら、今一度生徒達の笑顔の中心にいる”アリサ先生”を見つめた。

 あれは……。あの存在は……。

 アリサは思考した。自分の今までの人生を回想しながら、たくさん思考した。

 そして、アリサは一つの決断を下した。


 ☆ ☆ ☆


 アリサは今まで長い眠りについたように、目を開いた。そこは、先ほどまでの世界とは明らかに相違していた。緑色の樹木、茶色の地面。その世界には先ほどの真白な無の世界とは違い色があった。そう、アリサは意識の世界から実存の世界への回帰に成功したのだ。

 アリサは起き上がった。自分を昇華していた羽も壁も尾も無くなっていた。だが、生身になったようがなかろうがやろうとしてもやることは決まっていた。アリサは歩き始めた。体は左右に揺れていた。もう、体のバランスを満足に保てないほどフラフラだった。だが、足は一歩一歩着実に地を踏みしめていた。何が目的なのか、手のひらから木柱を蛇のようにニョロニョロと生やし、まるで腕が拡張したように腕の太さと一体化させる。

 目的地は決まっている。今の今までずっと激闘を共に演じていた最大の強敵であり、かつての愛すべき生徒である者達のもとである。

 彼らは、座り込んだまま何も動こうとはしなかった。いや、動くことができないのだ。彼らは、全ての力を使い果たしたからだ。もう、闘える術は持っていなかった。目で呪い殺すとか、そういった類のオカルトチックなことでしか、抗う術を持ち合わせていない。

 だから、彼らは絶望した。アリサが自分たちを散々苦しめていた脅威なる木柱を携えながら、威圧感を体に纏わせながら迫りくることに。

 もう、終わりだ……。

 彼らはそんな顔をしていた。

 アリサは彼らの喉元を素手で潰せるほどの距離まで詰めていた。

 そして、彼ら全員に何らかの手を施すために、彼らと目線を同じにするために膝をつき、両腕を大きく広げる。その両腕は彼ら四人を同時に触れることができるほどの長さを誇っていた。手のひらから召喚された木柱が腕を拡張させていた。

 彼らはついに目を瞑ってしまった。本能的に終わったと確信したからだ。煮られるのか、焼かれるのかは分からない。だが、終わったということだけは動物の勘というものなのか、はっきりと感じ取れた。

 しかし、彼らは何の痛みも感じなかった。痛みを感じる間もなく葬られたのか。いや、それにしては意識が確かにあった。痛みの代わりなのか、なぜかひと肌の優しい温もりだけは彼ら全員が感じた。

「みんな、今まで怖い思いをさせてごめんね……。これから私はずっとみんなの”先生”だよ……」

 アリサは彼ら全員を包み込むように優しく、そして強く抱きしめていた。伸ばした木柱は彼ら全員を抱きしめれるようにするためだったようだ。

「”先生”……」

 彼らの口から自然に飛び出した言葉だった。その温もりは決して自分達を傷つけてきた怖い”一階堂アリサ”では発せられるものではない。あの元気で優しい”アリサ先生”でしか発せられないものだと感じたからだ。

「私は自分の生い立ちや本来の目的から自分の感情に素直になれなかった。でも、今なら分かる。みんなと出会って、みんなと過ごしたあの二年間が人生で一番楽しかったって。だから、卒業の日、私は泣いた。あの日々にもう一生戻れないと思ったから。それに気づいた。あの時の言葉の一つ一つは決して虚言などではなかった。私の本心からでた真実の言葉だって……」

 この時、アリサは瞳から大粒の涙をこぼしていた。本当の自分に気づくことができた安堵、大切な生徒たちを傷つけてしまった罪悪感、いろんな感情がこみ上げてきたのだろう。

 

「アリサ姐さん……なんで泣いているの……?」

 樹希が虚ろな目で、体を左右に揺らしながら、まるでゾンビのような歩き方で、自分が仕えるべき存在であるアリサに歩み寄る。

「ごめんね樹希……最後の最後まであなたの人生を振り回し続けて……」

 樹希の目頭がだんだんと水分を得始める。

「姐さん、なんで謝ってるの? 姐さんは私のすべて……姐さんが泣いていたら私も泣くしかないよぉ……」

 アリサの意思が基準となる樹希の意思は、号泣を選択する他なかった。

「樹希、これからは私の意思は関係ない。自分自身の意思で生きてね……」

 アリサは樹希の主としての尊厳を保つため、必死に手で涙を乾かしながら、涙腺がとうに崩壊している樹希に優しく声をかけてあげた。レイサが自分に声をかける時と同じように……。

「私は……。私は……! 心ちゃんと、ツリーハウスの住人とか外界人とか、そういう身分関係なく普通の友達になりたい……!」

 それは魂から振り絞った声だった。それは、アリサに使える二階堂樹希としてではなく、一人の夢見る乙女、二階堂樹希の声である。

 樹希は心の叫びを披露した後、その反動からか号泣しながら膝から崩れ落ちる。それを見た心は、自身の傷だらけの体をなんとか這いずらせながら、樹希の肩に手をポンと置いた。

「どうしたやんの? 泣いてると、濡れちゃうやんでー。樹希ちゃんの心が……」

 初めて二人が出会った時とは立場が逆転していた。あの時は樹希が泣いている心に声をかけた。しかし、今回は心が泣いている樹希に声を掛け、彼女の心を満たしてあげた。

「私が心ちゃんを救ったと思った。でも本当は違った。救われたのは私の方だった……。心ちゃん、こんな私だけど本当に本当の永遠の友達になってくれる……?」

 樹希は涙の影響か目を充血させ、心の服をしわくちゃに掴みながら質問した。

「もちろんやんで、樹希ちゃん。後、うちの願いを聞いていいやんか?」

 思わぬ心からの反問。樹希に断る道理など存在せず、首を従順に縦を振った。

「”樹希”って呼ぶから”心”って呼んでもらっていいやんか?」

 心の願いとはお互いを呼び捨てで呼び合うことだった。心は職業柄、樹希以外に友達はいない。だが、漫画好きな心は親しくなると呼び捨てやあだなで呼び合うようになると知っていた。あだ名とかよくわからなかったからとりあえず呼び捨てで呼び合うことを樹希に所望した。

「良いよ。”心”」

「ありがとうやんでー。”樹希”」

 樹希と心はお互いを包み込むように友情の証明と言わんばかりに女同士の優しい抱擁を交わした。これがツリーハウスとそれ以外の人達との和平のサインでもあった。

「これより、ツリーハウスはダイバーシティへのクーデターの計画を廃止し、ダイバーシティを尊重し、共生することをここに誓う!」

 これがアリサの決断だった。ここに、龍達とアリサの、そしてダイバーシティとツリーハウスの長い長い闘いの歴史に終止符がうたれた。

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